生徒会vs迷子

「大変だみんな!」

 ある日の放課後、会長の勇花さんが一番遅れて生徒会室に駆け込んで来た。しかも何故だか泥だらけで。

「ちょっと会長! 汚れくらい落としてから来てくださいな!」

 ぷんぷん怒りながらも鞄からウエットティッシュを取り出し、汚れを拭き取ってあげる高徳院さん。この人、世話焼きな性格で色んな物を常備してる。自分自身も割とドジッ子だから、そのための備えでもあるんだろうな。

「ありがとう、逃げてる間に転んじゃってね」

 綺麗になった勇花さん、いつものようにフフンと気取ったポーズを取ってかっこつけてみせる。言ってることは情けないのに、こうも堂々とされると本当にかっこいい気もしてくるのが不思議。

「何から逃げてたの?」

「あっ、そうだ!」

 さおちゃんの言葉で思い出した彼女は、ようやく本題を切り出した。

「獣が! 恐ろしい獣が校舎の中に!」




「うわ、ほんとにいた」

 うちの学校には生徒会棟という二階建ての建物があり、生徒会室の他に各委員会専用の部屋が並んでいる。

 その生徒会棟一階まで下りて来た私達は、廊下の曲がり角からそっと向こうを覗き込み息を飲んだ。なんと犬が歩いてるじゃないか。しかもドーベルマン。

「ど、どうして犬がいるんですの……?」

「逃げる僕を追いかけて来たからさ」

「胸張って言うな」

 外であの犬に出くわした勇花さん。慌てて通用口から逃げ込んできたらしい。泥だらけだったのは靴を脱ぐ時に転んだからだそうだ。さっきまで雨が降ってたもんね。犬の足も汚れてるみたいで廊下には転々と足跡。

「なんで通用口からいらしたの? 普通は二階の廊下を使うでしょう」

「いや、本校舎の玄関に数学の武田先生がいて」

「ああ、この間も赤点取って怒られてましたもんね会長」

「なのに昨日のテストも散々だったと聞いたが」

「ねえ、なんで生徒会長になれたのよ、この人……」

「さあ……」

 学校の八不思議目だよね。

「そういえば、前にうちの父が言ってました。昔はたまに学校に野良犬が迷い込むこともあったって」

 顎に手を当て発言する音海君。これも不思議。どういう流れで、お父さんとそんな話をしたんだろう?

 眉をひそめた私の横で、さおちゃんと鼓拍ちゃんは素直に感心する。

「へえ、初めて見た」

「私もです」

「最近じゃ野良犬そのものを滅多に見かけませんからね。ペットを飼う人達の意識が向上したのだと考えると、良いことなんですけれど」

「だね」

 澤さんの言葉に頷く私達。それにしても人数が多い。別に生徒会全員で確認に来る必要は無かったかも。

「それで、どうしようか大塚ちゃん……」

「どうしようって言われても……」

 勇花さんに意見を求められ、考え込む私。一階にはいくつかの委員会室があるんだけど、天気が悪く薄暗いのにどこも電気がついてないから多分誰もいないんだと思う。不幸中の幸いだね。

 となると、まずは──

「音海君、鼓拍ちゃん、二階に戻って本校舎から先生達を呼んで来て」

「あ、はい」

「行ってきます!」

 一年生コンビを伝令に出す。音海君は生徒会メンバーで唯一の男子だけど、さっきから腰が引けていたんで犬が苦手なんだと思う。だとすると戦力外だしここにいてもらってもしかたがない。鼓拍ちゃんにも危ないことはさせたくないんで同行させた。

「澤さんと高徳院さんも二階に戻って、上にいる生徒が一階まで下りて来ないように警告して。できれば本校舎に退避させてくれると助かる」

「わかりました」

「お、お気を付けて」

 やっぱり犬が苦手っぽい高徳院さん。いつも一緒にいる澤さんに手を引かれ引き返していった。本校舎とこの生徒会棟を繋ぐ廊下は二階にしかない。だから上を見張っていれば下りようとする生徒はシャットアウトできる。

