人類は吸血鬼に白旗を上げた!

@yamadayumeko

エピローグ

 吸血鬼。

 それは、民話や伝説などに度々登場する化け物で、生命の根源とも言われる血を栄養源とする不死者である。

 狼男、フランケンシュタインと並び、世界中で知られている怪物だが、その力は他の化け物と比べ追随を許す事のない絶対的な力を保持している。

 正に化け物の中の化け物。

 最強にして至高の存在。

 そんな恐ろしくも圧倒的存在の吸血鬼に人々は幾度となく挑み戦い続けた。


 吸血鬼は自身の延命の為に、

人々は吸血鬼の牙から愛する者を守る為に、


 そして、始まったのが、100年にも及ぶ長き吸血鬼と我々人類のガチンコバトル。

 通称、100年戦争もとい、吸血鬼大戦争とも呼ばれるこの激しい戦いの末。 

 吸血鬼は人類に対し、完全なる勝利を収めたのだった。

 もう無理、めっちゃ強い。なんだよコイツら意味わからん。吸血鬼の強大な力に屈服し、白旗を上げた人類は、このまま吸血鬼の奴隷や家畜として生きる絶望的な未来が待っている筈だった。


 だが、しかし!!この時、歴史は動いたのだ!

 

 勝利を収めた側の吸血鬼達が次々と日光に当たり消滅するという奇行を始めた。

 一体、何がどうしたのだ?

 敗北した人類からすれば首を傾げるばかりだが、理由はわからないが九死に一生を得たとは正にこのこと!

 こうして、最強にして最悪である吸血鬼はほぼ壊滅状態へとなり人類は生き延びる事が出来たのだ。


 そして、時は人間と化け物達が共存する現代。舞台は日本。

 欲望が渦巻く眠らない街、新宿歌舞伎町。

 ここは男と女と化け物が住み着く危険な街。

 夜も深まれば深まるほどに増えてくるのは、へべれけな酒呑み。艶やかな女の腰にはキツネの尻尾。つまらん顔してすぎる通行人。洒落た顔したろくろ首。家に帰りたくないとヘラヘラ笑う少女とその少女に舌なめずりしている下心丸出しのゴブリン。

 ギラギラ輝く下品なネオンの光は、そこにいる下卑たヤツらの欲望を包み隠さず映し出しているかのよう。


 そんな騒がしい外からは一線を引く錆びれた地下に女は立っていた。

 熱風のような女だった。

 母性を持たない。理知的と冷酷さで武装したような女。黒のパンツスーツを1ミリの隙なくキッチリ着こなし、地面から上にかけて垂直にスラリと立つ姿はモデルのよう。とにかく迫力がある。

 彼女が立っているのはファッションショーの会場でもなければ、モデル達が歩く細長い舞台でもない。

 下品な色をしたピンク色のカーテン、仕切られたいくつもの部屋が設置されている風俗店だ。

 入っての直ぐの受け付けには、玉のような白く美しい肌、艶かしい足、そこには人間には生えていない筈の頭部にツノ、男たちが無駄撃ちしたくなるようなエロティックな腰に巻かれた尻尾。アイドル写真集のような爽やかな笑顔でニッコリ。カメラに向かって微笑んでいる生写真がコルクボードに何枚も貼られている。女はそれを思案顔で見つめる。

 男ならば一度は夢見るサキュバスの姿も安っぽい蛍光灯の下ではゲスに見えた。

 女の名前は、亜弥樫蓉子(あやかし・ようこ)

 年齢、23歳・独身。

 職業、化け物全般を取り扱う専門家。

 生体、人間。

 通称、メスゴリラ。

 男の夢がサキュバスとの一夜ならば、幼かった頃の蓉子の夢は、ケーキ屋さんだった気がする。成長するに連れて立派なゴリラへと進化したので、化け物の専門家だった父の跡を継いだ。

 退治屋、エクソシスト、陰陽師、モンスターハンターなどなど呼ばれ方は多種多様だ。

 今回の蓉子の仕事は、不正召喚されたサキュバスを不当に働かせている風俗店の摘発を警察と合同で取り組む事だった。

 サキュバス達を召喚したであろう術師の店長を捕まえた時点で蓉子の仕事は終わっている。残るは、狭い部屋に鮨詰め状態に捜査員達が証拠品などを回収する為に右往左往している。

