第3話: ボスはね、強いからボスなんだよ




 ――そして、予感していた通りに……春の訪れと共に、彼は何かが変化したのを感じ取った。



 まあ、とはいっても、だ。


 あくまでもそれは、感覚的な話である。変化という言葉を使いはしたが、目に見える形で起こったわけではない。


 実際、景色の変化自体は有っても、それは特に注意を引くようなモノではなかった。


 雪が降る頻度が減り、晴れ間の回数が増え、徐々に……積もった雪の高さが低く、ちょろちょろと溶けた事で出来た水溜りが、いくつも見られるようになった。


 同様に、どさどさ……と、木々の枝葉に降り積もっていた雪が落ちる音も、頻繁に聞くようになった。天候の変化によって溶けて、滑り落ちやすくなったのだろう。


 時折……雪に隠れて冬眠明けらしき獣の姿が見受けられるが……それ自体は、生き物のサイクルが移行しただけで、彼が感じ取った変化とは異なる。


 彼が感じた変化は……こう、言葉では言い表せられるものではない。ともすれば、感じ取った彼自身、それを否定しそうになるほどの、僅かな違和感であった。



 ――それでもなお、強いて言葉を当てはめるとするなら……『気配』だろうか。



 そう、何というか、『世界の気配』が変わったような気がした。


 前触れ等は、一切無かった。昨日と同じく日が登って、何時ものように目が覚めた直後。「……っ?」傍に置いてある刀を無意識に手に取った彼は、それを……直感的に感じ取った。



「…………」



 今の姿になってから、今日まで。


 すっかり気配に敏感になった(でないと、獲物を狩れない)彼は、音を立てないようゆっくりと立ち上がりながら……用心深く、室内を見回す。


 ……。


 ……。


 …………人や獣の気配は、しない。少なくとも、耳を澄まし、神経を研ぎ澄ませても……生き物の呼吸音や足音は、しない。



 ちよちよ、と。



 微かに聞こえてくる鳥の鳴き声と、静寂の間を突くかのような、枝葉からの落雪……それ自体は、これまで何度も耳にしていた音であった。


 なので、とりあえずは……息を吐いて肩の力を抜いた彼は、様子を伺うために外へと出た。



「――っ!?」



 直後――視界の端より迫るナニカを認識したと同時に、彼は仰け反るようにしてソレを避けた。



 避けられたのは、本当に偶然であった。



 ナニカの初動が、視界の範疇に収まっていたから。たまたま視線を向けた先で、キラリと煌めいたのを見逃さなかった……ただ、それだけであった。



 しかし、たったそれだけが、明暗を分けた。



 どてんと転ぶと同時に、どかんと何かがぶつかる音。ひりつく四肢と破裂するのかと思う程に激しく高鳴っている鼓動と共に、彼は素早く体勢を立て直し――見た。


 彼の視線の先……おそらくは家の壁にぶち当たった事で負傷したと思われる、奇妙な生き物が、そこにはいた。


 そいつは、鋭い角を持ったトカゲのような外見をしている。


 だが、トカゲではない。全体的な造形が……明らかに、彼が知るトカゲとは異なっているし、何よりも大きさが違っていた。


 きいきい、と。


 血を吐いてのた打ち回るそいつを前に、彼は一寸の迷いもしなかった。というか、そいつは彼の接近に気付き――すぐさま、ぼんと地を蹴って飛びかかって来た。



 やらなければ死ぬ。


 迷えば、自分が死ぬ。



 今日まで思い知らされ続けてきたからこそ――迫るトカゲの反撃を掻い潜るようにして避けながら、撫でる様にして……その身体に刃を滑らせたのであった。



(――硬い!?)



 まるで、分厚い樹木を切ったかのような手応えに、刀が持って行かれそうになる。同じ生き物でも、このトカゲに比べたら野犬の首など濡れたスポンジに思えた。



 ――ぼとり、と。一部がくっ付いたままの、『く』の字になって転がったトカゲは、そのまま……鳴き声一つ出さなくなった。



 トカゲの全長は、彼の胸元にまで達する。その分だけ太い骨が邪魔をしたせいか両断にまでは至らなかったが、ちゃんと絶命させたようだ。


 しばし、様子を伺っていた彼は……大きく息を吐いて緊張していた身体を脱力し……次いで、トカゲの姿を確認し……はて、と首を傾げた。



(これ……『つのトカゲ』じゃないのか?)



