どスケベ中年ニート、怠惰な生活を見兼ねた万能神に異世界へ転移される

雷乙

第1話 中年ニート、異世界に行く

『異世界は優雅なニートライフを送るチャンスに満ちている』

 これは、Fランク冒険者ユーヤの言葉である。


 ユーヤ・トクナガは、日本という国で負け組人生を送っていた。

 40歳まで只管外見を磨く事に拘り、女の尻を追いかけ回し、異性関係には兎に角だらしが無い。

 同性に対する協調性の欠片も無いユーヤは、職場では『偏屈王』と呼ばれており、常に孤立していた。


 そんな彼は42歳で会社を解雇され、実家でニートとしての暮らしを送るようになった。

 そのまま月日は流れ、45歳にもなっても変わらず実家でヒキニートライフを謳歌していたのだが、余りに怠惰な生活を送るユーヤを見兼ねた万能神が、ユーヤを別次元の世界に強制転移させようと思いついた事がこの物語の始まり。


 日本人には異世界転移をするとテンションがぶち上がる者が多く、特に転移者特典として『チートスキル』を授けると、怠惰な日本人でも活動的になるという説が神界では有力とされていた。

 万能神の思惑では、ラノベをちょいちょい読んでいるユーヤもそのテンプレに嵌ると思っていたようで、強制転移の為にユーヤを神界に召喚したのだが…



「ふぉっふぉっふぉ、ワシは万能神。この神界を統べるトップ・オブ・トップの神じゃ。

 ユーヤ・トクナガよ、其方には異次元の天体キンベインに転移してもらう。

 お主らの世界で言うところの、異世界転移というヤツじゃ。

 引いては其方に幾つかの特殊技能・スキルという物を授けよう」


「あ、何?アナタ、マジで神様?異世界転移ってベタな感じ?魔法とか剣で魔物とかと戦う世界に行くって感じ?」


「左様じゃ。どうじゃ?血湧き肉踊るじゃろ?

 チートスキルで英雄になる事も可能じゃ。40過ぎで冒険者は厳しいじゃろうから、儂の裁量で其方を15歳に若返らせて転移させてやるぞよ?」



 万能神はこの提案に、ユーヤが間違いなく食い付くと思っていた。

 しかし、ユーヤから出た言葉は神の想定の斜め上を行っていた。



「う〜ん、チートスキルとか要らね。魔法や剣を中の上くらいに使えるスキルにしてくれや。

 それから、15とかにされて飛ばされたら、ガキ過ぎてやる気にならんよ。23歳とかにしてくれない?

 23から38くらいまでは全盛期で、俺もかなりイケイケだったしさ」



 何と、ユーヤはチート能力を不要だと言い放ち、年齢も23歳にしろと言う。

 ちなみに彼の言う全盛期とは、彼の思う第2次モテ期の事で、2股3股を繰り返していた時期である。

 いわゆる過去の栄光をいつまでも引きずるイタい中年が、ユーヤ・トクナガという男なのだ。



「何故じゃ!?チートスキルで無双が出来るのじゃぞ!?

 お主は面構えも悪くない故、美少女ハーレムも夢では無いのではないか?」


「神様さぁ、あんたラノベの見過ぎだよ。

 平和ボケした日本人が、ドラゴンや魔王と命がけで戦えると思ってんのかい?

 野良猫や野良犬すら殺した事の無いヤツが殆どで、最近のガキどもなんて殴り合いの喧嘩すらした事が無い奴ばかりだ。

 幾らチート能力を貰っても、殺したり殺されたりを平気で出来る日本人なんて居ないよ。

 それから美少女ハーレム?女の嫉妬深さを知らんのかね?3股かけるのだって、バレないように細心の注意を払わなきゃならんのだぞ?

