第三章

プロローグ



 ──つまり、このノートは端末みたいなものなのだ。




 我に返った白坊が、その事を察した(というより、理解した?)のは、だ。


 早朝から移住の為に動いていた次郎三郎たちのどよめきと、遅れながら外の異変に気付いて起きてきたミエより声を掛けられたたおかげであった。



 ……そう、言うなればこれは、前の世界における『開発系ゲーム(あるいは、都市発展形ゲーム?)』などで表示される、アレだ。


 具体的には、己が市長や町長、あるいは国王になって国を発展させる系の、アレだ。



 白坊は困惑するミエを他所に、ノートと周囲を交互に見返し……これは限りなく確信に近い推測を立てた。


 繰り返しになるが、推測の中身……『開発系ゲーム』に例えると、だ。


 おそらく『陣地』というのは、『開発系』における、プレイヤーが自由に操作することが許されている土地だ。


 基本的に土地はランダムである場合が多いけれども、その土地に限り、自由にプレイヤーの権限で開発を行う事が出来る。


 山を削るのはもちろん、建物を立てたり、畑に変えたり、道路を敷いたり、住民を移住させたり、神様になった気分で、可能な事はなんでもやれる。


 その際、絶対に必要となるのが開発コマンド……ゲームにおける操作パネル(要は、メニュー画面)なのだが……おそらく、このノートがそれに当たる。



 それならば、とりあえずの説明は付けられる。



 ゲームによるが、端末より開発を行い、実際に立つまで時間経過(ゲーム内時間である)を求められる場合がある。



 長屋の場合、それがおおよそ一晩だっただけのこと。



 というより、『じたく』や『はたけ』もそうだった。あるいは、白坊が就寝するというトリガーを必要としているのか……まあ、そこはいい。


 そこらへんを考え出しても答えなんて出ないのだから、目の前で起こっている事実だけに目を向ければいい。



 そう、事実は、ノートによる『陣地』の開発が出来るようになったこと……それだけだ。



 気になるのは、このノートを操作する際に資金や資源などが必要となる可能性だ。


 基本的に、開発系のゲームでは、何かしら作ったり整備したりする場合は資金(ゲーム内の通貨)や資源を必要とする場合が多い。


 というか、必要とする仕様になっているのがほぼ100%だろう。だって、最初から無条件で開発出来るゲームなんてやり応え0で、売れないからだ。



 ……で、このノートの場合は資金ではなく、ポイントを使用すると見て間違いないだろう。



 実際、昨日表示されていた『残りポイント1788』が、『残りポイント1588』に減っている。


 これは、昨日消費ポイント200をタップしたからだ。


 つまり、長屋を建てるには、ポイントを200使ったからで……パラパラとノートを捲って確認した白坊は、溜め息と共にノートを閉じた。



(胃が、胃が痛い……! こんなの、どうやって誤魔化せっていうんだよ……!)



 次いで、白坊は……シクシクとこみ上げてくる胃痛を、そっと上から摩る。



「貴方様……」



 その仕草に気付いたミエが、心配そうに尋ねてきたので。



「腹が減ったから、朝食の用意をしてくれないか?」

「え?」

「昨日もそうだが、今日も何だか忙しない感じになりそうでな……気合を入れようとしたら、どうにも腹が減ってきて……」

「……っ! はい、わかりました!」



 そう、もっともらしい理由を付けてやれば、最初は不安そうにしていたミエは、むんと気合を入れて『じたく』へと──戻る直前、足を止めた。



「貴方様」

「ん?」



 白坊が見やれば、ミエは何時ものように朗らかな笑みを浮かべると……ポツリと、告げた。



「貴方様の、やりたいようになさってください」

「え?」

「一番辛い時に助けてくださったのは、貴方様です。断じて、御侍様ではございません」

「…………」

「どんな事をなさるにしても、それは私たちを思ってのこと……それを、私たちは忘れません」



 その言葉を言い終えてすぐに、ミエはぺこりと頭を下げると……今度こそ小走りに、『じたく』へと戻って行った。



 ……。



 ……。



 …………その後ろ姿を、呆然としたまま見送った白坊は。



 ふと、我に返って……何時の間にか傍まで来ていた……次郎三郎へと視線を移した。



 次郎三郎の顔は……朝だという点を差し引いても、明らかに血色が悪く青白かった。


 ざわざわと、状況を上手く呑み込めず、混乱するばかりの者たち(次郎三郎の……元忍者たち)の中で、唯一状況を……いや、違う。



(……う~ん、顔を強張らせている者たちが何人か居るな。千歳さんは……あ~、気付いているっぽい)