 それは、『立志伝2』にのみ登場する、雑魚敵キャラクターの一つである。ちなみに、理由は定かではないが、1と3では登場していない。


 外見は、昔のドット絵ゆえにそこまで詳細に描写されてはいないが、『厳つい身体に大きな角を生やしたトカゲ』……といった感じだ。


 中々に経験値が良いというか、同レベル帯で出現する雑魚敵の中では、一匹当たりを倒して得られる経験値とお金の効率が他に比べて良い。


 なので、金策(金稼ぎの事)とレベル上げを行う際、自然とこの『つのトカゲ』が登場するのを祈るようになるのだが……だ。



 彼が気になったのは、そこではない。



 彼が注目したのは、この『つのトカゲ』が出現する場所だ。


 というのも、『つのトカゲ』はゲームでは中盤まで進めた辺りで登場する『からから山』という場所にのみ出現する雑魚敵だ。


 間違っても、こんな……序盤も序盤な、『野犬』が出現するような場所ではない。仮にこれがゲームなら、ほぼ100%の確率で先手を取られ、一撃死となっているような相手だ。



 事実、先ほど刀を食い込ませた際の感触は、見た目通りの手応えではなかった。



 秋・冬・春、雪が解け始めるまで、ひたすら鍛錬と食事と休息を繰り返して身体能力を底上げしたからこそ、仕留められたのだ。


 とてもではないが、最初の頃に遭遇していたら、そのまま殺されていた。同じように刃を刺せたとしても、そのまま刀を持って行かれて……終わっていた。


 いや……今だって、実際のところは同じだ。この『つのトカゲ』が目測を誤って自滅して負傷していなかったら、今の己も殺されていただろう。



(……今まで、たまたま遭遇しなかっただけなんだろうか?)



 少しばかり考えて、彼はすぐに首を横に振った。


 たまたまにしては、強さの格が違い過ぎる。それに、『からから山』はゲーム中では『非常に熱い山』と紹介されている。


 他に登場する雑魚敵も、『火蝶』や『まぐまカバ』といった、火の要素が入ったモノばかりで……『つのトカゲ』だけが例外なんて事は、ないだろう。



(もしかして、今朝のあの違和感……)



 とりあえず、仕留めたしたトカゲを運び……持ち出した鉈で四苦八苦しながら解体を続けながら……彼は、思考を巡らせる。



(やはり、アレは何かの兆し……あるいは、変化を告げる合図だったのか?)


(だとしたら、アレは何の変化だ? いったい、何が変わったのだろうか?)


(これまで姿すら見かけなかった『つのトカゲ』の事もある……何かしら、動く必要があるのでは?)



 結論など初めから出す気もない、ただただ疑問を踊らせるしかない自問自答。解体を終えて、水洗いを続けながらも……彼は、堂々巡りの思考を繰り返す。


 ……彼が悩む理由は色々あるが、何と言っても……此処(自宅)を離れる事だろう。



(……どうしたものか)



 いちおう……という言い方も変な話だが、そりゃあ、手段が無いわけではない。


 最初の『らっきー地蔵』へのお祈りで事態が好転したように、言い方は色々あるが、『立志伝1』にある『とあるバグ技』を使えれば、の話だが……一つ、ある。



 そのバグ技とは、ファンの間では『出張自宅』と呼ばれているものだ。



 これは、『立志伝1』の仕様におけるバグ技なのだが、実は『立志伝1』にはデータ容量の関係から、実家はあるけども、自宅が無い。


 正確に言えば、実家=自宅であり、区別されているわけではないのだ。


 加えて、はっきりと自宅が描写されるのは、2と3だけ。2でも、多少なり他の家とは内装が異なるといった程度の違いしかない。


 3は、目に見えて自宅というものを見る事が出来たり、自宅を移動させる(という設定)のアイテムがあるが、けれども、1は違う。


 特定の場所でのみ選択出来る『じたく』コマンドを選択し、画像が表示された後、『休息して元気になった』というテキストが表示され、HP等が全回復するだけの味気ないもの……なのだが。


