第19話:ロミリアとお母様

「……リア……ロミリア」


誰かが私を呼ぶ声が聞こえた。私は少しずつ目を開けていく。


――何かしら、柔らかい物に頭を乗せてるみたい。なんだか懐かしい感じがする。不思議ね、とても落ち着くわ。


目を開けると、うっすらと人の顔が見えた。誰かが私を覗き込んでいるようだ。徐々に顔がはっきりしてくる。


「お、お母様っ!!」


「ロミリア!会いたかったわ!元気だった?」


私を見ていたのは……お母様だった。ずっと、ずっと、またお会いしたかった私の大好きなお母様。もう亡くなってしまってからずいぶんと経つ。しかし、私はお母様のことを考えない日は一日もなかった。


「お母様ぁ、またお会いしたいと、いつも思ってましたわ。まさか本当にお会いできるなんて。うっうっ……お母様ぁ」


必死に涙をこらえようとしても、あとからあとから零れてきてしまう。


「ごめんね、ロミリア。すぐに死んじゃってごめんね。でも、あなたのことはずっと見ていたわ」


私はお母様の胸にしがみついて、しばらく泣いていた。もっと立派に成長したことを見せたかったが、そんなのはとても無理だ。それでもお母様は嫌がることもなく、私の頭をなでてくれていた。そのおかげで、だんだんと気持ちが落ち着いてくる。辺りを見てみると、私たちは見渡す限りの草原にいた。霊界とはこういうところなのだろうか。


「そ、そうだ、コルフォルスさんがお母様の魔石を使って、霊界と繋げてくださったのです」


「ええ、それも知ってるわ。いつかあなたの役に立てばいいと思ってたけど、上手く使ってくださったみたい。さすが、私のお師匠様」


お母様はウインクしながら言った。我が母ながら可愛いなと思う。


「ロミリア、ルドウェン様たちとのことは、本当に辛かったでしょう。あなたの家からも追い出されてしまって。私は何もしてあげられない自分が、悔しくて悔しくて仕方がなかったわ。でも、そのおかげか、あなたは素敵な方にお会いできたみたいね」


お母様が言う素敵な方とは、アーベル様のことだ。たしかに、ルドウェン様の婚約破棄と、実家からの追放がなければ出会うことはなかっただろう。


「はい、アーベル様という方で、ハイデルベルク王国の王子様でいらっしゃるのです。私のことをとても大切に思ってくださってます。それに、ルドウェン様のことや追放のことは、もう何とも思ってませんわ」


これは強がりでも嘘でもなかった。アーベル様と結ばれてから、私は今までにないくらい幸せでいっぱいになっている。


「良かった……あなたが幸せになってくれて本当に良かったわ」


お母様は涙を拭っている。できれば、お母様もアーベル様や王様たちに会ってほしいくらいだった。


「そしてあなたは私が死んでからも、ずっと教会で貧しい人たちに奉仕してくれていたのね。ありがとう、ロミリア」


「お母様こそ私に回復魔法を教えてくださり、感謝の言葉もないですわ。そのおかげでアーベル様のおケガも治せたし、コルフォルスさんのご病気も治せたんですもの」


あの日々があったからこそ、今の私がある。


「いいえ、それはあなたがずっと努力していたからなのよ。回復魔法はね、ちょっと教わっただけで身に着けられるものじゃないわ」


ということは、きっとお母様も優秀な魔女だったに違いない。


「できれば私も、ロミリアの旦那様になる人にお会いしたかったけど……」


突然、お母様の体が少しずつ透けてきた。


「おっ、お母様!お体が!」


「どうやら、そろそろ時間みたいね」


――そ、そんな、まだ話したい事がたくさんあるのに……!


しかし、無情にもお母様の体はどんどん透明になっていく。今にも消えてしまいそうだ。


「嫌です!お母様とずっと一緒にいたい!」


私は大人げもなく、お母様にしがみついてしまう。せっかく会えたのに、もうお別れなんて絶対嫌だ。


「…………ロミリア。私もできることなら、あなたとずっとこうしていたいわ。でもね、悲しいけど私はもう死んでしまったの。死んだ人と生きている人が一緒に暮らすことは、どうやってもできないわ。それに、あなたには待っててくれる人たちがたくさんいるでしょう?」


お母様は私を諭すように言った。アーベル様の顔や、王様、王妃様、コルフォルスの顔、そしてハイデルベルク王国の人達の顔が思い浮かぶ。私は大好きな人が死ぬ悲しみを知っている。もし私が帰って来なかったら、みんなとても悲しいだろう。


「で、でも……お母様にまたお会いできたのに……」


「いつまでもここにいると、あなたまで本当に死んでしまうわ」


「うっうっ……そんな」


私はもう泣くことしかできなかった。しかし、お母様の言う通りだ。死んでしまった人と生きている人は、同じ世界にいられない。


「ロミリア、幸せになってね。私はこれからも、あなたのことを見守っているからね」


もうお母様の体はほとんど見えない。


「お母様っ!お願い、消えないで!」


「ロミリア、愛しているわよ。ずっとずっと、愛しているからね」


「お母様っ!お母様ああああああ!」


私はお母様の体を、消えないようにギュッと抱きしめた。しかし次の瞬間には、フッと抱きしめる感覚がなくなる。最愛のお母様は、もう消えてしまっていた。ふわっと優しい風が吹く。


「……お母様、私もずっと愛していますわ」


両頬に零れている涙を拭き、空に向かってつぶやく。そして、私は意識を失った。




目を開けると、正面にコルフォルスがいる。霊界にコルフォルスも来たのかと一瞬思ったが、周りを見ると彼の部屋だった。どうやら、無事に帰ってきたみたいだ。


「ロミリア、大丈夫かいな?」


コルフォルスが心配そうに私を見ている。


「は、はい、大丈夫です。あの、私はどれくらい霊界にいたんですか?」


「こっちの世界では、ほんの数十秒じゃよ」


数十秒……。もっと長い間、お母様とお話していた気がした。


「レベッカとは無事に会えたかな?」


お母様の笑顔を思い出す。最後までお母様は笑っていた。もう会えないのは悲しいけれど、いつまでも泣いていてはいけない。私も笑顔になろう。


「……はい、会えましたわ。あと、コルフォルスさん」


「なんじゃ?」


私はとびっきりの笑顔でコルフォルスに言った。


「本当にありがとうございました!おかげでお母様といっぱいお話できましたわ!」

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