説④公暁単独犯説

 有力な説の最後が公暁単独犯説です。状況から考えればこれが一番考えやすいかと思います。


 ここで公暁とはどんな人物か見てみましょう。

 1200年生まれ、父は2代将軍頼家で、善哉ぜんざいと呼ばれていました。乳母めのとは三浦義村の妻です。5歳の時に父は北条氏によって殺害されます。7歳の時には実朝の猶子となり、12歳で出家、「公暁」の法名を受けました。受戒のため上洛し、園城寺おんじょうじ公胤こういんの門弟となりまた貞暁ていぎょう(頼朝の四男で庶子)の弟子となり修行しました。

 1217年、18歳で鎌倉に戻り、鶴岡八幡宮寺つるがおかはちまんぐうじ別当となります。ただ、髪は降ろさないままだったといいます。そして1219年、列席した公卿たちの目の前で、叔父であり、ある見方では父でもある実朝を殺害しました。直後に乳母父めのとふ三浦義村に遣いを送りましたが、ここで義村はそれを北条義時に報告、間もなく討伐され死亡しました。


 以上が公暁の一生ですが、義時や義村との距離の近さがまず見られます。詳細は前回挙げた通りです。



 さて、単独犯説ですが、はっきり言ってしまえばこれも確証に欠けます。確証に欠けるというより、裏付けをとるのが難しいと言えます。突発的だったのか計画的だったのかもわかりません。

 

 ただ、ここで気になるのは、、また鶴岡八幡宮寺別当になったのちもという記述がある事です。

 つまり、公暁にはがあります。それであるなら、実朝を暗殺する動機というのは想定できます。


 さて、実朝の次の将軍は誰がなる予定だったでしょうか。

 そうです。後鳥羽上皇の皇子ですね。つまり親王将軍です。それが実現すれば、前将軍の子であり、現将軍のおいでもあり猶子でもある、将軍の座に最も近いともいえる自分が将軍になることは不可能になります。鎌倉に戻った公暁がそれを察するのはごく自然な成り行きです。


 ではそれを覆すことはできたのか。

 いや、ほぼ無理だったでしょう。既に実朝と後鳥羽との間で合意は成立していましたし、北条氏を始めとした御家人たちも賛同していました。それを打開するためには、混乱に乗じるしかなかったのかもしれません。


 公暁は鶴岡八幡宮寺の別当、同神宮で儀式が行われることは知っていたでしょう。また、北条氏と三浦氏の微妙な関係も知らなかったはずがありません。自分が変を起こし、幕府転覆を志せば味方してくれる人間がいるはず、その勢力を元に幕府を再編する、そう考えていたかもしれません。希望的観測で変を起こしたのは確かと思えます。

 

 ということで、実朝暗殺説は将軍就任の希みを絶たれた公暁の単独犯(少ない協力者はいましたが)で解決……と行きたいところですが、一つ疑問が残ります。

 それは、一番最初に挙げたあのことばにあります。



「親のかたきはかく討つぞ」



 親の敵。つまり父頼家の敵ということになりますが、先ほど述べた通り、頼家は北条氏(『愚管抄』によると北条義時の手勢)によって殺されたとされています。

 では、なぜその敵が「北条氏」ではなく「実朝」にすり替わっているのか。

  

 これについては、実朝とともに殺害された源仲章みなもとのなかあきらを北条義時と誤認した可能性が指摘されます。それであるなら、公暁目線では、敵は確かにその場にいたことになり不自然な台詞ではありません。また、実朝に関しても兄が死んだからこそ将軍になれたのであり、公暁から見れば父殺害に関与したと思っていたとしてもしかたがありません。実朝がかかわるのは年齢的に難しいでしょうが。


 しかし問題は、そそのかですよね。

 「あなたの父を死に追いやったのは、現将軍です」と。


 それを吹き込んだとするなら誰なのか。


 先の説も加味するなら、考えやすいのは三浦義村でしょう。義時の可能性もありますが、自分(あるいは自分の身内)が真の黒幕である以上、蒸し返すようなことはしなさそうです。


 では、なぜ義村は最後の最後に裏切ったのか。何か計画の齟齬そごが生じたからだと思われます。あるいは、このタイミングでの暗殺は望んでいなかったのかもしれません。儀式があり、朝廷の貴族も多く参列する中での暗殺は望んでいなかったかもしれません。……ただ、説②で述べた通り、義村犯人説は微妙なところもありますが。


 あるいは誰かが唆したのではなく、情報の蓄積の結果という可能性もあります。ただ、それならむしろ北条氏の方にやいばの矛先は向きそうですがね。


 


 

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