第2話: 杞憂か、あるいは当然か
――たかが入れ墨、されど入れ墨。
海外では意味合いが異なる場合が多いのだけれども、日本においては基本的に良い意味では見られない場合が多い。
それは、史実の江戸においても同じである。
いや、というか、昔は入れ墨=前科持ちの証明であり、入れ墨をしているだけで白い目で見られる事が非常に多かったのだ。
人別帳というモノはあったが、現代のように事細かく記載されているかといえば、そこまでではない。
また、写真が無い故に、人探しもせいぜいが
まあ、無理も無い。むしろ、ある程度とはいえ管理しようとしていたのだから、褒めるべきところだろう。
……で、前科者の証として、入れ墨が利用されていたわけだが……当然ながら、その意味が現代よりも重く受け止められている。
現代ですら、前科持ちであるのがバレれてしまえば様々な面で不利益が生じるのだ。入れ墨という目に見える形で表面に出ていれば、周囲から向けられる視線も想像がつく。
実際……入れ墨が何なのか理解しきれていないサナエは別として、寺小屋より帰って来たミエとモエがその話を聞いた時、一様に嫌そうに顔をしかめた。
……上手く理解出来ていないサナエと、何となく悪い奴が傍に来るという程度の理解しか出来ていないモエは別として、ミエはその危険性を理解していた。
いざとなれば刃を振るって戦える白坊とは違い、ミエたちにはその力が無い。ましてや、押し倒されたら最後、サナエはまだ分からないが、小柄なミエではまず逃げられない。
それを察したからこそ、ミエは他の2人よりも反応が悪かった。
そして、白坊も嫌だなとは思っていたが、御上が決めた事である以上は白坊からは何も言えない。
おそらく……佐野助も臭わせてはいたが、御上は何かしらの思惑があってこのような流れになったのではないか……そう、白坊は考えていた。
なので、ミエも、どうにもならないと分かっているのか、言葉に出してまで拒否はしなかった。と、同時に、白坊と同じ想像を働かせているのか、むしろ白坊を心配そうに見つめてすらいた。
……そんな中で、ぽこぽこ……と。
雑炊に十分な熱が通ったのを確認したミエが、手慣れた様子で火から鍋を外す。これまた手早くササッと盛った器を白坊へと手渡し、続いて姉妹の分も盛る。
日が落ちて、しばらく。
外はすっかり暗闇に包まれている。元々、川を跨いだ先の『実らず三町』なので、江戸の喧騒はここまで届かない。風の音と鍋の音がなければ、耳鳴りを覚えているぐらいに静かだ。
……この静けさに慣れたのは何時からだろうか……ふと、白坊は思う。
史実の江戸時代において、夜はよほどの例外を除いて、休む時間である。不夜城とも揶揄される事もある『吉原』は別として、夜でも構わず働くようになるのは、人類の歴史においてかなり後の事。
というのも、人の身体というのは基本的に夜に活動出来るようには作られていない。一時的に夜でも活動出来るようにはなっているが、あくまでも一時的だ。
人は、明かり無くして活動など出来ないのだ。
言い換えれば、電球などが存在せず、明かりと言えば松明やロウソクぐらいしか流通していない江戸において……夜はおとなしくしているのが普通であった。
……とはいえ、はいそうですかと受け入れられるかどうかは、また別の話。
生まれた時よりソレが当たり前なミエたちはともかく、だ。
今の姿になる前の数十年、スイッチ一つで騒がしい世界に浸れる生活を送っていた白坊にとって、懐かしさと共に一抹の寂しさを覚えてしまうのは……仕方ない事なのだろう。
(……考えてみたら、現代社会に比べて文明も何もかも未発達な世界なのに、今の方がずっと健全な生活をしているのかもしれないなあ)
皮肉のつもりはない。ただ、生きているという実感を強く感じる機会は、今の方が圧倒的に多いと思う……と。
「……貴方様?」
「――あ、ああ、すまない、ちょっと考え事をしていた」
ふと、己に向けられている視線に気付いて、白坊は軽く頭を下げる。どうしてかって、それは『いただきます』という白坊の号令をミエたちが待っているからだ。
……これも、まだ少しばかり戸惑っている事である。