 蓉子は、店の出入り口付近の壁に体を寄り掛けた。あちらこちらに散らばるローションやオモチャを無機質な目で眺めながら、帰りたいなぁ、ラーメン食べたいなぁと思っていた。


「蓉子様。違法サキュバス魔界強制送還滞りなく終わりました」


 完全に暇を持て余していた蓉子の前に足音一つ鳴らすことなく。影の中を縫うように少年が静かに現れた。

 少年はこの世の美しさの全てを詰め込んだような絶世の美少年だった。

 黒のマウンテンジャケットにデニムパンツ。いかにもと言った若者向け仕様の服装だが、一瞬の狂いもない滑らかな動作と落ち着きを払う所作は14歳の子供とは言い難い。

 捜査員と罪人が入り混じる騒がしい部屋の中で、その美少年だけが別世界の住人のように落ち着き払っている。


「お、ご苦労さん。取り残しは?」

「ありません」


 美少年の物腰の柔らかい。目上の人を敬う丁寧な言葉遣いに対し、蓉子は友達に話しかけるような気軽い話し方で事後報告の確認を促した。

 蓉子の問いに答える度、黄金色に輝く美少年の髪が風を含んだかのようにサラサラとゆれる。


「蓉子様の方は?」

「サキュバス働かせてた店長を警察に引き渡したからもう終わりだな」

「では、そろそろ?」

「あぁ、引き上げだ」

「わかりました。帰りましょう。僕もそれが良いと思っていました」


 蓉子の帰宅宣言と同時に美少年の赤いの瞳が、喜びによって輝き光を放つ。頬の色も少し赤くなっている。家に帰宅する事に興奮を隠せずにいるのだ。


「あ、帰ったら、この店で販売された大量のサキュバス無修正DVDの精査して提出するから」

「げぇ」

「お前も手伝えよ」

「ゔげぇ」


 蓉子が告げた仕事スケジュールに美少年の顔がこれでもかと歪む。

 この世の美しい品の集大成と呼べる彼の美貌が一瞬で崩れる。普通の人間ならば良心が痛む所だが、人間からゴリラとなった蓉子の前では通用はしない。


「しょうがないだろう。一通りの訓練を受けた私や、吸血鬼のお前ならいざ知らず。画面越しだったとしても法的基準を軽く超えてるサキュバスの無修正DVDをまともに見れると思うか?」

「それは無理でしょうね」

「だろう?頑張れエドワード。もうひと頑張りだ。不死身の吸血鬼の力を見せてやれ」

「まさか、不死身の体を授かったばかりに大量の無修正DVDを視聴をすることになるとは思いませんでした」

「なぁ、マジで頼むよ。遮光カーテン事務所に付けたじゃん」

「こうなるとわかっていたから、あの時ネットショッピングで買うを僕は反対したんです」

 

 美少年の名前は不明。仮の名前エドワード。流暢な日本語を使うが産まれは外国産である。

 職業、蓉子が設立した亜弥樫事務所唯一の構成員。蓉子の世話係兼、客寄せパンダ

 性別、男。年齢、不明。100歳過ぎたくらいから数えるのをやめたと本人は言っている。

 生体、化け物。

 種族、吸血鬼。


「あ、そうだ!帰りにラーメン食ってくか」

「ご自分が食べたいだけでしょう」


 かつて、吸血鬼は食料だと人を認識し、人々は恐怖の象徴と吸血鬼を認識していた。

 互いにわかり合うことも、けして混じり合うこともない2つの異種達は何の因果か、時を経た現代。

 種の壁を越え、熱き絆で結ばれる事になる吸血鬼と人間がここにいた。


「餃子も付ける!」

「何故、僕がニンニクの入っている餃子を食べられると思ったのですか?」


 この物語は、1人の若き専門家と100年戦争には一応参加したけど、死にぞこなっちゃった吸血鬼が、貧富の差が広がり続けるストレス社会の中で、己の誇りを胸にひっそりと共に生き抜く、熱き友情物語である─────────多分!


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