 他の女に突っ込んだモノを喜んで受け入れる女なんて、特殊性癖を持ってる女ぐらいのモンだろーが」



 ユーヤは呆れたように反論する。

 万能神はまさかこのようなリアクションをされるとは思ってもいなかった為、困惑して言葉に詰まった。



「それから言語や文字の自動翻訳も必須だな。あと、装備や最低限の金も必須な。

 あ、あと、そこそこ人の賑わってる街の冒険者ギルド近くに送ってくれよ。急に魔物が跋扈する森なんかに送られたら、速攻で詰むからな」


「ぬ、ぬう。注文の多いヤツじゃ。戦闘スキルを与えるんじゃから、武器と魔法を駆使して切り抜け、超絶レベルアップが異世界転移モノのテンプレじゃろ?」


「ハッ、神様の変な病も相当重症だね。

 さっきも言ったけど、日本人は平和ボケのヘタレ民族なんだ。

 俺は殴り合いの喧嘩程度しかした事が無いんだ。いきなり剣で戦う度胸が付くわけ無いだろ。


 あ、あと最後に…俺が異世界で稼いだ金の一部を迷惑かけちまった人に届けたいんだが、どうにかなんないか?

 特に母親には散々迷惑かけちまったしさ…せめて金に苦労せずに暮らして貰いたいんだ…」



 先程の無礼な物言いから一転、ユーヤは母親の事を思い、俯きながら神に頼み事をした。

 万能神の気まぐれで自堕落な中年男を異世界転移させる事にしたのだが、こんなダメ中年にも家族はいるのだ。

 結局、万能神はユーヤの希望をある程度まで反映する事にした。

 母親や迷惑をかけた人物への送金は、筒型の魔導具に金を入れる事で日本円に変換して、彼の母親や迷惑をかけた人の手元に届くようにしたのである。

 更に彼に幾つかのスキルを与え、23歳の頃にユーヤを若返らせ、惑星キンベインの大国であるオズワルド王国の商業都市ジェンコへと転移させる運びとなった。



 ◆◇◆◇◆



「ここが商業都市ジェンコか…正に中世ヨーロッパという感じだな。

 おおお!自慢のシックスパックが復活してるぜ!

 40過ぎてから腹が若干プニってたもんな」



 ユーヤは着ていたシャツを捲り、自分の腹を見てテンションを上げている。

 40半ばにしては引き締まった身体をしていたユーヤだったが、それでも腹には薄っすら脂肪は付いていた。

 体脂肪率7%だった細マッチョ時代に戻れた事が余程嬉しかったようだ。



「人前でついついはしゃいじまったな。さて、冒険者になってダラダラと暮らすか…」



 落ち着きを取り戻し、ジェンコの中央広場でざっと周囲を見回したユーヤは、先ずは神に教えて貰った自身のステータス確認を行う事にした。



「テンプレな確認方法だったよな。

 "ステータスオープン"!」



 ユーヤが神に教えられた言葉を口にすると、目の前に半透明なウィンドウが現れる。


 ーーーーーーーーーー


 名前:ユーヤ 性別:男 年齢:23歳


 LV:1

 HP:19,400

 MP:18,600

 物理攻撃力:21,000

 魔法攻撃力:19,700

 物理防御力:23,100

 魔法防御力:22,900

 筋力:19,300

 敏捷:20,200

 知力:19,900

 頑強性:22,800

 器用さ:20,500

 適応力:18,100

 幸運:21,600


 スキル:【オールマイティ】【限界突破】【ステータス偽装】…その他諸々


 ーーーーーーーーーー



 ステータスを見たユーヤはしばし愕然とした。



(ちょ、ちょい待てや神様!明らかにやり過ぎなステータスだろうが!

 ああ…何かもう、チートスキルとかいう次元を超越してるじゃねえかよ…)



 ユーヤの胸中は万能神への不満で溢れた。

 このまま冒険者ギルドへ向かうと、ステータス開示を求められた場合にトラブルになるかも知れないと考えたユーヤは、【ステータス偽装】を使い、ステータスの数値を全て1/100にして、数多くのスキルの殆どを隠した。