 さて、残るメンバーは私とさおちゃんと勇花さん。そして澤さんと同じく高徳院さんの幼馴染の美浜さんだ。

「私達はどうする?」

 長い黒髪をポニーテールにした美浜さん。表情がいつもキリッとしている。お父さんが剣道家で本人も剣道、長刀、柔道、弓道をやってる武闘派。怖がる素振りも無いし、この人には是非ここにいてほしい。

 なので、そのためにも勇花さんを引き留めなくては。

「あの、誰か生徒会室に来るかもしれないし、僕が留守番を引き受けるよ」

「では私も」

「いや、勇花さんは会長なんだし責任もって解決するまでいてもらわないと困る。それに生徒会に用のある人がいても二階を見張ってる二人が対応してくれるでしょ」

「そ、それはそうか……」

「なら私も残ります」

 勇花さんの動向に合わせ方針を二転三転させる美浜さん。いつもクールでわかりにくいけど、実は勇花さんの大ファンなんだ、この人。

 若干呆れ顔になりつつ首を傾げるさおちゃん。

「で、あたし達はどうする?」

「とりあえずは、このまま見張りかな」

 一年生コンビが職員室で事情を説明すれば、保健所への連絡は先生達がしてくれるはず。捕獲はなるべく専門家に任せて、私達はここであの犬が他の場所に行かないよう監視していないと。

「了解。幸い、あんまり動き回る気配も無いし、このまま待ってましょ」

 犬種は違うけど、小さい頃から犬を飼ってるさおちゃんは落ち着いたものだ。

 美浜さんがスマホを取り出す。

「ここからなら通用口も見張れるしな。ZINEを使って他の皆にも奴の動きを逐一報せよう。もし二階に上がりそうなら、すぐに逃げてもらわないと」

「見張るだけだよ? 野良犬は狂犬病が怖いし、ほんと無理はしないでね、みんな」

「うん」

 まあドーベルマンなんて犬種、普通に考えたら誰かが飼ってたんだと思うし、その頃に予防接種も済ませてあるだろうけどね。念の為に警戒はしなきゃだ。


 ──なんて思ってたら、いきなり犬の顔がこっちに向いた。


「やばっ、気付かれた!?」

「ニ、ニオイで? 流石は犬っ」

「違う!」

 慌てて走り出す私。無人だと思っていた委員会室から男子が一人出て来た。

「バウワウッ!」

「え? うわあっ!?」

 駆け寄って来た犬に対し、反射的に鞄を振り回す男子。

 馬鹿っ!

「ヴルルルルルルルルルル……」

 跳んで避け、威嚇の唸り声を上げるドーベルマン。攻撃されたと勘違いしたんだ。あれじゃもう大人しくさせるのは難しい。

「なんで犬が!?」

「いいから、早く中に戻れ!」

 男子を委員会室の中に押し込み、私も後に続こうとした。ところが犬に飛びかかられて回避を優先。結果、廊下の反対側まで移動してしまう。

「せ、先輩!」

 委員会室の中から手を伸ばす男子。君、一年か。

 私も中に入りたいんだけど、ドーベルマンが間に立ちはだかってて、とても行けそうにない。

 どうしたものか。考えていたら美浜さんが叫んだ。

「おい、こっちだ!」

「!」

 注意を逸らされた犬は声のした方へ振り返る。瞬間、私はその頭上を飛び越えて委員会室の中へ逃げ込んだ。

「閉めて!」

「はいっ!」

 男子生徒が引き戸を閉めた途端、追いかけて来たドーベルマンがそれに激突する。ものすごい音。これで余計に怒っただろう。

「ひいっ!?」

 彼が悲鳴を上げた直後、けれど足音は遠ざかって行った。

「あ、あれ?」

「まずい!」

 美浜さん達の方に行った! 男子を押しのけて扉を開ける。

「三人とも逃げて!」

「わかってる!」

 美浜さん達はとっくに走り出していた。その背を追いかけるドーベルマン。

 私も再び廊下に出ようとして、はたと気付く。

 ここって──




「わああっ!? き、来た!?」

はしばみさん、会長、先に行って!」

「危ないって美浜さん!」

 さおちゃんと勇花さんを先行させた美浜さんは、足止めするつもりなのか一人だけ踵を返し、走って来るドーベルマンを見据え構えを取った。

「ガウッ!」

「ふっ!」

 飛びかかってきた犬の牙と爪をかいくぐり、素早く反転して繰り出された追撃もひらりとかわす。鮮やかな身のこなし。流石は柔道二段!

