娘vs七不思議(2)

 体育館。

「時々、誰もいないのにボールが弾んでることがあるって」

 あ、それ知ってる。

「千里ちゃん、天井よく見て」

「え? なにあれ?」

 頭上に丸い影がいくつもある。

「ボールだよボール。馬鹿な男子とかが時々思いっ切り放り投げて、上の鉄骨に挟まったやつ」

「じゃあ……」

「うん、振動とかで落ちてくることがあるんだ、たまに」

 前に私もびっくりしたことがあった。小学校の時、友達とバスケしてたら上からボールが落ちて来たんだよ。それでなんでと思って見上げてみたらいくつもボールが挟まってることに気付いた。高いからああなってしまうと回収も難しい。

「なーんだ、そんなことか。でも、そういう種明かしを記事にするのもウケが良さそう」

 パシャリ。天井のボールを撮影する千里ちゃん。ここはこれでいいね。

「さあ行こうか。勇花さん、そろそろ普通に歩いてくれない?」

「やだ」

 べそをかいてしがみついてくる勇花さん。普段はキリッとしててかっこいいのに、今の姿は子犬みたいだ。

「よーし、次にいこー!」

 逆に幼い外見の千里ちゃんは夜の学校にも慣れて来たのか、次第にテンションが上がりつつあった。

 こういう変わった友達ばかりできるのも私の“重力”のせいなのかな? なんて考えていると背後から物音。


 ダムダムダムダム。


「……?」

 振り返ると何も無かった。ドリブルしてるような音だったんだけど。

「千里ちゃん、ここの七不思議って、たしか」

「ん? 試合直前で亡くなっちゃった男子が今も練習を続けてるってやつだよ」

 彼女や勇花さんの様子から察するに、今の音が聴こえたのは私だけだったみたい。

「ふうん……」

 ここのことも時雨さんに伝えておいた方がいいかも。



 屋上。

「立ち入り禁止だって」

「当たり前だけど封鎖されてるね」

「よかったあ」

 屋上へ続く階段の手前、いやに厳重なバリケードを見てガッカリする千里ちゃん。逆にホッとする私と勇花さん。

 私が安心した理由は勇花さんと別。屋上は時雨さんと雫さんが“本物”を見つけた二つのスポットのうち一つなんだ。実在していた怪異は二人がどうにかしてくれたらしいけど、だとしても事実を知ってる身としてはなるべく近寄りたくない。

 本当に今は何も無いんだろうけどね。あの背表紙の無い本や体育館と違って、胸を圧迫されるような嫌な感じはこの場所ではしないし。

 パシャリ。一応バリケードを撮影してから振り返る千里ちゃん。

「次行こ、次」

「あ、先生が来るまで残り七分だよ」

「それはまずい。次もサクッと済ませてしまおう」

 一刻も早く教室に戻りたい、でも格好もつけたい勇花さんは私達二人を急かす。

「そういうことは私の背中にしがみつかないで言って欲しい」

「そんな冷たいことを言わないでおくれ、我が愛しの君」

「二人が並ぶと絵になるなあ、撮っとこ」



 校庭の銅像。

「うーん」

「撮影しようにも、なんにも無いんだよね」

 上にあった像が撤去され、台座だけが残されたその場所で肩を落とす千里ちゃん。私も若干申し訳なくなり肩身が狭い。

(ここも“本物”がいた場所だからなあ)

 像が撤去されたのはそのせい。まさかここにあった初代校長像にあんな秘密が隠されていたなんて誰にも想像できなかっただろう。身内から真相を聞いた私にも未だ信じ切れていない。