現代社会では廃れてきている考え方なのかもしれないが、『剣王立志伝』のようなこの世界において、その立場や役割が持つ権力は多岐に渡り、基本的に大きい。
たとえば、今みたいに食事の配膳の順番もそうだし、号令を掛けるのもそうだ。
食事の配膳に限らず、まず初めに、それでいて立派なモノを渡す。そして、食事を始める時は、これもまた白坊が号令を掛け、口を付けてから他の者たちも……という事になっている。
何故か……それは単に、白坊がこの家の大黒柱であるからだ。
大黒柱である白坊は、どれだけ辛かろうが苦しかろうが、ミエたちを食わせなくてはならない。それ自体に、白坊の気持ちは一切入らない。
気持ちや考え方、それ以前の話なのだ。
それが、妻を娶った白坊の義務であり、この世界における『男の義務』であり、家長(少し、意味合いは異なるが)の役割なのだ。
そして、食わせてもらっているミエたちは白坊を支える義務がある。これにもまた、気持ちや考え方など入らない。
嫌なら、他所へ行けばいい。あるいは、己が大黒柱になって夫が家を守るようにすればいい。
それが、どれだけ辛い道のりでも。そこに、男女の違いは無い。
夫が役割を果たせば、妻も役割を果たす。妻が役割を果たしているのであれば、夫も役割を果たさねばならない……それが、全てである。
――いただきます。
手を合わせ、ポツリと告げる。次いで、一口すすれば……一拍遅れて、腹を空かせたミエたちが一斉に晩飯を掻き込み始める。
並びに、ポツリポツリとミエたち3姉妹の雑談が始まる。
さすがに、食事中の作法といった部分等は各家庭の考え方だが……目に余るマナー違反でなければ何も思わない白坊の考え方が尊重され、この家では食事時は女たちのお喋りタイムにもなっていた。
……。
……。
…………それを眺めながら、ふと。
白坊は……湯気立つ己の器(お椀である)へと視線を落とす。
今日の晩飯は、具沢山の味噌雑炊。現代の基準で考えたら、そこまで凝った料理ではないだろう。
しかし、ここは現代ではない。他の家に比べて調理の手間が幾らか楽とはいえ、現代のソレに比べたら、時間も手間も相当に掛かっているのは……想像するまでもない。
それをミエは用意してくれている。
誰に言われずとも、率先して。妻として、家族として、白坊の為に、皆の為に。支え、支えられるために……ちゃんと、やってくれている。
(いざとなれば……)
少しばかり、重く感じない事もない。
けれども、それを選んだのは自分だ。経緯や状況に些かの強制があったにせよ、最終的に頷いたのは己自身。
(人を切る、覚悟を……か)
仮に、妻であるミエと、その家族であるサナエとモエが襲われるような事態になれば……この手で、守らねばならない。
果たすしか、ない。
それが、新たに課せられた己の役割だと……今更ながらに実感し始めた白坊は……黙って、雑炊を掻き込み始めるのであった。
……。
……。
…………そうして、1人決意を固める白坊を他所に、だ。
佐野助が話していた開拓の為の作業員がやってきたのは、その日より2日後の事であった。ちなみに、当の佐野助も同行していた。
そういえば……ふと、白坊は気付いた。
何で最初から例の20人を連れてこないのかと尋ねてみれば、輸送に少しばかり手間(手続きを含めて)が掛かっているので、先に土台だけでも作っておこうという話らしい。
曰く、無駄に遊ばせる時間がもったいないから、とのこと。
実際、開拓の為に集められたらしい者たちの動きは非常に手際が良か……いや、いくら何でも、そこを比べるのは失礼というものだ。
何だかんだやりつつも家庭菜園レベル(それも、数えて下の方)の知識しかない白坊とは違い、長年に渡って受け継いできた知恵と経験と試行錯誤によって磨かれた者たちだ。
意気込みというか、役者が違い過ぎる。正直、見ているだけでもかなり勉強になった。
鎌の使い方に始まり、埋まっていた岩の運び方、果ては簡易とはいえ掘っ立て小屋の建設など、何処をどうやれば楽で、何処をどうやれば効率的か……己が如何に井の中の蛙であったのかを再確認した一時であった。