 よくよく見やれば、何名か居る。


 材料も何も無く、一切手を付けていないのに一晩で長屋が出来るという状況の危険性に気付いた者が、何名か。



「……どうしたら良いと思う?」



 とりあえず、その中でも一番年長でトップである次郎三郎に尋ねてみる。



「……そ、それがしには……何とお答えすれば良いのか……け、見当が……」



 すると、明らかに思考がオーバーヒートしているっぽい返答をされた。



 まあ、無理も無い……心から、白坊は同意した。



 そう、そうなのだ。白坊が胃の痛みを覚え、次郎三郎の顔色が死人のようになるのも、仕方がない。


 何故なら、つい先日佐野助たちからあまり目立つような事はするなと暗に釘を差されたばかり。直接話したわけではないが、次郎三郎は既に察していたようで。



 それが、コレだ。一夜にして、長屋がドドドーン、だ。


 しかも、パッと見た限りでも、長屋は真新しく綺麗だ。



 他所の建物を解体した材木で建てた代物ではなく、伐採して使えるよう整えた新品を使った……一目でそう思わせてしまうぐらいに、綺麗なのだ。


 だが、それがマズイ。非常にマズイと白坊は思った。


 なにせ、鶏だとか野菜(果物含め)だとか、そんなチャチな話じゃない。どれだけ凄かったとしても、それは江戸全体においてはちっぽけな話であるからだ。



 けれども、長屋一つ分を生み出す神通力ともなれば、話が根本から変わってくる。



 何故なら、多くてせいぜい2,30人の胃袋を満たす程度の話とは違い、建築ともなれば、関わってしまう既得権益の範囲がこれまでの比ではないからだ。


 材木の売り買いをしている山持ち(材木屋など)、それを運ぶ人、加工する人、それらを預かる倉庫、大工たち、その他諸々。


 パッと考えるだけでも、それだけの人達の権益に関わってしまい……特にヤバいのが、材木屋だ。


 あくまでも想像の範囲だが、幕府と取引している額が他とは桁が違うのは言うまでもない。そして、その材木屋と密接に関わってくるのは大工屋だ。



 それらの権益は1,2年で出来たような話ではない。



 もはや、どこが始まりだったのかと思ってしまうぐらいにガッチリと絡み合ってしまっている。下手に突けば、それこそ翌日には刺客が送られても不思議ではない。


 なにせ、史実において、『宵越しの銭は持たない』という言葉が江戸時代で生まれた理由の一端がソレであるからで、そんな言葉が生まれる程に金の動きがあるからだ。



 ……少し話が逸れるが、どういうことなのか、簡潔にソレの中身を語ろう。



 木造建築で構成された『江戸』は、その土地柄を含めて火事がとにかく多いと記録に残っている。そして、当時の消火の手段は、壊して延焼を防ぐのを基本としていた。


 どうしてかって、回り全部が木造建築なので、消火するまでに必要な量の水を運んでくる(当然ながら、放水車も無い)よりも、燃え広がるのが早いからだ。


 だから、とにかく壊して延焼を食い止める。


 周り全部を壊して延焼する範囲を限定させてしまえば、それ以上は広がらない。肉を切らせて骨を断つ……それが、江戸時代における消火活動なのだ。



 ……で、だ。



 江戸はとにかく大なり小なり火事が多いわけだが、それだけ火事が多いと、一生懸命貯めてもいずれ燃えて駄目になってしまうならば……という考えが江戸の人達に根付くようになる。


 これが、『宵越しの銭は持たない』という言葉が生まれた土壌だが……実は、それ以外にも理由が幾つかあるとされている。



 その一つが、大工たちの存在だ。



 火事が多いという事は、それだけ大工の仕事が生まれるということ。そして、大工に支払われる給料というのは、平均から見てもかなり高い水準にある。


 どうせ明日には無くなってしまう金かもしれないし、仕事は毎日途切れることなくあるし、怪我さえしなければ食い詰めることもない。


 必然的に、大工たちからの金払いは良くなり……だが、言ってしまえばそれは、火事が多く仕事が毎日生まれているからこそ出来ることなのだ。


 そこで、仮に……仮に、だ。


 材木屋も、大工も、その他諸々を一切介さずに、人が住める建物をポンと作り出せる存在が居るとなれば、どうなるか? 