 当然、ユーヤにこの異常なステータスを与えたのは神なりに意図が有っての事である。

 3年以上引きニートとしてダラダラ過ごしていたユーヤに中途半端な能力を与えると、中途半端に金を稼いだ後、異世界でもニートとして怠惰な人生を送ると万能神は考えた。

 このキンベインに住む人類はそう遠くない未来に滅亡の危機を迎える。ユーヤがニートとしてダラダラしてしまうと、その危機を乗り越える事が出来ない。

 チート越えの力を授ければ彼は否が応でも注目されて、彼も人々の期待に応えようと積極的に危機に立ち向かうと考え、チート過ぎる力を与えたのだった。


 そんな神の思惑など露知らず、ユーヤはステータスを偽装すると、広場に面した通りに聳え立つ冒険者ギルドの建物へと入って行った。

 商業都市は人口が多いらしく、比例して冒険者の数も多いようで、ギルド内は昼間なのに多くの冒険者で賑わっている。


 ユーヤは万能神から最低限の衣類、皮の防具、ロングソード、異空間に大量の物資を収納出来るマジックバッグ、金貨3枚を与えられている。

 マジックバッグ以外の装備類は新人冒険者用の物だが、185センチの身長に細マッチョな肉体を有するユーヤは、ギルド内の冒険者達に全く見劣りしていない。

 むしろ、整った顔立ちと持ち前の近寄るなオーラによって、中々な強者にさえ見える。



「な、何か見ねえ顔のヤツだな」

「装備はパッとしないが、かなりの剣の使い手っぽい雰囲気だな」

「ねぇ、何か影のあるイケメンさんって感じしない?」

「ああ、分かる。ヤバ、結構タイプかも」



 ギルド内の冒険者の男も女も、値踏みをするような目をユーヤに向け、ヒソヒソと話し合う。特に女の冒険者はかなり熱のある視線を彼に送っているようだ。



(ふん。万能神様に聞いていたが、美少女っぽい顔立ちの女が多いな。パイオツ系もケツ系も充実してやがる。

 あの女とか、頼めばパンツを見せてくれそうだな)



 ユーヤは早くも中年男ならではの、ネチっとした煩悩に囚われる。

 彼はグラマラスな体型の女の胸や尻に顔を埋めるのが大好きなタイプなのだ。



「冒険者ギルドへようこそ。冒険者ギルドジェンコ支部、受付のエイミーと申します。

 冒険者カードをお預かりします」



 彼は下心を顔に出す事無く受付のカウンターに行くと、目の前の受付嬢に目を奪われる。

 プラチナブロンドのロングヘアに、透明感のある白い肌、大きなブルーの瞳、チョイとエロい桜色の唇…そして、存在感出しまくりの大きなオッパイ…

 女神かと見紛うような美少女を目の当たりにして、ユーヤの呼吸は一瞬止まった。


 ユーヤは別に女性に免疫が無い訳ではない。

 日本にいた頃から彼はイケメンという位置付けであり、40代でヒキニートになるまで女に困る事が無かった。

 読モやアイドルと付き合った事の有るユーヤでも、目の前の受付嬢に見惚れてしまい、直ぐに言葉が出て来ない。

 受付嬢エイミーには、それ程凄まじい美を有していたのだ。



「ああ、済まない。君の余りの可愛さに見惚れちゃってて、話を聞いてなかった。ゴメン、もう一回良いかな?」



 何とか正気に戻ったユーヤは、自分が感じた事をストレートに言葉に出す。臭い事をサラッと言っても、ユーヤが言うと違和感なく聞こえてしまう。


 受付嬢のエイミーにとっても、ユーヤはとても魅力的な男性に映っている…と言うか、彼に完全に一目惚れしてしまっている。

 そんなイケメンのどストレートな言葉に思わずきゅんしたエイミーは、赤面しながらあわあわしている。


 因みに、2人の様子を伺っていた周りの男性冒険者連中は、超絶美少女受付嬢のエイミーとクールなイケメンのラブコメ的な雰囲気を見て、俄かに殺気立っている。



「えっ、そ、そんな…み、見惚れたのは、わ、私の方って言うか…あ、いえ、その、失礼しました。

 冒険者カードの提出をお願いします」


「冒険者カードは持ってないんだ。今日は冒険者登録に来たんでね」



 ユーヤのこの言葉に、ムカつきまくっていた周りの男達は思わず吹いてしまう。

 何故なら、オズワルド王国は12歳で冒険者登録が可能で有り、冒険者を目指す者は遅くとも15歳までに登録する者が殆どだからである。

 20歳を過ぎて冒険者登録をする者は、ほぼ大成しない。



「おいおい、アンタどう見ても20歳越えてんだろ?そんなオッサンが今更冒険者をするなんて、何トチ狂ってんの?」



 愉快そうにユーヤに声をかけたのは、半年前に冒険者登録したDランク冒険者のレトである。

 冒険者はF〜SSランクに階級分けされており、最低ランクのFからDランクになるまで平均3年かかると言われている。

 僅か半年でDランクに昇格したレトは所謂期待のホープというヤツだ。



「何だガキ?俺の事はお前に関係無えだろ?