 実は……『立志伝1』に限り、ゲームクリア後に特典として『じたく』という使用回数無制限アイテムをプレイヤーに与えられるのだ。


 これはその名の通り、使用すれば全回復するというアイテム。戦闘中は使用出来ないが、その効果は絶大である……はず、なのだが。



 ……まあ、アレだ。



 ゲームクリア後に渡されても、ラスボスは倒した後だし。


 その頃になると、雑魚敵でそこまで消耗することなんてないし。


 そもそも、やることないからお試しに一回使ってお終いな残念アイテムで……話を戻そう。



 通称『出張自宅』というバグ技は、この『じたく』というアイテムを序盤で手に入れるというモノである。


 やり方は、単純明快。


 『右手』→『左手』→『右手』の順番で武器を交互に8回装備した後、『じたく』を20回使用した後で、『ミニらっきー地蔵』にお願いする……である。


 ゲーム内データのメモリがどのような処理を経てそうなるかを彼は知らないが、この方法は攻略本にも掲載され、Wikiにも記載されていた有名なバグ技の一つである。



 ……もちろん、上手く行く保証はない。



 右手と左手で装備とか、ゲームだからこそ納得出来る事だ。現実に当てはめたら、まるで意味が分からんといった感じだろう。


 そもそも、この世界における『じたく』がどのような形になるのかすら、見当もつかない。ていうか、『じたく』ってアイテム、冷静に考えたら意味不明過ぎるだろう。


 それに、リスクは当然ある。なんてたって、バグ技だ。『らっきー地蔵』のような、隠されているだけのイベントとはワケが違う。



 ――バグ技とは、言うなればプレイヤーの操作によって、開発者すら予期していなかったプログラムの動きの事を言う。



 当然、裏ワザとか、隠し要素とか、そんな生易しい事ではない。


 バグ技とは、一歩間違えれば進行不可能に陥るばかりか、場合によってはゲームデータそのものを壊しかねない禁じ手である。


 故に、Wiki等にも『使用は自己責任!』と注意書きがされていたぐらいで……だからこそ彼は、迂闊に、その方法を試す気にはなれなかった。


 ただ、失敗して何も起こらないのならば何の問題もない。問題なのは、バグが発生した際……彼ですら知らない挙動が起こった場合、それを制御する方法が分からないからだ。



 ……まず、何も起きないとは思っている。


 ……でも、絶対に何も起きないと、彼は断言出来なかった。



 だからこそ、彼は……答えの出せない問題を前に、延々と思考を巡らせる事しか出来なかった。


 せめて、今の暮らしがもっと不便で切羽詰まったモノであったなら、話が違ったのだろうが……不幸中の幸いというべきか、快適であった。


 食う物を選ばなければ、あの箪笥から食糧が出なくなるまでは、とりあえずは飢える事は無い。飲み水だって手に入るし、風呂にだって入れる。



 ――人恋しさは、絶えず有る。でも、それを差し引いても……リスクを取れない。



 『剣王立志伝』の世界観を考えれば、破格と言ってもいい優良物件。それこそ、小判1000両、金貨10000枚を出したって買えない、唯一無二だ。


 不可思議な力が働いているのか、外の寒さも、この家の中では和らぐ。薪の心配をする必要もないし、短い期間とはいえ……思い入れが出来てしまった場所だ。



 ――もう少し、様子見してから決めるべきだろうか。



 なので、そんな考えがフッと湧いて出て来たのも、致し方ない事であった。



 ……。


 ……。


 …………が、しかし。



「――ん?」



 考える時間は、そう多くはないのかもしれない。


 突如、空が曇った。「――雨か?」と、思って彼が顔を上げた――直後、木々よりも巨大なナニカが、ずどんと地響きを立てて……彼の前方、百数十メートル先の森に落ちてきた。


