娘vs七不思議(3)

 ぺたぺたと裸足で畳を踏みしめ、近付いて来たのは一組の男女だった。古めかしい着物を着た十歳くらいの女の子と、ごく普通の洋服を来た五歳くらいの男の子。男の子の方はべそをかいている。

「ここ、どこ……?」

「大丈夫よ、あのお姉さんがあなたを家に帰してくれる」

「私?」

 いきなりの御指名にびっくり。なんていうか、市松人形とかああいう雰囲気のその女の子はふっくらした頬を持ち上げてニヤリと笑う。

「そうよ鏡矢の子。退魔の一族。なんでも消し去る灰の炎の伝承者。私達はあなたの親族のような恐ろしい者達と関わり合いになりたくない。だから必死に隠れてた。でも、そういうわけにもいかない事情が出来てね。ほら」

 男の子を促し、近付いて来る。

 私はまたお守りを握り締めた。

「警戒しないで。危害を加えるつもりは無い。頼みごとがしたいだけ。この子は神隠しにあったの。だからあなたが向こうへ連れ戻してあげて」

「神隠し?」

「そう、たまにあるのよ、こっち側に生きた人間が迷い込むって。特に子供に多い」

 じゃあ、こっちの男の子は本当に普通の人間なのか。鵜呑みにしていい話かわからないけど……。

「どうして私に?」

「この子、まだ幼くて自分の住んでいる場所もわからないのよ。それであなたを頼らせてもらった。さっきの体育館の出来事はテスト。彼は気配の薄い霊。気が付けたのはあなただけ。強い霊感がある証拠。その冷静さから見ても、私達みたいな怪異に出くわしたのは初めてじゃないでしょう?」

 それはまあ、そうなんだけど。

「だから、そう身構えないで。あの本はともかく体育館の子は無害だし、私だって人間に災いをもたらすには条件がいる。そういう存在なの。けっしてあなたにもお友達にも手を出したりしない。約束する」

「それなら……」

 約束という言葉が出たことで安心する。時雨さんから聞いたんだ、妖怪は絶対に約束を守るものだって。そういう点では人間より信用できるって言ってた。

「えっと、そもそも君は何? 花子さん?」

「この学校の人間はそう呼んでるわね。ただ、本来は別物。座敷童って呼ばれる類の妖」

「ざしきわらし? それって……」

「ええ、普通は家に住み着くものよ。でも、私はこの学校を気に入ってるの。座敷童界の変わり者だと認識してちょうだい」

 遠い目で、ここではないどこかを見つめる座敷童。妖怪にも色々事情があるんだろうな。

 彼女は学校を棲み処にしている理由を詳しく語らなかったけど、ともかくそういうことだからと男の子を私に預けた。私に触れていれば一緒に元の世界へ帰れるらしい。絶対に置き去りにしてしまわないよう、しっかり抱きしめておく。

 にっこり笑う座敷童。

「私はこの学校から出られない。出たら生徒達に災いがふりかかる。そういうルールなの、わかる?」

「うん……」

 座敷童が出て行った家は傾く。たしかに、それも聞いたことがある。

「あなたの親族に頼れば簡単にその子の住所を特定できるでしょう? この願いを聞いてくれたら今後一切あなたには干渉しないことを誓うわ」

 う~ん、私は考え込んだ。時雨さんと雫さんに見つからなかったってことは、それだけ徹底的に隠れていたか、無害だから見逃されたかのどちらかなんだろう。約束は守るらしいし信用してもいいか。

 決断して頷き返す。

「わかった、この子のことは任せて」

「良かった、じゃあね鏡矢の子」


 ふっと座敷童の姿が消え、代わりに皆の姿が周囲に現れる。


「おねえちゃん……」

 座敷童の姿を探す男の子の頭を撫で、落ち着かせた。

「あのお姉ちゃんに任されたから、君のことは私がおうちまで連れてってあげる。今夜は遅いから寝ようね。いい?」

「……うん」

「んん……大塚君、どうかした……?」

「なんでもない」

 寝ぼけ眼の勇花さんに答えつつ、私は男の子を自分の布団の中へ隠し、自分も中に潜り込んでスマホで連絡を入れた。


『色々あって行方不明の男の子を保護しました。明日の朝、学校まで来てください』


 これでよし。時雨さん達なら、すぐになんとかしてくれる。




 翌朝、学校中が大騒ぎになった。もちろん、私の布団から男の子が出て来たせいで。

「大塚ちゃん、いつの間に連れ込んだの!?」

「ああっ、なんてことだ! 僕の大塚君に虫が! いや、でもこの子も可愛いな。ぼうや、なんて名前だい? 僕は御剣 勇花! この学園に咲く一輪の赤バラ!」

「はい、ちょっと皆どいてね。警察です」

 先生が通報してから五分と経たず駆け付けた警察の人達は、私と男の子だけをパトカーに乗せて連行した。今頃、学校の皆はあれやこれやと噂してるだろう。

 警察署には予想通り時雨さんと雫さんの二人。

 それと知らない男の人と女の人。


「あっ!」

幸弥こうや!」

「ほんまに無事や、よかった!」


 なんと二人は男の子、幸弥君のご両親だった。昨夜ZINEで特徴だけは伝えておいたけど、まさかあれだけでもう身許を特定できていたなんて。

 再会して抱き合う親子の姿にうむと頷く雫さん。

「数日前、あの子は大阪で行方不明になった」

「状況的に人間の仕業じゃない可能性が高かったんで、うちに依頼が舞い込んで来たんだ。それで、もしかしてと思ってご両親も連れて来た。二人から聞いた息子さんの特徴と歩美の伝えてくれた特徴が一致してたしね。お手柄だよ」

「えへへ」

 二人に頭を撫でてもらって私もご満悦。まあ、お手柄って言っても私自身は大したことしてないんだけど。


 幸弥君とご両親はその後、何度もお礼を言って大阪へ帰って行った。

 この一件はテレビや新聞でも報じられたものの、すぐに他の色んなニュースに埋もれて忘れられた。雫さん曰く「お前が余計な注目を浴びないよう手を回した」だそうな。


 もちろん校内ではしばらく時の人になってしまった。周りには、知らないうちに布団に潜り込まれていただけって説明したんだけどね。面白おかしく脚色されてしまった。中にはかなり真相に近いデマも。


 そんな騒ぎも文化祭が始まると自然に収束した。皆、真偽の定かでない噂より目の前のお祭りの方が楽しかったらしい。ただ、我が組のお化け屋敷は怪奇現象に出くわした当人、つまり私がいるという理由で予想以上の盛況に。

 それと、新聞部が文化祭に合わせて発行した校内新聞では例の七不思議めぐりが記事になった。調査の結果、音楽室の肖像画と体育館の音はデマだったと断定され七不思議から除外。図書室は肝心の本が見つからず、屋上と銅像は調べられなかったので保留。3Eの花瓶は周囲に変な影が映り込んでいて、トイレの花子さんは何も起こらなかったけど人気があるという理由から残留した。

 七不思議が五不思議になってしまった我が校では、その後、新たに二つの謎が加えられ再び七不思議が復活。


 七不思議その六。大阪で神隠しにあった子供が何故か柔道場で見つかる。もしかしたら道場に異次元へ繋がる穴があるのかもしれない。

 七不思議その七。時々、和服でおかっぱ頭の少女が目撃される。とある女生徒の周りで特に目撃情報が多い。


 ──色々あってね、座敷童とはその後も何度か関わったんだ。うちの学校が文武両道の名門と呼ばれている理由は、どうやら彼女のおかげらしいよ。

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