 冒険者登録に来た新人に介入するとか、どんだけ余裕無いんだよ。

 目障りだからどっか行けや、このクソボケが」



 ユーヤの雰囲気は先程と一変し、闇のオーラを漂わせて口汚い言葉をレトに浴びせた。

 レトを睨み付けるその眼は鋭く、有無を言わせない迫力が有る。

 齢15歳のレトはユーヤの怒気に当てられ、何も言い返せずに彼から離れた。


 レトがブルったのを確認したユーヤは表情を元に戻し、エイミーに冒険者登録の続きをお願いした。

 レトとのやり取りを目の前で見たエイミーは、更にユーヤが魅力的な男性だと感じ、頬を赤らめながら用紙に必要事項を記入するユーヤを見つめる。



「はうう…素敵過ぎる…ハッ!そ、それではユーヤさん、こちらの鑑定魔導具に掌を翳して下さい」



 そう言って頭がピンク色のエイミーがユーヤの前に置いたのは、大きな水晶玉のような魔導具だ。

 これは対象者の持つスキルやステータスを鑑定する魔導具である。

 ユーヤが言われた通りに水晶に手をかざすと、水晶玉の表面に文字が浮かび上がった。



「え、ええ!【オールマイティー】と【限界突破】!す、す、凄いですよ!

 それに、能力値…」



 エイミーは興奮した様子で大きな声を上げてしまった。本来は冒険者のスキルは秘匿されるべきもので、人前でギルド職員が大声で口にするなど有ってはならない。

 しかし、エイミーが興奮するのも仕方の無い事で、【オールマイティ】も【限界突破】も、どちらも超レアスキルなのだ。

【オールマイティ】は武器の扱いも魔法の扱いも、超ハイレベルで行う事の出来るブッ壊れスキルであり、【限界突破】は成長レベルの上限に関係なくレベルを伸ばせるスキルである。



「ま、マジかよ…【オールマイティ】ってヤバ過ぎだろ…」

「【限界突破】…伝説の英雄が持っていたってヤツだよな?」

「きゃあっ!絶対あのお兄さんヤバいって!超ハイスペックじゃんね?」

「ちょっ、私告ってくる」



 完全に周りの冒険者達にユーヤのスキルが知れ渡ってしまった。

 周囲のどよめきで我に返ったエイミーは、自分の大失態に気付いて必死に頭を下げる。



「も、も、申し訳ありません!わ、わ、私ったら何て事を…」



 エイミーの表情は青ざめており、完全にパニック状態になってしまった。

 こんな大失態は普通では考えられない物で、多額の賠償金を請求されても文句は言えない。多額の借金を背負わされた上に、首を切られる程の過失なのだ。

 しかし、ユーヤは特に怒る事は無かった。



「じゃあ、個人情報を晒した罰として、今晩メシ奢ってね」



 悪戯少年のような微笑みを浮かべ、サラッとエイミーをメシに誘ったユーヤ。

 普通の冒険者では有り得ない寛大な対応に、エイミーは完全にユーヤの虜となってしまった。



「えっ、そ、そんな事で宜しいのですか?賠償金とかは?」


「ミスなんて誰にでも有るじゃない?

 そんな事で、お金なんて取らないさ」



 重大な過失を犯したにもかかわらず、全く責める事を言わずに爽やかな笑顔を浮かべるユーヤに、エイミーの頭の中はピンク一色となる。

 しかし、いつまでも恋心に浸っても居られない。



「しゅ…しゅてき…ハッ!し、失礼しました!

 あの…ユーヤさん、本当にありがとうございます!

 今後はこんなミスはしないよう気をつけます」


「う、うん…そんな礼を言われる事じゃないけどな。

 これで手続きは終わりなの?」



 ユーヤは相手のミスに便乗して、目の前の美少女とお近付きになろうとしただけなので、お礼を言われるとは思ってもみなかった。

 予想外のエイミーの反応に戸惑ってしまったが、余り登録に時間を取られる訳には行かない。取り敢えず話を本筋に戻す事にした。



「失礼しました。最後に実技試験がありますので、試験に移りますね?