 それは……巨大なゴリラであった。


 負傷しているのか、体毛だけで身体が隠れそうなサイズのゴリラが息も絶え絶えに喘いでいる。べきべき、と、軽く身動ぎするだけで野太い幹がへし折れていくのが見えた。



 ……彼は、硬直した頭でそれを見ていた……と。



 再び、影が差した。しかし、今度は顔を上げない。一拍遅れて、倒れたゴリラの上に降り立ったのは……そのゴリラよりも巨大な、カラスであった。


 ゴリラは、必死の抵抗を行うだが、いったいどのような身体をしているのか、ゴリラの拳を受けてもカラスはビクともしない。


 それどころか、カラスは気分を害したかのように一度だけ鳴くと、ゴリラの身体を鋭い脚の爪で捕まえ……ふわりと持ち上げたかと思えば、信じられない速度で大地へと叩きつけた。



 その勢い――もはや、天変地異の域である。



 衝撃が、ビリビリと大地を揺らす。「――っ!?」吹き荒れる爆風によって、飛び交う葉っぱと吹雪に紛れて押し出された彼は、強かに上がり框へ背中から叩きつけられた。


 そんな……独り痛みに悶絶する小さき人間を他所に……カラスは再び一声鳴くと、気絶したゴリラを掴んだまま浮上し……空の彼方へと飛び去って行った。



 ……。


 ……。


 …………少しばかりの、間を置いた後。背中の痛みも引き、とくに怪我らしい怪我をしていない事を確認した彼は。



「――やべぇ死ぬ」



 そう呟くと共に、行動を開始した。



 ――やべぇ、なんてものじゃない。



 あの『ゴリラ』と『カラス』には、見覚えがある。元がドット絵ゆえに最初は分からなかったが、おそらくアレは……『敵ボス』だ。



 ……『ゴリラ』は、序盤の難関とされる『おにゴリラ』だろう。


 町民より『どでかいゴリラで、人を丸のみする恐ろしいやつだ』と紹介され、表示されるドット絵も雑魚敵に比べたら1.5倍ぐらいのサイズとなっている。



 ……『カラス』は、おそらく中盤の隠し武器イベントにて登場する『キングバード』だ。


 これは猟師より、『財宝を守る大きな鳥だ、けして近づいてはならぬ』と紹介される。こちらも、他の雑魚敵よりも大きなドット絵である。



 そう、ボスキャラなので、雑魚敵との差別化も兼ねて、大きいドット絵となっていたが……そう、なっていたのだが……!



(いくらなんでも巨大すぎるだろ!? 何あれ!? 実際のサイズだとあんなにデカいの!? プレイヤーキャラ、よくアレを殺せたね!? 俺は絶対に無理だよ!)



 もはや迷う理由はなく、一刻も早くココを離れて、人の集まる場所(要は、身代わりの餌)の傍に行くべきだと彼は決断した。


 何せ、各個撃破は狩りの鉄則。群れを強襲するよりも、群れから離れた個体を食う方がはるかに手軽である。


 さっきは食い応えのある餌を仕留めたから見逃されたが、次に遭った時……ぱくっと食われてお終いなんてのも、可能性としては低くない。



「えっと、右、左、右、左……」


 ――とにかく、急がなくては。



 決断してからの彼の行動は素早かった。


 万が一を考えて用意しておいた旅用道具一式を詰めた風呂敷を背負った彼は、記憶を頼りにバグ技の準備を始める。


 手順自体は簡単だし、特別な道具はいらない。ただ、自宅を使用するというのが分からないので、出入りを繰り返す。


 そうして、回数だけは間違えないよう注意しながら……最後に、『ミニらっきー地蔵』へと、何時ものようにお願いしてみた。



「――おぅ!?」



 すると……いきなり、家が消えた。


 文字通り、フッと瞬時に消えた。これは予想していなかった彼も驚き、思わずその場より飛び退いた――っと。



(……何だコレ、刺青? 痣? こんなのあったか?)



 何気なく視線を向けて気付いたのだが……左腕に、見覚えのない痣が有った……あ、いや、違う。



(う、腕に『じたく』って痣が出来てるぅー!? だ、ダセェ! なんてダサいんだ、恥ずかしくて表で腕を出せねえよ!)



 不幸中の幸いというべきか、痣がある位置は上腕の肩に近い部分だったので、冬場は隠せそうなのが救いだが……で、だ。



(と、とりあえず……これをどうやって使用するんだ? 『じたく』コマンドを選択って、現実だとどうやるんだ?)



