大塚家vs夏休み(8)
「もう帰るの?」
「はは、今日はまだだよ。でも、歩美ちゃん達のおうちとはしばらくお別れだしちゃんと挨拶しとこうか」
車に荷物を積んだ友にいは、友美と友樹と一緒に我が家へ向かって頭を下げた。
「お世話になりました、また遊びに来ます」
「おせわになりました」
「なりました」
「うむ、よきに計らえ」
いや、美樹ねえも一応頭を下げる側じゃないの? たしかにここは美樹ねえの実家でもあるけど。
今日は浮草家、つまり私のパパの家まで行く。夏ノ日家が六日前に降り立ったあの空港の近くなので一泊してから皆を空港まで送り届け、そこでお別れする予定。だから友美達の荷物を積んだってこと。
──ちなみに、髪型は一時間ほどかけてなんとか元に戻せた。
「よし、そろそろ行くか」
「友美ちゃん、友樹くん、おトイレは大丈夫?」
「さっき行ってきた」
「ともきも」
「あ、私まだだ」
慌てて家の中に駆け戻る私。用を足して、また外に出て来たところでママが玄関の鍵をかける。
私達が車に乗り込むと、電動ドアが閉まって友にいが車を発進させた。
「わあ、相変わらず加速がすごい」
「事故るなよ」
助手席から釘を刺す父さん。ちょっとやめてあげなよ。友にいそういうプレッシャーに弱そうじゃん。
「おおおおおおおおおお! よく来た歩美! 友美と友樹も久しぶりだな! 正道と柔はでっかくなったか?」
インターホンを鳴らすなりハイテンションで迎えてくれたのは
「いらっしゃーい、ほら、上がって上がって」
対照的に私と比べても小柄なこの人は浮草
静流おばあちゃんは旧姓・
「いやあ、よく来てくれた。はっはっはっ、子供がいると一気に家の中が賑やかになる」
子供好きのじいちゃんは、私達の顔を見て上機嫌。早速ママから正道を受け取り威厳の無いとろけた顔に。
「おー、よちよち。なんて可愛いんでちょう」
「じいちゃん……」
この場で唯一血が繋がっている私としては、流石にちょっと恥ずかしい。赤ちゃん相手だから赤ちゃん言葉を使ってもいいんだけどさあ……。
まあ、じいちゃんもばあちゃんも、血の繋がりが無い友美や友樹、正道と柔を孫同然に可愛がってくれる。それ自体は嬉しいよ。私にとってもこの子達は家族だしね。
そこからはいつも通りだった。皆で和気あいあいと喋ったり遊んだりしながらのんびり時間が過ぎていく。夏ノ日家と過ごす夏休みの実質最終日としては申し分無い穏やかさ。
──と、思っていたら予想外の方向に事態が動いた。
ピンポーン。数時間ぶりに鳴るインターホン。
「誰だ、こんな時に」
友美を肩車してたじいちゃんは、そのまま玄関へ向かう。
「ぶつかるぶつかる!」
慌てて追いかけたが、じいちゃんはちゃんと出入口の手前で身を屈め友美の頭をくぐらせた。歳の割に動きが軽快だなあ、流石は全国を飛び回って仕事してきたカメラマン。
「はーい、開いてますよ」
「父さん、見慣れない車があるけど誰か来てる?」
じいちゃんが声をかけると、玄関のドアが開けられた。すると、そこに立っていたのはじいちゃんを“父さん”と呼ぶ人で──
「あっ」
「あっ」
私とその人、互いに同じような顔で同じ言葉を発してしまう。
「時雨さん……」
「歩美ちゃん……」
「ま、まさか大塚さん達がいらしてたなんて……すみません」
「だからいつも言ってるでしょう、いきなり帰って来ないで事前に連絡なさいって。もう良い大人なんだから、
「ごめんなさい……」
静流ばあちゃんに説教される時雨さん。毎回唐突に帰って来るらしい。そっか、ここはあの人の実家でもあるもんね。
「で、今日はどうした? また落ち込むことでもあったか?」
「いや、雫さんにこれを届けろって言われて……」
正座しながら傍らに置いてあった大きなスイカをじいちゃんに手渡す時雨さん。途端にじいちゃんとばあちゃんは納得顔に。
「なるほど」
「雫ちゃんに嵌められたな」
「みたい……」
あの人そういうことするんだ。私達の予定を知ってて、わざと時雨さんをかち合わせたんだろう。
「まあ、ゆっくりしてけ。久しぶりに帰って来たんだ」
「う、うん」
「それにしても、えらく立派なスイカね、これどうしたの?」
「カガミヤのラボで育ててるやつ。売り出す前に市場調査がしたいって……」
「食って平気なのか……?」
「食べられないものを売ったりしないよ」
「それはそうね」
頷きながらスイカを切り分けるばあちゃん。大皿に載せて持って来る。
「さ、食べてみて」
「じゃあ遠慮なく。いただきまーす」
「まーす」
素早く噛り付く美樹ねえと友美。途端に目が大きく見開かれる。