もちろん、タダで見ていたわけではない。そこは、察しが良く器量良しな妻のミエのおかげだ。
休憩の時に軽食を始めとして、お茶やお水など細々と用意したり、汚れた手拭いなどを洗ってやったりと、心証を良くする為に色々とやってくれた。
おかげで、作業員たちの反応も悪くは無かった。まあ、それも見方を変えれば、そうなるのも当然なのかもしれない。
何せ、少々若すぎるという点にさえ目を瞑れば、ミエは間違いなく美少女だ。
加えて、ミエは江戸においてそれなりに名の知られた看板娘(嫁入り騒動が起こる前の話だが)であり、彼女を目当てに店に来た客も少なからず居る。
男というのは、単純なモノだ。
守備範囲外とはいっても、将来は間違いなく美人になるだろう少女より甲斐甲斐しくお茶でも運ばれたら、それだけで機嫌の一つや二つは良くなる。
事実、三日目、四日目にもなれば、さすがに技術や知恵を教えるような事はしなくとも、邪魔せず見ているぐらいなら笑って許すぐらいには、彼らの心を掴んでいた。
ちなみに、佐野助たちもちゃっかり軽食にありついていた……まあ、しかし、だ。
和やかな空気が続いていたのは、作業員たちの役目が終わり、帰路に着くその時まで。
……その、翌日。
佐野助と8人の部下が連れてきた、墨が彫られた20名の男たち。
風貌もそうだが、明らかに雰囲気が異なる者たちの登場によって……緩んでいた空気が、一瞬で引き締まったのであった。
時刻は、早朝。
――なるほど、確かに、一般人の雰囲気ではない。
眼前にて集まっている男たちを見やった、白坊の最初の感想が、それであった。
事前の話通り、朝一番にやってきた佐野助たちの後ろには、20名の男たちがいる。彼らは一様に顔つきが鋭く、暴力を振るうことに慣れているような雰囲気を醸し出していた。
全体の身体つきは……基本的に大柄な傾向にはある。だが、あくまでも江戸時代の人間にしては……の、基準である。
190cmとか200cmとかを幾度となく目にしてきた白坊にとっては、思ったよりも小柄な人が多いなあ……というのが初見の印象であった。
けれども、その中で1人だけ……明らかに頭一つ分、身体も一回り大きい男がいる。
額と頬に傷痕があるその男は、なめ腐った態度と共に余裕を見せていた。その気になればお前ら1人残らず殺せるぞ……そう言わんばかりに、佐野助たちの事など気にも留めていない。
……おそらく、凶悪犯なのだろう。
その証拠に、佐野助たちの注意は明らかに傷痕の男へと向けられている。まあ、それも致し方ない。
佐野助たちとて、けして背が低くも華奢なわけでもない。いや、むしろ、一般的な町人に比べたら、よく鍛えられているのが分かる。
けれども、この傷痕の男に比べたら、どうしても一回り小さく見えてしまう。
そんな男を、数人掛かりとはいえ取り押さえるのは相当に困難である。故に、佐野助たちが警戒を向けるのは……当然の事であった。
だが……白坊が気になったのは、そこだけではない。
何と言えば良いのか……そう、気配が違う、それが気になって仕方がなかった。
全員が全員、そうではない。だが、数名ほど、明らかに他の奴らとは異なる不思議な気配……背筋に怖気が走るような、落ち着かない気配を放っていた。
白坊は……こういう異なる気配を放つ獣を、狩りの最中に何度か目撃した事がある。
その時の白坊は、とにかく接触を避けた。
それは異質さに警戒心を抱いたのもそうだが、何よりも……接触することすら危険であると、何故かその時強く思ったからだ。
当時は、おそらくは他の個体よりも強い獣なのだろう……という程度で考えていた。
だが、今は違う。
初めて対面する、異なる気配を放つ人間を前に……白坊は、気付いた予想を確信に変えるために……コソッと、声を潜めて佐野助に尋ねた。
『あの~、佐野助様……つかぬ事をお伺いしますが、この中に殺人の罪を犯した者はいらっしゃいますか?』
『ふむ……疑いはあったが、これといった証拠が無く他の罪が下った者ならば数名……それがどうしたのだ?』
『それって、もしや、あのデカい傷男と、アイツとアイツと……アイツでしょうか?』