 でもその時、廊下の先で勇花さんがすっ転ぶ。

「はぶっ!?」

「会長!」

「ワウウッ!」

「あっ!?」

 一瞬の攻防で位置が入れ替わっていたため、ドーベルマンは美浜さんを置き去りにさおちゃんと勇花さんの方へ走り出してしまう。

 追いかけようとした美浜さんは、けれど驚いて足を止めた。

「だあああああああああああああああああああああああっ!」

「はやっ!?」

 全力疾走で追い越していく私。非公式だけど陸上部のエースにも勝ったことがある。部の予算増額を賭けた勝負を挑まれて。

「キャウン!?」

 猛然と迫り来る気配に怯えたのか、ドーベルマンも足を止めた。そこへさっきの委員会室から持って来た物を投げつける。

「さおちゃん勇花さん、押さえて!」

 ネットだ。園芸用の。あの教室は園芸委員会の部屋だった。なので捕獲に使えるかもと思い拝借して来た。

 空中で広がった網がドーベルマンに覆い被さる。私とさおちゃんと勇花さんはすぐさまその端に手をかけ、上から押さえ込んだ。

「このおっ!」

「あわわわわわわっ」

「ごめんね!」

 膝も乗せて完全に封じ込める。君はたまたま迷い込んじゃっただけ。でも、皆に危害を加える可能性がある以上放置してはおけない。頼むから保健所の人達が来るまで大人しくしててよ!

 でも、私達は動物の力を舐めていた。

「ウウッ!! ガアッ!」

「なっ!?」

 暴れるドーベルマン。予想以上の力で網があっさり引き千切られる。園芸用品じゃ強度が足りなかった!?

「大塚!」

「歩美君!」

「あゆゆっ!」

「グルアアッ!」

 私に向かって飛びかかって来るドーベルマン。咄嗟に腕を顔の前へ持ち上げガードする。そもそも噛まれたらまずいという事実は、どうしようもないタイミングになってから思い出した。

 そして──


 タッ、タタタタタタ。


「あ、あれ?」

 犬は何故か私を無視して、別の方向へ駆けて行く。

「なに……?」

「急にどうしたの、あの子……?」

 さおちゃん達もきょとんとする。ドーベルマンは廊下の奥の何も無い場所まで一目散に走って行くと、誰かにじゃれつくような仕種で遊び始めた。

(あっ)