「うわっ、甘っ!? なにこれ、普通のスイカの比じゃないわ」
「ほんとだ、ものすごい糖度」
「ううむ、健康に悪くないのか、これは?」
「おいしい」
友樹には好評だ。私も嫌いじゃないな、うん。
「喜んでいただけたなら幸いです」
時雨さんは照れ笑いを浮かべ、控え目に小さな切れ端を手に取った。
予定通り浮草家で一泊する私達。そこに時雨さんまで加わることになった。
「いや、私は」
「いいから泊ってけ」
「せっかくなんだから、たまには親孝行していきなさい」
時雨さんは帰るつもりだったけど、両親にそうまで言われては強く出られない。
「すいません、じゃあ今晩だけ……」
申し訳なさそうに頭を下げて承諾した。
──それから何時間か経って寝る時間。私は、昔パパが使っていたというベッドで横になる。
隣では時雨さんが布団を敷いて同じように天井を見上げていた。見えないけど多分緊張してるんだろうな。
この部屋割りは私の希望。隣の寝室にはじいちゃんとばあちゃんが寝てて廊下を挟んだ反対側の部屋に夏ノ日一家。父さんとママと双子は一階。
本当は、この部屋にはまだあと二人くらい寝られそうな余裕がある。柔と正道も赤ん坊だからどうってことない。
でも私が時雨さんと同じ部屋を希望した時点で何か察したんだろうね。父さん達が気を利かせてくれた。
もう寝たかな? 電気を消してしばらく経ってるけど、ようやく踏ん切りのついた私は話しかけてみる。
「時雨さん」
「は、はい」
まだ起きてた。やっぱり緊張して硬くなった声。私と二人っきりじゃしかたないか。
でも、どうしても言いたいことがあったんだ。私は子供だけど、それでもこれくらいはわかるよ。
「ああいうの、よくないと思う」
「ああいうの……?」
「時雨さん、すぐ謝るでしょ。私にもママにも、じいちゃんにもばあちゃんにも」
「それは……」
もちろん、パパのことが負い目になってるってわかってる。本当はここに顔を出すのも辛いのかもね。私達とだって会いたくないのかもしれない。
でもさ──
「じいちゃんとばあちゃん、時雨さんがいて嬉しそうだった。パパがいなくなってもあの二人が暗くならないのは、まだ時雨さんがいてくれるからだよ。なのにさ、その時雨さんが来るたびに暗い顔で謝ってばっかりじゃきっと辛いよ。自分達が悪いことしてるんじゃないかって、そう思うんじゃないかな」
「……」
多分、そんなことは時雨さんもわかってるんだよね。でも、自分一人でわかってるだけじゃ駄目なんだとも思う。
『ならば、叱ることも大切だ』
相手が大切なら、言い辛いことを言わなきゃいけない時もあるんだって、昨夜父さんに教わったばかり。だからってわけでもないけど実践するよ。
「必要無いのに謝らないで」
「……はい」
必要な時に謝ることは大切だけど、不必要に謝らないことだって、同じくらい大切なんだよねきっと。周りの気持ちを考えるならさ。
それっきり会話が途切れたので、私は瞼を閉じた。パパが寝ていたベッド。ここで横になるたびにパパにだっこしてもらってるような安心感を覚える。
すると、うとうとし始めた頃、今度は向こうから声をかけられた。
「歩美ちゃん」
「……なに?」
眠いんだけどなあ。
「時々、声が聴こえてたりしない?」
「声……?」
もしかして、あの不思議な声のことかな。
「前に、ある人から教わったの。全てのものは繋がっている。大きな虹の架け橋で」
虹? なんだか、メルヘンチックでいいかも。
「……雨道君は、今もその橋の向こうから歩美ちゃんを見守ってるよ。時々、私のことも助けてくれる。だから、そうだね……彼を悲しませないようにしないとだよね。私の方が、お姉ちゃんなんだ」
お姉ちゃんかあ。
私も正道と柔のために、ちゃんとお姉ちゃんができるかな?
【できるさ】
「できるよ、歩美ちゃんなら、絶対に良いお姉ちゃんになれる」
そっか……へへ、嬉しいな。
お姉ちゃんの先輩に、太鼓判をもらっちゃった……。
「夏の夜に 虹の架け橋 渡り来て」
「なにそれ?」
「川柳というものよ。あっ、でも夏の夜は季語かしら? この世界の俳句のルールを調べないと」
「そんなことをしに来たの?」
「そんなわけないでしょ。というか、今回は私一人で良かったのに」
「だって心配だったし」
「しかたないわね、なら一緒に行きましょ。例の子は、あの場所で待っていたら来るわ」
「そうみたいだね」
「初めて会うけれど、きっと良い子よ。あの雨道さんの娘だもの」
「時雨さんの姪っ子だね」
「楽しみだわ」
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