『ほう、よく分かったな。どうやって見分けたのだ?』
『上手い言葉が見つかりませんが、気配が違いまして……こう、嫌な気配というか、落ち着かない気配というか、そんな感じがしたわけでして……』
『なるほど、白坊……貴様は中々に勘が鋭いようだな。その感覚、大事にするのだぞ』
すると、特に隠す事でもないのか、佐野助はあっさり教えてくれた。
……正直、そういう大事な事は最初に話してくれと思ったのは秘密である。
でもまあ、それは白坊の一方的な勘違いなので、あまり強くは言えない事でもある。
だって、いくら命の価値が軽い時代とはいえ、わざわざ『切り殺しても構わん』と佐野助が明言するような人たちなのだ。
どう軽く考えても、軽犯罪とかそういうレベルの罪人ではない。
死罪か、それに相当する罪を犯している者たちになるのは、考えなくとも当然の話であった。
ていうか、白坊が甘く考えていただけなのだが……まあ、それを言ってはお終いだけれども。
(……こりゃあ、間違ってもミエたちをこいつらの前には出せんな)
もはや愛刀と化している不変の刀に手を添えながら、白坊は佐野助たちの邪魔にならないように少しばかり遠くから見つめる。
確信を得たわけではないが……異なる気配の理由の一つとして考えられるのは、人を殺しているか、否か。
つまり、獣たちの中でも気配が異なっていた個体は……人の味を覚えた個体。
そして、眼前の彼らの中で異なる気配を放っている者は……殺人という一線を越えてしまった……という事なのかもしれない。
もちろん、それはあくまでも推測だ。
おそらくは何人か切った事があるであろう佐野助たちには、その気配がしない。と、なれば、それ以外の原因が必要なのだろう。
……己も、万が一は……いや、よそう。
とりあえず、『じたく』から絶対に出ないようにとミエたちには厳命しておいたから、今日は大丈夫だろうが……明日以降は大変だ。
……絶対に近付いては駄目だと厳命しよう。
ひとまず、そのように結論を出した後。
佐野助たちが彼らに対して説明……遠くからなので内容までは分からないが、この後の行動予定について話しているのだろう……と、思いながら、一旦はその場を離れた。
理由としては、単純に己がここでこれ以上監視しても意味が無いと判断したからだ。
あの傷痕男もそうだが、他の者たちもそこまでの馬鹿ではないだろう。つまり、いくら人数が多いとはいえ、対人戦闘を学んだ本職相手に素手で挑む愚行は起こさない。
佐野助たちが監視役として滞在している昼間の内は、大丈夫だ。
彼らの人相は割れているし、逃げ出した所ですぐに捕獲される。抵抗するようなら一切の躊躇なく刀を抜く佐野助たちの監視が有る中で、わざわざ一か八かの賭けに出る者はいないだろう。
問題なのは、夜間……佐野助たちの監視が外れた後だ。
時折見回りには来るだろうし、彼らも警戒しているから動く事はないだろう。だが、それが何時までも続くかと言えば……そうではないと白坊は考えている。
傷痕男もそうだが、半数ほどは明らかに目に熱が宿っていた。つまりは、彼らはまだ再起する気持ちがあるわけだ。
それが、真っ当な……定められた法に従って罪を償い、堅気の人間として生きていこうという考えならば、白坊もここまでは警戒しない。
だが……おそらくは、違うだろう。そう、白坊は思う。
あの傷痕男だけではない。おとなしく佐野助たちの言う事を聞いている者の中でも、油断なく視線を右往左往させ……遠目にも、不満を露わにしている者がいた。
他にも、表面上は反省しているといった体で腰の低い男がいたが、その者も……ふとした拍子に見せた目の色には、思わず刀に手を掛けてしまいそうなぐらいの冷たさが宿っていた。
(しばらくは大丈夫として……可能性としては、慣れて見回りのタイミングも把握し始める、十数日後ぐらいか……)
出来る事ならば、殺したくはない。生きる為とはいえ、同じ人間を。
だが、向かって来る相手に握手を求めるほど平和ボケしてもいない白坊は……どうか、その日が来るなと祈るしかなかった。
……。
……。
…………だが、しかし。
そんな白坊の密やかな願いは……叶わなかった。
