金返せ

津嶋朋靖

第1話

 うららかな朝の日差しが差し込む室内を、携帯の着信音が鳴り響いた。

 綾子あやこは飲み掛けのトワイニングティーを、テーブルに置くと、リビングのどこかにあるはずの携帯を捜す。

 着信音がずっと鳴っていれば、容易に見つかっただろうが、音はすぐに途絶えてしまい、サイドボードの上にある携帯を見つけるまで少々時間がかかった。

 スマホではなく、今時珍しい電話とメール機能しかない二つ折りの携帯。よく言えば節約家、悪く言うならケチな綾子は、携帯に金などかけたくなかった。今の携帯は亡き母のおさがりである。

 綾子はメールを送ってきそうな相手を思い浮かべる。

 九州に出張中の夫。

 小学校に通っている息子の友達の親。

 かつての職場仲間。

 不意に綾子の脳裏に疑問が浮かんだ。

 携帯のディスプレーを見た時、相手の番号が表示されていたのを思い出したのである。  

 覚えのない番号であるが、それを変だとは思わなかった。

 そもそも、綾子は人の電話番号などいちいち覚えてはいない。

 友人知人の番号はすべて携帯のメモリーに登録してあり、電話をかけるときも番号など打たず、メモリーの中から相手の名前を探し出して、かけているのだ。

 綾子が疑問に思ったのは、メモリーに登録されている番号なら、番号ではなく相手の名前が表示されるはずだからである。


「ん?」


 誰かの視線を感じた。

 出窓の向こうから、黒猫がジッと綾子を見つめている。


「気味の悪い猫……」


 気を取り直してメールを開く。

 ディスプレーに短い文が表示された。


〈金返せ!〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る