 実技試験はギルド裏手の訓練場で行いますので、此方のプレートを下げて訓練場でお待ち下さい。

 直ぐに試験官を手配致しますので」



 気を取り直したエイミーの言葉に従い、ユーヤは手渡されたプレートを首から下げて訓練場へと向かった。

 れる競技場のような作りで、一般的な陸上競技場の3倍程の広さが有る。

 ユーヤは入場口を出てすぐの所に置いてある訓練用の木剣を手に取ると、軽くストレッチをしながら気になっていた事を試してみる。


 この異世界に来て以来、体内に渦巻く力の奔流のような物を感じており、ユーヤはコレが体内魔力だと予想していた。

 ユーヤは意識してその力の流れを右腕に集中させると、右腕に凄まじい力が漲る。

 その状態で、木剣を軽く振ってみた。


 軽く振っただけだと言うのに風切り音が凄まじく、斬撃波のような物が発生し、30メートル程先に有る魔法の的を切り裂いてしまった。

 ユーヤは、試験官に怪我を負わせてはマズいと思い、【リミッター】というスキルを使って全能力値を2,000に制限した。

 暫くすると、訓練場を囲むように設けてあるスタンド席に、ゾロゾロと冒険者達が集まって来た。その中には、仕事を抜けて来たエイミーの姿も有る。



(おっ、さっきの美少女が見に来てる。コレはめっちゃカッコつけるしかねえよな。

 つーか、昼間っから新人の試験を見に来るとか、あの連中は本当に冒険者なのか?)



「待たせたな。試験官を務めるCランク冒険者のゴンズだ」



 ユーヤがエイミーに手を振っていると、ユーヤと同じくらいの身長の短髪ゴリマッチョがやって来て、ユーヤに声をかけた。

 手には模擬戦用に刃を潰した大剣が握られている。



「試験を受けるユーヤだ。どうぞお手柔らかに」


「はぁ?憧れのエイミーちゃんをナンパしたお前なんかに、手加減なんぞする訳ねえだろうが!

 二度と足腰が立たなくしてやるゼェ!」



 ただの社交的な挨拶だと言うのに、ゴンズは矢鱈と怒っている。

 エイミーと食事に行く事が彼には許せないようなのだが、ユーヤにはそんなゴンズの嫉妬心を知る由も無い。



「おい、向こうに刃を潰した模擬戦用の武器が置いてある。

 好きなのを選んで来い」



 ゴンズはそう言って、壁際に置いてある大きな木箱を指差す。

 どうやらその木箱に、様々な模擬戦用の武器がはいっているようだ。



「いや、俺はこの木剣でいい」



 そう言って、ユーヤが木剣を正眼に構えると、ゴンズは怒りに両肩を戦慄かせた。



「てんめぇ、ちょっとツラが良いからってチョーシこきやがってぇ!

 ブッ殺してやらぁっ!」



 怒声を放ったゴンズは、大剣を構えて一気に距離を詰めた。

 ゴンズはCランク冒険者だけは有り、新人冒険者では反応出来ない程の速い踏み込みだが、ユーヤは速いとは全く感じていない。

 連動するように横薙ぎに振るわれたゴンズの大剣の重い一撃を、涼しい表情のユーヤが木剣で軽々と受け止める。



「何だ?手加減しないんじゃ無かったのか?」



 不敵な笑みを浮かべながら、ユーヤは挑発めいた言葉をゴンズに投げかける。

 力を込めた大剣の一撃が木剣で軽々と受け止められ、戦慄するゴンズだったが、ユーヤの挑発に乗せられて、再び怒りのままに大剣を振るう。


 その剣戟をユーヤは正面から受け止め、更に大きく弾き返した。


 大剣を押し返され、大きくバランスを崩すゴンズ。

 ガラ空きになったゴンズの腹に、ユーヤは軽〜く前蹴りを入れると、ゴンズは体をくの字に曲げて後方に吹き飛んだ。



「済まんな。これでも手加減したんだが、強過ぎただろうか?」



 ユーヤは5m程吹っ飛んだゴンズの元へ駆け寄り、心配そうに声をかけると、ゴンズは左手で腹を押さえながらゆっくりと体を起こす。

 全身が細かく震えている所を見ても、ゴンズはかなりのダメージを負っている事が分かる。



「手…手加減しただぁ?舐めた事言ってんじゃねえぞ、このクソイケメン野郎が!

