大塚家vs夏休み(9)
翌日、空港にて。
「じゃあ、またね」
「うむ、次は正月にでも遊びに来るが良い」
「そうね、そうするわ。予定は未定だけれど一大イベントもあるでしょうし」
歩美と時雨殿に目を向ける美樹。昨夜同室で寝ていた間に何かあったのか、こころなし二人の間にあった緊張感が解れているように見える。
いや、歩美に対してだけではないな。時雨殿の誰に対しても怯えているような委縮した雰囲気がだいぶ和らいだ。歩美め、どんな魔法を使った?
「おじちゃん、だっこして」
「ともきも」
「うむ」
まったくもって名残惜しい。俺は可愛い姪と甥を抱き上げてやる。友美はだいぶ大きくなったな。そろそろ片腕で持ち上げるのは難しくなってきたぞ。
「また来るから、さみしがらないでね?」
「こやつめ」
言うようになったわ。俺は破顔しつつ頷き返した。
「飛んだ飛んだ」
ガラス越しに飛び立つ飛行機を見送る我等。あれには友美達が乗っている。無事に送り届けてくれよと祈る。
「空港で見送りってのも悪くないな、別れの絵面が爽やかになる」
「なるほど、そういう見方もありますか」
実にカメラマンらしい着眼点だ。響次郎殿の意見に感銘を受ける俺。すると響次郎殿と静流殿は、そんな俺の方へ振り返った。
「ありがとうな、豪鉄君」
「なんのことでしょう?」
「歩美が昨夜……」
そう言って、少しでも長く飛行機を見送ろうと、時雨殿や麻由美と共に窓伝いに歩いて行ってしまったあやつのことを語り出す。
浮草家のご両親の寝室は昨夜歩美と時雨殿が就寝した部屋の隣。だから二人の話し声が聞こえたのだそうだ。
その内容を聞き、ふっと笑う。
「なるほど、道理で……」
「だからな、礼を言わせてくれ。歩美をああいう風に育ててくれてありがとう」
「本当にありがとうございます」
頭を下げられた俺は、よしてくださいと顔を上げるよう促す。
「俺など、まだあやつの父になってから四年と少しの半人前。逆に教わることばかりです。歩美がそのように育ったというなら、それは俺ではなく麻由美や笹子家のご両親、そしてお二人のおかげでしょう。こちらこそ感謝いたします」
良い子の親父になれた。
俺は果報者だ。
「そうか……なら大事にしてやってくれ、麻由美ちゃんのこともな」
「しましょう」
「時雨のことも、迷惑をおかけするかもしれませんが、気にかけてあげてください」
「わかりました」
実際、あの御仁はまだまだ周囲で支えてやらねばなるまい。心の傷というものは、そう簡単に癒えはしまいからな。
だがまあ、心配はいらんだろう。
「歩美も麻由美もおりますゆえ、俺の出番など、ほとんど無いかもしれません」
「たしかに、あの子らの方が頼もしそうだ。はっはっはっ!」
「然り。はははは」
俺と浮草の親父殿は揃ってでかい図体を揺らし大笑した。
静流殿はその間で、ころころと鈴を転がすように笑った。
──しばらく後、私は一人で駄菓子屋さんを訪れた。これからさおちゃんの家で勉強会。自分の宿題は終わってるんだけど友達が何人かピンチ。なので手軽に糖分補給できるよう、お菓子を買ってってあげようと考えたわけだ。
答えを見せたりしないよ? 私、先生を目指してるんだもん。そういうズルは容認しません。
「おや、歩美ちゃん。一人で来るのは珍しいね」
今日はいつものおばあちゃんが店番。サラさんとかいう日本人には見えない曾孫さんは、あれ以来見かけていない。
「サラさんて普段ここにいないの?」
「いるよ。いつも店の奥でゴロゴロしてるの。あの子、もう二十八なのにねえ、いつまで経っても働きたがらなくて困ったもんだ」
「二十八!?」
えっ、てっきり私より少し上くらいだと……うわあびっくり。でも、このおばあちゃんの曾孫だって考えると納得かも。私が四歳で初めてここに来た頃から全く見た目変わってないし。
「今日はずいぶんいっぱい買うねえ。お小遣い大丈夫?」
「うん、他の皆と割り勘にするから。この後ね、さおちゃん家で勉強会すんの」
「へえ、えらいねえ。ならこれは、ばあちゃんからのサービスだよ」
またミニドーナツをくれた。へへっ嬉しい。
「ありがとう。それじゃあまたね」
「うん、またおいで」
挨拶を交わし道路に出て、歩いて行こうとした私は──そこでびっくりして立ち止まる。思わず二度見。
(うわあっ)
