第10話:優秀な執事(追放側の話③)

*****


ガーデニー家に全然召使いが来ない。


「エドワール、召使いなんかすぐに来るんじゃなかったの!?」


お義母様がカンカンに怒っていた。


「あ、あぁ、以前は誰かが辞めたら、すぐ新しい奴が来ていたんだが……。なぜだ……。ガーデニー家と言えば名門貴族だぞ。それにルドウェン様と結婚すれば王家の一員になる。どうして誰も来ないのだ」


私も不思議でしょうがなかった。庶民の貧乏人が貴族の下で働ける絶好のチャンスなのに。


「すみませーん。召使いとして勤めたいのですがー、どなたかいらっしゃいますかー?」


そのとき、門の方から男の人の声が聞こえてきた。私たちは急に色めきだつ。


「ほらみろ。早速来たじゃないか」


お義父様が出て行こうとしたけど、お母様が引きとめた。


「待ちなさい、エドワール。もしポンコツだったらどうするの?一から仕事を教えてやるなんて、私イヤよ」


たしかに、お母様の言うとおりだ。


――そしたら私も教えなきゃいけないのかなぁ。めんどくさーい。


「それもそうだが……。うむぅ……、まぁ、とりあえず会ってみよう。無能だったら断ればいい」


それもそうだ、とお義父様が男の人を連れてきた。どことなく地味で、いかにも執事やってましたって感じの人だ。だけど、ニコニコしていてとても愛想がいい。


「失礼いたします。私はヘンリック・ルーマンと申します。かの有名なガーデニー家で召使いを募集しているとお聞きし参りました。リンドグレン家で二十年程執事として仕えておりましたので、お役に立てるかと思います。こちらで執事として働かせて頂けないでしょうか?これが経歴書でございます」


一枚の紙をお義父様に渡す。


――リンドグレン家って地方の小さな貴族よね。うちみたいに大きなところで勤まるかしら?


「ふむ……。確かにリンドグレン家の印が押してあるな。しかし、どうして辞めたのだ?」


「はい。実は母がこの近くに住んでいるのですが、具合を悪くしてしまいまして。面倒を見るために辞めざるを得なかったのです」


――へえ、苦労してるんだ。


「そうか。だが、雇うかどうかは仕事ぶりを見てみんとわからんなぁ」


――フフッ。お義父様は今日だけでもタダ働きさせようとしているわ。


「ガーデニー様のおっしゃる通りでございます。一日働かせてもらってからご判断ください。もちろん、今日の分のお給料はタダで結構です」


「まぁ、それは当然だな。じゃあ早速始めてくれ」


お義父様はもくろみが成功して嬉しそうだ。ということで、一日ヘンリックを雇うことになった。結論から言うと、彼の仕事ぶりは完璧だった。察しも良いし、掃除も料理もあっという間にやってしまう。しかも、今までの召使いたちよりずっと上手だった。こんなに有能な召使いがいなくなってるなら、リンドグレン家はさぞかし痛手だろうに。しかし、資産関係の書類だけはどうしようもなかった。


「ヘンリック、この書類も何とかしてくれないか」


「旦那様、申し訳ございません。さすがにこればっかりは私でもわかりません。せめて古い書類でもあれば、照らし合わせてなんとかなると思うのですが」


「そうか、昔の書類を見せればいいのか。もしかしたら、ロミリアが部屋に置いていったかもしれないな」


そういうとお義父様は、お義姉様の部屋から大量の紙を持ってきた。


「ちょっと、エドワール」


そのままヘンリックに見せようとしたとき、お母様が呼び止める。


「ほんとに見せても大丈夫かしら?」


――たしかに、ヘンリックは会ったばかりの人だ。


「大丈夫だろ。仕事はできるし、何より態度がとても良いじゃないか。別に悪いことなんか考えてないよ。お前もそう思うだろ?」


「言われてみればそうね」


――そうよ。ニコニコしてるし、私も悪人だとは全く思わないわ。


それに、私たちは日々溜まっていく大量の手紙と書類に、うんざりしていてしょうがなかった。昔の書類を見せると、これもまたあっという間に片付けていく。


「旦那様、深夜までかかるかもしれませんので、もうお休みくださいませ。」


ヘンリックは嫌な顔ひとつせずに言った。


「そうか。すまんなぁ」


「ところで、旦那様……私はここにお仕えしてもよろしいでしょうか?」


ヘンリックがおそるおそる聞いてきた。


――もちろんよ!


「もちろんだ、是非ともこの家に仕えてくれたまえ」


「もうヘンリックなしでは考えられないわね」


――良かった!これでもう手紙を運んだりしなくてすむわ。そうと来たら、またおしゃれのことを考えなきゃ!えーっと、次に欲しいドレスのデザインは……。


*****


俺はヘンリック・ルーマン、ゼノ帝国の密偵だ。本日、上手くガーデニー家に潜入できた。


――噂どおりのバカしかいない家だったな。いや、正確にはバカしかいなくなった、か。


まさかこんなに上手くいくとは思わなかった。召使いなんて十分に信用がある人物を雇うべきだろ。あんな偽物の経歴書に騙されやがって。日頃から召使いなど、心底どうでも良いと考えていた証拠だ。今日一日観察していたが、リンドグレン家に確認の手紙を出そうとすらしない。もちろん、俺は返事の手紙も用意しているが、とんだ無駄骨だったな。


俺は色んなところに潜入したことがあるから、貴族には二通りの人間しかいないとわかっている。立場に甘んじず精進を続ける奴と、そうでない奴だ。


――今回は明らかに後者だな。


普通会ったばかりの人間に、財産関係の書類なんか見せるか?見せるわけないだろ、この大バカ者どもが。ということは、俺はたった一日で奴らの絶大な信用を得ることができたということだ。


これなら仕事は簡単に済みそうだぞ。いいや、油断は禁物だ。俺はちょっと油断したばっかりに、任務を失敗してきた奴を腐るほど知っている。


それにしても、ルドウェン王子は本当に婚約破棄したようだ。しかも、新しく選んだ相手はあのダーリーとかいう怠けた女だった。


――バカなやつめ。でも、そのおかげで俺は仕事がやりやすくなったから大助かりだ。


おまけに、エドワールとかいうボンクラ当主がロミリアを追い出してくれて、本当にありがたい。ガーデニー家の情報を集めているとき、このロミリアが曲者になりそうだった。庶民たちによると、毎日人々に奉仕していたようだ。まさかとは思ったが、その場面は俺も実際に見ている。そんなことせずとも裕福な暮らしが送れるだろうに。


俺は経験上、そういう奴こそ注意しなければならないと知っている。人を見る目があるからだ。


ここまでは、とりあえず第一関門突破といったところだな。さてさて、次はルドウェン王子の信用を得なけらばならない。アトリス王と王妃が外国から帰ってくるこのタイミングを、絶対に逃してはならない。


――上手くいくだろうか……。


大丈夫だ、俺はこの大切な任務のために、ずっと準備をしてきたじゃないか。ルドウェン王子の性格や、アトリス王国の内情も十分把握している。それに、天は俺に味方しているのだ。


本国のためにも、俺はこの大仕事を絶対にやり遂げてみせる。


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