 コレは殺し合いじゃあっ!」



 ゴンズは蹴られた際の衝撃で大剣を手放していたが、闘志は衰えていないようで、プルプルしながらも拳を振るう。

 ユーヤはその拳を難なく躱し、かなり軽めにビンタを食らわせた。

 それでもゴンズにとっては、鋼鉄の板で横面を叩かれたように感じられ、踏ん張る事も出来ずに横倒しに倒れ込む。



「そこまでだ、ゴンズ。お前では彼の相手にはならん。

 誰か、ゴンズを医務室に運んでやれ」



 尚も諦めずに立ち上がろうとするゴンズに、観戦席にいたスキンヘッドから声がかかった。

 スキンヘッドは観戦席から降りてくると、ユーヤの前にやって来た。



「あんだチミは?」


「俺はジェンコの冒険者ギルドでギルド長をやってる、ガイゼムっつーもんだ。

 いやぁ、お前さんかなりの実力者だな。ギルド長権限で、Cランクからスタートさせてやろう」



 スキンヘッドのギルド長ガイゼムは、ユーヤに破格の条件を突き付けた。

 Cランク冒険者は一線級の実力者と見做されるランクで、最初からCランクデビュー出来る事は例外中の例外である。

 観戦席に集っていた冒険者達は、一様に騒めき出した。



「だが、断る!」



 破格の提案をキッパリと断ったユーヤ。

 ギルド長を含め、集まった連中は思わず耳を疑った。



「な、何故だ!?Cランクは色々と優遇されるし、何よりクエストの報酬がデケエんだぞ!?」


「報酬面は確かに惹かれるが、俺はランクを上げたくねえんだ!

 ギルドに縛られたく無えんだよ」



 ユーヤの組織に縛られたく無い発言は厨二っぽいテイストを孕んでいるが、それがニートとしてダラダラ生きようとしているユーヤの信念とも言える。

 その真剣な目付きからも、ユーヤの決意の固さが感じ取れたので、ガイゼムはそれ以上何も言わず、ギルドの建物へと戻って行った。


 その後、無事にFランクの冒険者カードを発行して貰ったユーヤは、何故かクエストは受けずにギルドの訓練場の方へと戻って行く。

 通常の新人冒険者であれば、そのまま近場での薬草採取依頼なり、比較的低ランクの魔物の多い東の森の討伐依頼などを受けるのだが、ユーヤは何故か訓練場でランニングを始める。



(ラノベとかでいきなり依頼を受けるような作品有るけど、明らかに不自然だよなぁ。

 普通は自分の異世界での身体能力を把握する為に、基礎トレーニングや、剣とか魔法の練習をしっかりするだろう…)



 ユーヤはランニングを終えると、腕立てや腹筋、背筋、スクワット等の基礎トレをみっちり3時間程行った。

 一応自身のステータスウィンドウは確認して、HPやMP、筋力や知力の数値は見ているのだが、それらの数値は体感的にどの程度なのかを見極める事に徹底したのだ。


 結果分かった事は、【リミッター】のスキルで能力値を抑えていても、日本にいた頃の全盛期ユーヤの5倍近くの身体能力を有している事が分かった。

 それは訓練場に置いてあった100kgのバーベルが、彼が筋トレに使っていた20㎏のダンベルと同じくらいの感覚で持ち上がった事や、走った時のスピードや持久力から判明した事である。



(おいおい、万能神様。全然話が違うじゃねえかよ…【リミット】を使ってるのに、冒険始める前からブッ壊れ性能だぞ…)



