第12話:アトリス王代理(追放側の話⑤)




外国に行っていた父上と母上が、王宮に帰ってきた。


「父上、母上、お帰りなさいませ。お元気そうで何よりでございました」


「ただいま、ルドウェンちゃん」


「ただいま。どうやら、召使いの数が減っているようだが、留守の間に何かあったのか?そういえば、ブライアスもいないが、どうした?」


――ちっ、やっぱり父上は面倒だな。


ブライアスはあの一件以来、王宮には二度と帰ってこなかった。しかし、召使いどもが何か言うとまずい。


「はい、それがロミリアさんの大叔母様が急に体調を悪くされたそうで……。急遽、ロミリアさんが看病に向かうことになったのです。そのため、王宮からいくらか人をやっています。ブライアスも、彼女に同行させました」


俺は賢い頭を働かせて、上手い言い訳を思いついた。もちろん、ロミリアの大叔母は実在する。しかも、これならあいつらが今いないことにも、ちゃんと説明がついた。


「そうだったのか。ロミリア嬢に会えるのも楽しみだったのだが……。しかし、そういうことなら、急いで医術師を派遣しないといけないな」


「ロミリアさん一人では荷が重いでしょうに」


父上と母上が召使いを呼ぼうとする。


――まずいぞ、何とかしなければ。


「お待ちください。私の婚約者のことなので、私が直接手配いたします」


「いや、しっかり人選しなければならないから、私たちがやろう」


――クソっ、どうする。


「いいじゃない、あなた。ルドウェンももう大人なのだから、任せましょう」


ありがたいことに、母上が助け舟を出してくれた。母上は昔から俺に甘い。


「そうか、頼むぞ、ルドウェン」


父上も厳しいようで、なんだかんだ俺に甘かった。


「ありがとうございます。責任を持ってやらせていただきます。ところで、父上と母上の帰国祝いということで、ロミリアさんからぶどう酒を預かっております。それと、彼女の義妹のダーリーさんからも、同じくぶどう酒を頂きました」


この言い方なら、ダーリーはあくまでおまけ、という雰囲気になる。


「ほう、そうか。それは楽しみだ」





じきに日が暮れて、夕食の時間になった。今日は久しぶりに、家族三人だけの食事だ。


「しかし、今回はだいぶ長旅になって疲れたな」


「私も、もうヘトヘトですわ」


「本当にお疲れ様でございました。では、さっそくぶどう酒をいただきますか?」


「そうだな。今宵は、ロミリア嬢の大叔母様のご健康を祝って乾杯しよう」


俺は自分で二本のぶどう酒を持ってくる。召使いのゴミが間違えたら台無しだからな。


「こちらがロミリアさんから頂いたぶどう酒、こちらがダーリーさんから頂いたぶどう酒でございます」


「そうか。まずは、ロミリア嬢からのぶどう酒を頂くことにしよう」


そう父上が言ったので、俺は安物の方のぶどう酒をトクトクとグラスに注いでいく。


「では、彼女の大叔母様のご健康を祝って、乾杯!」


カチーンッ!ゴクッ。


――ゲェッ、やっぱり安物はまずいな。


俺は昔から良い食事しかしたことがないから、安物ってだけで吐きそうになる。ちょっと一口飲んだだけで、飲むのを止めてしまった。二人の目を盗み、こっそり床に捨てる。父上と母上は普通に飲んでいるが、やはり少々物足りないといった表情だ。


「いかがでございますか?父上、母上」


「うむ。まあまあと言ったところだな」


「これはこれで美味しいわ」


――よしっ、次はダーリーのぶどう酒だ。いや、ヘンリックの言うように一杯飲むまでは待つか。


父上と母上のグラスが空いたのを見て、ダーリーからのぶどう酒を注ぐ。


「こちらがダーリーさんからのぶどう酒でございます」


トクトクトク。


もちろん、俺のグラスにもさっさと注いでしまった。


ゴクッ。


――これは上手い!さすが良い物は違うな!


俺は自分の舌には自信がある。


「ほう、これはなかなか美味いじゃないか。ダーリー嬢も良い目をしているな」


「ほんとね。さっきのぶどう酒も美味しかったけど、これはもっと美味しいわ」


いいぞ、作戦成功だ。これでロミリアの評価が、めちゃくちゃに下がることは間違いなしだな。逆にダーリーの評価はうなぎ登りだ。さすがはヘンリック、と言ったところか。


――このまま、婚約破棄のことも言ってしまうか?いや、今夜は酒が入っているから、忘れられると面倒だな。


婚約破棄の件については、明日言うことにした。





しかし、翌日になると父上と母上が体調を崩してしまった。医術師は旅の疲れが出たのでしょう、と言っていた。


――もしかして、ぶどう酒にあたったのか?いや、ぶどう酒なら俺も飲んだじゃないか。


昨夜飲んだぶどう酒のことが一瞬頭によぎったが、すぐに追い払う。念のため、俺は父上と母上の寝室に行った。


「父上、母上。具合は大丈夫でございますか?」


二人ともベッドに横たわっている。


「ルドウェンか。あぁ、大丈夫だ。医術師の言うように、疲れが出たのだろう」


「少し休んでればそのうち治っちゃうわよ」









だが、数日経っても父上と母上の体調は戻らない。立ち上がろうとするとフラフラし、一日中横になっていないと辛いようだ。もちろん、命に別状はないのだが、悪くもならないし良くもならない。


「うーむ、いつもはこんなことはないのだがな。わしももう歳ということか?」


「もしかしたら、流行り病でももらってきちゃったのかしらね」


「王様、王妃様、今日は別のお薬を試してみましょう」


医術師も薬を調合しているが、なかなか効果がないようだ。


――さっさと治せ、このヤブが!


ゴミ医術師を後ろから睨んでいると、父上が俺を呼ぶ声が聞こえた。


「ルドウェン、ちょっと来てくれ」


「父上、どうされましたか?」


「このままでは国政が滞ってしまう。そこで、お前を一時的に国王代理にしようと思う。お前は国務をやったことがあまりないが、パトリーに聞けば大体わかるはずだ。代理といえど、その責任は正式な国王と同じだ。心してかかれ」


――ちょっと、待て。パトリーはもうクビにしちまったぞ。


「そうね、むしろ良い経験になるかもしれないわ。いずれはあなたがこの国を引き継ぐのだからね」


母上も父上の意見に賛成する。


――……いや、何も慌てることはない。


父上たちの言うとおり、俺は国務についてはまるっきり関わっていなかった。だが、特に問題はないだろう。この前パトリーが持ってきた書類だって、すぐに内容を理解できたじゃないか。


――大丈夫、俺は優秀なんだ。


その日、俺は父上と母上からアトリス王代理を任ぜられた。

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