 第1段階は上手く行ったが、問題はその次だ。


 綺麗サッパリ無くなった場所を見やれば、家の大きさに合わせて地面に痕が残っている。


 その上には、様々な小物が無造作に転がっていて、よく見ればネズミが一匹離れて行くのが……ここに建物が有ったということを物語っていた。



(……ああ、なるほど。獲ってきた獲物や、生きものは『じたく』ではないから、それがそのまま放り出される形になったのか……)



 ――それと、一度箪笥や葛籠から出した物は、基本的に外の物として認識されるようだ。見方を変えれば、箪笥や葛籠に戻しさえすれば、家の物だと認識される……?



 しばし眺めていた彼は、よし分かったぞ、と納得して手を叩いた……さて、お次は……家を出す方法である。


 ……。


 ……。


 …………ふむ。



「『じたく』、コマンド!」



 とりあえず、言葉に出してみた。


 期待していなかったとおり、駄目だった。


 そのまま、いくつか思いついた言葉を口に出してみるが……結果は同じ。『休息して元気になった』と、使用した際のテキストも口に出して見たが……変わらず。



(と、なると、やはりこの痣が鍵なのか……?)



 しかし、触ってみても家が現れる気配はない。同様に、体力が回復というか、疲労が取れたような感覚もしない。



 ……これは、失敗したのだろうか。



 覚悟していたとはいえ、実際に失敗すれば気落ちする。


 失敗するぐらいなら、何時か誰かがこの家を使えるように、残しておけば良かったかも……そんな思いで、何も無くなった跡地を見つめている……と、だ。



「……ん?」



 ふと、気付く。


 薄らと……注意して見なければ分からないぐらいに薄らとした緑色の壁というか緑色の枠が、長方形を形作っているのが見えた。



 ……何だろうか?



 改めて見やれば、確かにソレを確認出来る。そーっと、緑枠の壁を過ぎれば、パッと壁の色(枠の色とも)が赤色に変わった。


 けれども、それだけだ。


 ビクッと手を引けば、色がまた緑に変わる。再びゆっくり指先を入れれば、また色が赤色に……ん、これってもしかして……?



「……おお、なるほど、そういう事か」



 その言葉と共に、ぽん、と、先ほどまで何も無かった空間に、消えた家が出現した。


 覗き込めば、先ほどまで地面の上を転がっていた物が、床の上や畳の上などにあった。



 ……ある意味、以前の知識というか、感覚が明確に役に立った瞬間だった。



 どうやら、この緑の壁というか緑の枠内は、『じたく』の必要設置面積を表しているらしい。


 色が緑は、設置OK。色が赤は、設置NG。


 『じたく』の痣がコマンドボタンの代わりなのか、上から叩く事で消したり出したり出来るようになっていた。


 ちなみに、赤色の枠が出ている間はいくら押しても反応しない。


 己が家の中に居る間も同様で、意図的に『じたく』を消そうと意識しない限り、この現状は起きない……ことまでは分かった。



 ……。


 ……。


 …………これで、後ろ髪を引く物は何も無い。



 家を設置する場所こそ指定されるが、そのぐらいはいくらでも見付けられる。


 今はとにかく、少しでも安全が確認出来る場所へ向かった方が良い。


 一つ、頷いた彼は最後に、数か月とはいえ暮らした家の跡地に軽く頭を下げると……風呂敷を背負い、雪解けでぬかるんだ足元に注意しながら、始めて山を――お?



「……?」



 何か、音がした。これまで聞いた覚えのない、不思議な音だ。


 まるで、滝壺の前に立ったかのような……あるいは、耳元に暴風を叩きつけられたかのような、何とも表現し難いその――え?



「え?」



 音が大きくなった。特に思う事無くそちらへと振り返った彼は――それ以上、何も言えなかった。


 何故なら――音の正体は、はるか後方……山の上部より流れて来た、膨大な雪の塊――つまり、雪崩なわけで。



 ――まあ、あんなデカい化け物2体がこんな季節に暴れれば、そうもなるよな。



 雪崩に飲み込まれる寸前、現実逃避のあまりそんな事を考えながら……彼の視界は一瞬ばかり白色に染まった後、真っ暗になった。



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