 トレーニングを終えたユーヤは内心ボヤきながら、エイミーと待ち合わせていた中央広場へと向かった。



 ◆◇◆◇◆



「それにしても、ユーヤさんって変わってますよね」



 ちょっとお高めなレストランにて。

 果実酒を一口飲んだエイミーが、ユーヤに話しかけた。



「ん?そんなに変わってる?」



 麦芽酒をグビリとやったユーヤは、エイミーの見事に膨らんだ豊満な胸を見ながら答える。



「はい。冒険者を希望している人って、荒っぽい男の人が多いんです。

 ユーヤさんは物腰が穏やかだし、ご飯の食べ方も品が有るし、何よりいきなり訓練し始めたじゃないですか?」


「あ、ああ。俺は片田舎の平和な街で暮らしてたからね。いきなり魔物と戦うみたいな事は出来ないんよ」


「え、世界中魔物がウヨウヨしているのに、そんなに平和な所が有るんですか?」



 ユーヤの言葉を聞いて、エイミーはかなり驚いている。

 と言うのも、このキンベインという惑星には魔素や瘴気が漂う場所が多く、どの国も魔物や魔族による被害に苦しんでいる。

 商業都市ジェンコも周囲を高さ5m程の防壁で囲っており、防壁の外は魔物がウヨウヨしている。

 戦闘スキル持ちの人間は街の規模に関わらず、そうした魔物の駆除に駆り出される事が多い為、全世界的にスキルを授かる12歳から冒険者登録を可能にしているのだ。



「ま、まぁ…俺の故郷は島国で奇跡的らしいけどな。取り敢えず俺は1週間くらいは訓練させて貰うからさ」


「え、1週間ですか!?あんなに凄いスキルと実力を持ってるのに!?

 はぁ…ユーヤさんは、どんだけビビりなんですか?」



 1週間も訓練に費やすと言うユーヤに、エイミーは呆れてしまった様子だ。

 普通は戦闘スキルを授かると、住んでいる街や村の近隣で低級の魔物と戦闘をして、すぐに冒険者登録をするなり、衛兵や騎士の入団試験を受けたりするものだ。



「そっか。エイミーはビビりな男は嫌いなんだね。残念」



 ユーヤは悲しげな表情で意味深な事を言い、露骨に俯いた。

 彼は日本に居た頃から思わせぶりな事を言って、女性に揺さぶりをかける事を得意としていた天性のタラシである。



「え、あ!全然嫌いじゃないですよ!?

 そういう所は何か…可愛げが有るって感じで…」


「え!マジで!?良かった、じゃあ俺にもチャンスは有るって事ね?」


「え?チャンスって…恋愛的な?」


「勿論。エイミーに一目惚れしちゃったからね。

 会ったばかりの田舎者の俺に、この街の事色々と教えてくれて凄く優しいし、エイミーみたいにメチャ可愛くて、優しい女の子と会ったら付き合いたくもなるよ」



 真顔で歯の浮くような事を平気で言うユーヤ。誠実そうな表情を浮かべているが、その心の中は打算で溢れている。



「えっ、あっ、わ、私も…ユーヤさんに…一目惚れ…で、でも…まだ会ったばかりだし…その、急にお付き合いって言うのは…ユーヤさんがどんな人かも分からないし…」


「俺はね、時間をかけて相手を知ろうとする探り合いってのが苦手でね。

 熟年の夫婦でもお互いの知らない事が有るのに、恋人未満の関係で相手の事なんて分かる訳無いじゃない?

 恋愛関係のスタートってのは、第一印象と少し話した雰囲気なんかで充分。

 後は恋人として付き合って行く中でお互いの事を分かって行って、結婚するっていうのが俺の考え。

 まあ、探り合いしている内にエイミーみたいな素敵な女の子が他の男に取られたら嫌だしね」



 ユーヤは女性関係に対して、かなり強引な性質を持つ。

 自分の容姿に自信が有る上、女にフラれた所で死ぬ訳じゃないと考えている。フリーのイイ女を口説かずにいる事の方が勿体無いという考えの元、ユーヤは日本にいる頃から見境なしに女を口説いていた。

 結果、彼はバツ2に子供3というダメな経歴の持ち主となった。

 当然、養育費すら払ってない。

 自分に不都合な事からは全力で逃げるダメ男なのだ。



「そ、そうですよね。私もユーヤさんの事…す、凄くカッコ良いなって…」


「良かった〜!じゃあ今日から俺たちは恋人同士っていう事で、乾杯しよっか」



 ユーヤはこうして、異世界1日目にして人気受付嬢のエイミーを彼女にした。

 更に強引にエイミーの一人暮らしの家に転がり込む事で、拠点も手に入れたのである。

 なお、その日の内にセックスに持ち込んだ事は言うまでも無い。


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どスケベ中年ニート、怠惰な生活を見兼ねた万能神に異世界へ転移される 雷乙 @riots8181

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