キッカケは、入れ墨の彼らが『実らず三町』にて作業を始めてから……12日後の事だった。
油断……そう、はっきり言おう。一瞬の気の緩みであった。
様々な超常的な能力を持っている白坊とて、その身体は人間であるし、特別な訓練を受けたわけでもない。
腹が空けば苛立つし、喉の渇きが増せば億劫になる。身体を動かせば疲れてくるし、日が落ちれば眠くなり、性欲が溜まれば放出したくなる。
当然ながら、集中力とてずっと維持できるわけがない。
幾度となく山中で行っていた狩りによって、集中力を持続させるコツのようなモノを自力で得てはいるが……限度というものがあるのだ。
加えて、あくまでもそういうコツを得ているのは白坊だけで……ミエたち3姉妹は、当然ながらそんな能力は無い。
そして、これまた当然の事ながら……年齢に比べて落ち着いているとはいえ、生まれも育ちも平凡な町娘でしかないわけである。
――事が起きたのは、12日後の早朝。
それを責めるのは、酷というものだろう。
『己が傍に居ない時は、絶対に家の外に出るな』
そう、固く厳命されていた3姉妹(サナエの場合、よく分かってはいなかったが)は、しっかりそれを守っていた。
汲み取りの必要が無い内後架(トイレのこと)はあるし、水瓶より飲み水は得られるし、食料だって『箪笥』より得られる。
なので、退屈という事を除けば、彼女たちはよく我慢していた。身体を動かすのも『はたけ』の隅っこであり、時折ジロジロと彼らに見られても、彼女たちは我慢していた。
それは、『じたく』が持つ、認めた者以外を排除するという不可視の力を、身を持って知っているから……という側面もあるだろう。
白坊ですら基準の説明は出来ないが、少なくとも、佐野助ですら出入り口(今では、囲われた柵を含めて)に近付けるだけで、それ以上は進めないのだ。
事実として、監視の目が外れた夜間の内に『じたく』へと侵入を試みようとした者たちはいたが……結局、1人の例外もなくある一定の距離より近付けなかった。
けれども……その日の、早朝。
その時、白坊は『実らず三町』にやってきた佐野助たちに挨拶に行っていた。
理由は、たいした事ではない。『はたけ』で出来上がった作物を何時頃取りに来るのかの確認と、軽い世間話である。
次女のミエと末妹のモエは、朝食の用意と、佐野助たちに渡す握り飯を作っていた。まあ、佐野助たちに渡すのは……好感度稼ぎの意味合いが強かった。
そして、長女のサナエは……手持無沙汰だったが故に、ぼんやりと囲炉裏のある部屋より、玄関の外の景色を眺めていた。
……だからこそ、狙われたのかもしれない。
あるいは、観察されていた12日間の間に、サナエには知能の問題があるとバレていたからなのか……まあ、何にせよ、だ。
――こつん、ころころ。
何かが、景色の中を転がった。それは小さな木の実のようではあったが、そんな事はサナエには関係なかった。
ただ、ここ十数日ほど続く退屈な中に現れた異変に、パッと好奇心が疼いてしまった。
そうなれば、哀れな程に心が無垢なサナエが、気付けるわけもない。
ぴょん、と跳ねて小走りに駆け寄ってしまったサナエは、『じたく』の外にて転がった木の実を拾った。
それは、正しく木の実である。何の実かも分からないそれは、100個有っても一文にもなりはしないが……この時のサナエにとっては、『お宝』も同然であった。
そして、そんな『お宝』が……点々と、道標のように置かれていた。
そうなれば、もう……白坊の言い付けなど、コロッと頭から零れ落ちてしまった。むしろ、この『お宝』をみんなに見せて喜んで貰おうという気持ちすらあった。
だから――だからこそ。
サナエは、意気揚々と『お宝』を拾い上げていった。
自分が何処へ向かっているのかも把握していないまま、『じたく』の裏手……佐野助たちからでは死角となる、その場所へ颯爽と入り込み。
「――えっ?」
直後、己よりも一回り大きな巨体……傷痕が目立つ、最も警戒されていた男の手が……がちりと、サナエの腕を掴んだ。
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