(絶対、殺しに来るよな……外敵を弾く機能が『じたく』や『じんち』になかったら、どうなっていたことか……)



 考えるまでもなく、『排除』一択だろう。


 当然ながら、この排除というのは江戸から追い出すなんて生易しいレベルではない。


 何が何でも息の根を止めに来るだろうし、おそらく死体すら残さない。しかも、その対象は白坊だけでないのは確実だ。


 なにせ、『じたく』を始めとした超常的な現象を分かっていない第三者からすれば、ただ存在するだけで自分たちの既得権益を崩しかねない……そういう人間にしか見えない。


 そして、それは言い換えれば、その人間を捕らえて操る事が出来れば、巨万の富を得られる可能性を秘めた存在でもある。


 この地を修める、織田信長だけではない。


 野心が燻ったままの大名たちからして、白坊という存在は劇薬も同然。手に入らないのであれば、殺してしまえ……天下を狙う者からすれば、合理的な判断でしかない。


 だからこそ、白坊のみならず、状況を察している次郎三郎たちも同様に青ざめたのだ。



(……あ~、くそ。よりにもよって、このタイミングかよ……もうちょっとほとぼりが冷めてからだったら、まだ良かったのに)



 白坊としては全くそんな気は無かったのだが、向こうからすれば喧嘩を売られているも同然だろう。


 というか、白坊が逆の立場だったら、ほぼ間違いなく喧嘩を売られていると判断して怒るところだ。


 正直、単純に殺されるだけなら温情なのかもしれない……そんな想像すら、白坊はしてしまった。


 だが……所詮は想像だ。実際に起こったことでもなければ、確定した未来というわけでもない。


 白坊は、向けられる敵意や殺意を振り払うかのようにブルリと顔を振って……次いで、思考を切り替えた。


 とりあえず……とりあえずは、だ。



(寺小屋、当分は無理だな。次郎三郎たちの移住が完了し、体勢が整うまでは……心苦しいが、我慢して貰う他あるまい)



 第一に考えなければならないのは、ミエたち3姉妹の安全と将来だ。最悪、何を犠牲にしてでも3姉妹だけは幸せにしなければならない。


 己は、いいのだ。見た目こそ若返っているが、白坊自身は相応に生きてきたと思っている。


 現代社会の中では年寄りではなく中年寄りだが、この世界の基準で考えるなら老人の域だ。何かしら手を汚すことになっても、致し方ないと諦め受け入れる覚悟は出来ている。



 だが、ミエたちは違う。


 ミエたちは、これからの人間だ。


 何をするにしても、これから成していく人間なのだ。



 少なくとも、中身は中年のオッサンとは根本から違うのだと……白坊は、そう思った。



(……覚悟を決めなければならんな、これは)



 ゆえに、白坊は……この瞬間、覚悟を固めた。


 佐野助を始めとした、この世界の最大権力者である侍たちとの敵対を視野に入れる必要があるという、覚悟を。


 無謀と言えば、無謀だ。だが、現状、これしかないと白坊は思った。


 なにせ……右に左にと辺りを見回し、柵の向こうも見やった白坊は……がりがりと頭を掻きながら、監視者がいないかを確認する。



「……正確な位置は分かりませんが、遠くより既に見られております」



 すると、白坊のその動きに察した次郎三郎たちも辺りを見回し……そっと、監視者の存在を教えてくれた。


 そう、既に遅いのだ。


 今さらノートを使ってなんとか長屋を消したところで、既に建物一つを生み出したところはバレてしまっている。


 非常に心苦しいが、今回のコレで、(おそらくは穏健派だと思われる)佐野助たちも静観してはいられなくなるだろう。


 そして、佐野助たちですらそうなのだから……白坊の事を疎ましく思っている者たちからすれば、攻め込む理由を自ら作ってくれたまぬけにしか見えないだろう。



(俺の馬鹿野郎、昨日の俺の馬鹿野郎……あの時、ちょっと考えれば建物が出て来る可能性だって思いつけたじゃないか……!)



 己を罵倒したところで、全ては後の祭りでしかなくて……最後に己を鼓舞するかのように、大きく深呼吸をした白坊は。



「──次郎三郎さん、速やかに移住を済ませてくれ。出来る限り、速く」



 次郎三郎に、指示を出した。



「あの長屋が使えるなら使ってもらうが、とにかく移住を済ませてくれ」



 それだけで、ハッと我に返った次郎三郎は「──御意!」頷くと、すぐさま部下たちに指示を出して、行動を開始した。


 さすがに、元忍者なだけあって、どんな状況であろうと指令が下されば動きが速い。誰も彼もが小走りに(中には走って)動き出した。



(──時間との勝負だ)



 その中で、白坊も『じたく』へと戻りつつ……ノートを開く。



(とにかく、下手に手出しすれば痛手を負うと四方八方に思われるようにしなければ……どんな理由であれ手を出すのは悪手と思われる状態に持って行かなければ……!)



 向こうがどんな対応をしてくるかは不明だが、時間を与えれば与えるほど、有利に働くのは向こうなのだ。


 だからこそ、向こうの足並みが揃うまでがタイムリミットだと思った白坊は……残されたポイントの有効的な使い方に、目を向けるのであった。



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