いったい、いつのまに? 店に入る時にはいなかったはずの外国人のカップルが軒先のベンチに並んで座っていた。
「Hello」
「あ、ハ、ハロー」
思わず見とれちゃったせいで声をかけられてしまう。だってもんのすごい美男美女なんだよ。特に女の人。薄い桃色の髪に海みたいな青い瞳。肌は、元は白いんだろうけど今は健康的に日焼けしてる。ロングスカートの白いワンピースに麦わら帽子。顔は今まで見て来た中で一番綺麗。雫さんや時雨さんも美人だけど、この人はさらにもう一段上って気がする。
「What are you doing?」
「え、わっつ……あ、何をしてるんですかか。えっと、勉強会のためにお菓子を……って英語ではなんて言うのかな」
「リリー、困ってるよ」
日本語を発して苦笑する男の人。隣の女の人と同じで二十歳くらい? 白っぽい金髪に空色の瞳。甘いマスクの美形。でもどことなく友にいみたいな雰囲気。目元が柔らかくて優しそうな感じだから? こっちは青いTシャツにジーンズ姿。
恋人さん? にたしなめられた女の人は悪戯っぽく笑う。
「ふふ、ごめんなさい、この顔でしょう? 外国人のフリをすると、みんな慌てふためくから面白くって」
「趣味が悪いなあ」
「うるさいわね。ともかく驚かせてごめんね。私はリリー・ヴァリーというの。イギリス出身だけど、三歳から日本で育ってるので中身はほとんど日本人。この駄菓子屋のおばあさんの親戚よ。貴女は?」
「あ、歩美です。大塚 歩美」
名乗ってしまってから、知らない人に正直に答えてどうすんだと後悔する私。こういう怪しい人達には警戒しなきゃ。
でも、なんか──
「私の顔がどうかした?」
「いえ……」
なんでだろう? この女の人を見ていると、警戒心が勝手に解けていく。まるで昔から知ってる親戚にでも会ったような、そんな奇妙な安心感。
「私と貴女は初対面よ」
「えっ」
「さっきも言ったけど、あそこで座ってるおばあちゃんと親戚なの。だから似てると感じるんじゃないかしら?」
「あ、ああ……なるほど」
そういうことか。それにしても心の中を読まれたみたいに考えてることをぴったり当てられたな。
さおちゃんにも考えが顔に出やすいって言われたのを思い出す。そんなに顔に出ちゃうのかな私?
「晴れた青空」
「え?」
「一本の、まっすぐな道」
なんのこと?
外国の人って、こんな唐突に喋り出すの?
「あなたの≪世界≫はとても綺麗ね。いつまでもそのままでいて欲しいわ。自分の信じた道を正しいと思う方法で進んで行くことを願います」
「はあ……?」
「そろそろ帰らなくっちゃ。お母さんに娘を預けて来たの」
えっ、子持ちなの?
「うちの子にも貴女みたいに育って欲しい。偶然だけれど名前も似てるのよ。うちの子はアヤメっていうの。知ってる? アヤメの花言葉は良い便り、そして希望」
言いながら立ち上がったリリーさんは私の手を握る。女同士なのにドキッとしちゃった。やっぱ綺麗すぎるよこの人。
「確信した、貴女ならきっと良い便りをくれる。期待してるわね」
「へっ?」
どういう意味? こっちが呆気に取られてる間に、二人はさっさと立ち上がった。
「それじゃあ、おばあちゃんもまたね」
「次はアヤメも連れて来ます」
「はい、是非またいらしてくださいな」
「ふふっ、そうするわ」
二人は駄菓子屋と隣の家の間へ入って行く。いったいどういうこと? 追いかけて路地を覗き込んだ私はさらにびっくりした。
「いない……」
ほんの何秒か前のことだったはずなのに、もう二人とも影も形も無い。
幻だった? いや、でも、おばあちゃんも会話してたし。今度は店の中を覗き込む。
「あの、今の人達って……」
「遠い親戚だよ」
それは、ばあちゃんのって意味だよね?
うーん……。
「世の中、意外と不思議なことは多いんだね」
子供の頃から奇妙な声を聴いていた私は、今しがた起こった出来事も割とすんなり受け入れられた。あの二人がいったいどういう人達だったのかわからないし、また会うことがあるのかも知らない。私に何を期待してるのかも謎のまま。
でも悪い人達には見えなかったし、できればまた会いたいな。
夏休み のこり半分 何がある?
長い長い夏休みもやっと折り返し。なんだか今年はまだまだ色んなことが起こりそうな気がするよ。
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