「まあ、これはこれでミステリアスだし、やっぱり撮影」

 パシャッ。千里ちゃんはなんでも前向きに考えるね。見習わないと。

「大塚君、見なよあの満天の星空。星々が僕らを祝福してくれている」

「勇花さん外は平気なの?」

「見くびってもらっては困るな。こう見えて、夜になってからお父さんと近所のコンビニまで行ったこともあるんだよ。一人じゃなければどうってことはない」

「なるほど」

 一人では無理なんだ、やっぱり。

「ところで彼方君、次は一年の女子トイレだったね」

「うん、いつも使ってるとこ」

「そうかそうか」

 ふふんと得意気に胸を張っていた勇花さんの声が次第にトーンダウンしていく。眉毛もだんだん角度が八の字になっていった。

「実は、さっきからトイレにいきたくて……どうせ見に行くなら二人とも一緒に済ませてくれないかな……」

「大丈夫大丈夫」

「そんなこったろうと思ってたから」

 もう半年近い付き合いだしね。私と千里ちゃんは苦笑しつつ勇花さんを左右から挟む。

 両手に花になった彼女は嬉しそうな顔でスキップし始めた。このかっこいいのに保護欲をそそるところ、時雨さんと似てるかも。



 そしてトリは一階女子トイレ。主に一年生が使う場所。つまり、いつも私達が利用している空間。

 ここが七不思議の七番目。定番中の定番“花子さん”が現れると言われる場所。

 毎日のように来る場所ではあるんだけど、流石の私も緊張した。

(けっこう見落としがあるみたいだし、もしかしたら……)

 背表紙の無い本と体育館の出来事を思い出す。ここにも何かあるかもしれない。

「はーなこさん、あーそびましょっ!」

 千里ちゃんは躊躇無く花子さんを呼び出す儀式を実行。けれど何も起こらない。噂では一番奥、左側の個室から返事があるって言うけれど。

(やっぱりここには何も無いかな)

 これまで半年近く使っていて問題無かったのだから、多分そういうことなんだろう。安心した私は、隣でもじもじしている勇花さんを促す。

「大丈夫みたいだね、済ませちゃったら?」

「お、大塚君達は大丈夫?」

「……あ~、そうだね、わたし達も出すもん出しちゃおうか大塚ちゃん」

「うん」

 一人だけ個室に入るってのは怖いんだろうな。かといって流石にドアを開けて見守ってもらうのは恥ずかしい。そういう意図を汲み取り千里ちゃんが提案した言葉に、私も同意する。

 というわけで右側の三つの個室に入る私達。花子さんが現れるのは左側だし、こっちの方なら勇花さんの不安も和らぐだろう。

 私は一番奥に入った。手早く用を足し、拭いて、水を流して下着を履き直す。スカートを下ろし、個室から出ようとすると──隣から悲鳴。

「ああっ!?」

「どうしたの!?」

「花子さん出た!?」

 私達の問いかけに対し、勇花さんは泣きそうな声で答える。

「か、紙が無い……」

「なんだ……」

「残念……」

 いや、勇花さんにしてみれば大問題だからそんなこと言っちゃ駄目だよ。ともあれ安心した私はトイレットペーパーを渡すべく外へ出ようとする。

 その瞬間──


「はい、勇花さん」

「ありがとう、大塚君」

「!?」


 私はまだ個室の中。なのに誰かが隣の勇花さんにペーパーを渡したようだ。それも私とそっくりな声を出して。

 その誰かは私の個室にも紙を投げ入れて来た。ただしこちらはトイレットペーパーではなくメモ用紙。ひらひら落ちて来たそれを掴み取る。


『後で会いに行く』


 ……これ、文字まで私の文字と同じ。ぞっとしつつ、とりあえずポケットの中に仕舞い込んだ。




 銭湯から戻って来て、夜十時を過ぎ、就寝時間。男子は体育館で寝るらしい。ボールが落ちて来なきゃいいけど。女子は柔道部が使ってる畳敷きの柔道場に布団を敷く。

 しばらくは怪談や恋バナをして盛り上がっていた。でも、それに気付いた先生がやって来て「早く寝なさい!」と注意され、ようやく皆、瞼を閉じて静かになる。

 やがて複数の寝息が聞こえ始めた。多分、起きてる子は他にいない。私だけ、さっきのことがあって目が冴えたまま。

 会いに来る。あの謎の声の主はそう言っていた。けど、どうやって?

 しばらく息を潜めて待っていた私は、やがて気が付く。


 音が聴こえない。


「これって……」

 この空気、あのクリスマスの時と同じだ。身を起こした私は確信する。やっぱり周りで寝ていた皆はいなくなっている。

「……」

 ギュッと握ったのはお守り。時雨さんがくれた、鏡矢家に伝わる特別なまじないがかけられている代物。これがある限りクリスマスの時のような危険には陥らないって言われてたんだけど……。


「安心していい。鏡矢一族に手を出すほど、私は愚かではない」

「!」

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