 その薄暗がりに私は久しぶりの“彼女”を見る。


【ほーら、こっちよ、おいでおいで】

「バウッ! ハッハッハッハッ」

【なかなか賢い子じゃない。いい? この学校の生徒を襲っては駄目。あなたを傷付けるような子はいないわ。だから、迎えが来るまで私と遊んでいなさい】

「わんっ!」


「……はは」

 座敷童、今回は助けてもらっちゃった。見えてないさおちゃん達はまだ首を傾げたまま。一人だけ納得した私は、もう安心だろうと長いため息をついて座り込んだ。




「大活躍でしたね先輩達!」

 先生方が駆け付け、しばらくしてから保健所の職員さん達も到着。無事ドーベルマンは保護され、一段落ついたところで生徒会室に戻った。鼓拍ちゃんは誇らしげ。

「いや、何がなんだかわからないまま終わったけどね」

 急にあの子が大人しくなったことを今も不思議がるさおちゃん。一方、勇花さんは平和が戻ったことでいつもの調子を取り戻した。

「はは、まあいいじゃないか。賞賛の言葉は素直に受け取っておこう。先生方からも褒められたよ。生徒会は御剣が頼りない分、他の皆がしっかり働いてくれて頼もしいなって」

 褒められてない。それ勇花さん自身は褒められてないよ。

「そうだな、あの一年生も大塚にいたく感謝していた」

「あゆゆ、あんたまたフラグを立てて……」

「しかたないじゃん! 緊急事態だったんだから!」

 また告白されたりしないよね? うう、断るの心苦しいんだよな。

「わたくしは怒ってましてよ! 大塚さん、あまり無茶をしないでください! あなたを倒すのは、このわたくしと決まってますのよ!」

「舞ちゃん、そのセリフはテンプレすぎる」

「ライバルキャラのお約束ですね」

「でも、絶対勝てないタイプのライバルが言うセリフだと思います」

「だ、だまらっしゃい! 私は勝てるタイプですわ!」

 澤さんと一年生コンビにツッコミを入れられ、ムキーッと湯気を出す高徳院さん。心配かけちゃったし、ここは素直に謝っとこう。

「ごめん、反省します」

「あ、あら? 素直に非を認められるのは結構でしてよ。ようやく、わたくしの正しさに気付けたようですわね、おほほ」

「ツンデレ」

「ツンデレ」

「ツンデレですね」

「違います!」

 高徳院さん、機嫌が直ったと思った途端、また真っ赤になって怒り出す。怒りっぽい人だな本当。シェアハウスするようになったら毎日叱られるかも。

 う~ん、でも私が無茶をしちゃうのは申し訳ないからなんだよね。だって、多分だけど私のせいで起きてる事件も多いでしょ?

 現生徒会が結成されて以来、今日みたいなトラブルは日常茶飯事。おかげで毎回解決に関わってる私達は名物生徒会とまで呼ばれるようになってしまった。


 これってさ、私の“重力”のせいだよね?


(パパの重力の影響からは切り離されたけど、それでも“ギリギリ普通の人生”って鈴蘭さんが言ってたもんな)

 つまり私は重度のトラブル体質になってしまったのだ。なので、この先も騒がしい人生を送るんじゃないかと思う。皆はそれに巻き込まれているだけ。ほんと申し訳ない。

 いや、でも、この人達も十分変わってるし、案外私がいなくても似たようなドタバタが日常になっていたかもしれないな。

(あんまり気にしなくてもいいか)

 私のせいでなんて考え方も見ようによっちゃ傲慢だ。人生なるようになるとまで楽観的には生きられないけど、もう少しは肩の力を抜いてもいいよね。

 ちらりと生徒会室の片隅を見る。私達の代になる前からそこにあったそれは、以前にも誰かが“彼女”の存在を知っていたという証。さっき助けてもらったお礼に、また新しいお供え物を買って来ないとな。

 そこには神棚が飾られている。いかにも手作りという感じの昔の生徒会メンバーが製作した代物。中には“花子さんへ”と書かれた手紙が入っている。

 だから私達は時々、お菓子をお供えするのだ。


 花子さん 今も昔も 守り神


 ──後日、我が校を騒がせたドーベルマンは近所の資産家が飼っていた犬だと判明した。広い庭で放し飼いにして、可哀想だからと首輪もつけていなかったそうな。とはいえ予防接種は済ませてあり、噛まれても狂犬病になる心配は無かったようだ。

 一人暮らしのそのおじいさんが急に亡くなってしまい、折り合いが悪く海外で暮らしていた息子さんは慌てて帰国。ところが実家へ戻った時、ペットのあの子の姿はすでに無く、事件当日はお父さんの葬儀を終え、捜索を始めた直後だった。

 息子さんは発見者の私達に何度もお礼を言って、感謝の印にと学校に多額の寄付をしてくれたらしい。おかげで校長先生からも感謝されてしまった。

 で、あの子は息子さん一家に引き取られドイツで暮らすことに。これも座敷童の能力がもたらした幸運なのかな?

 なんにせよ、新しい家族と一緒に、また楽しく暮らせるといいね。

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