大塚家vs夏休み(4)

 ど、どうしよう……なんとかまた大塚家の前まで来ることはできたけどインターホンを押す勇気が出ない。前回は罪を告白すると決心していたからこそだったわけで──

(あと、さっきから向こうの電柱の陰に隠れてる子達はなんなの?)

 ずっと私を見てるんだけど。

「え、えっと……」

「!」

 中学生くらいの男女二人組は私が振り返った途端、完全に電柱の影へ身を隠す。

 う、うーん……服がはみ出してるし影も地面に伸びてる。ということは普通の子だよね。本職ならもっと上手に隠れるし。

「あっ」

 そうか、きっと歩美ちゃんの友達だ。友達の家の前に不審者がいるから怖くて近付いて来れないんだ。

「ど、どうしよう……迷惑になってる」

 出直す? でも、今日会うって約束しちゃったし。いや、だとしてもあの子達に申し訳ない。えーっと、えーっと。

「何してるんですか?」

「あっ」

 玄関が開いて歩美ちゃんが顔を出す。

「窓から見えてましたよ。早く入って来てください」

「ごめんなさい」

 見つかっちゃった以上、もう逃げられない。向こうの二人組にも頭を下げ、再び大塚家へ足を踏み入れた。




 うーん、どうも気付かれてたっぽいぞ。でも悪い人には見えなかったな。オレのさらに後ろへ隠れた沙織に呼びかける。

「なあ、どうする?」

「このまま見張るのよ」

「いや、でも家に入っちゃったし」

「出て来るかもしれないでしょ。あゆゆに何かあったらどうするの?」

「なんもねえだろ、おばさん達も家にいるみたいだし」

「あんた心配じゃないの!?」

「心配だけど……」

 沙織ほど極端に不安には思っていない。というかこいつは昔から歩美が関わると大袈裟になるんだ。歩美の前ではかっこつけてクールぶるけど。

「そもそも、こんなところに隠れてたら近所の人達に怪しまれるって」

「大丈夫よ、変装してきたし」

「変装……」

 三つ編みにしてメガネかけただけじゃん。

 しかもオレはいつも通りだし。

「あの人もさ、いい人そうだったじゃないか」

 歩美が言ってた通り、ちょっと気弱で優しい感じのお姉さんだった。歩美の死んだパパさんと同い年にしてはやけに若々しかったけど。

「いい人だからって人を傷付けないとは限らないのよ」

「そういうもんか?」

「ともかく、なんかあったらすぐ突入できる準備をしなさい。あゆゆにも、もしもの時は連絡するよう言ってあるし」

「え? 歩美、オレらがここにいること知ってんの?」

「昨夜ZINEで打ち合わせといた」

「オレも呼べよ!」

「なんで私とあゆゆのトークルームにあんたを招待しないといけないのよ」

「関係者だからだよっ」

「ふん、あんたはいざという時の用心棒として呼んだだけ。柔道やってるんだから、こういう時にこそ活かしなさい」

 柔道、柔道かあ……。

「たしかに、オレほどああいう人と戦うのに適任の男はいないかもしんねえ……」

「ふうん?」

「年上の女の人には慣れてるからな、安心しろよ……」

「女子大生だらけの道場だってこと、あゆゆには言ったの?」

「言えるか!」

 ふーっ、ふーっ……いかん興奮しすぎだ。心を落ち着けろオレ。道場で鍛えた精神力は並じゃないはずだぞ。

 ……の割に歩美を前にするといつも成果を発揮できなくなるんだが。

「あの、オレ、着替えて来てもいい?」

「どんな服を着たって、あゆゆにとってのあんたはただの木村よ、諦めなさい」

「ただの木村ってなんだよ!? 全国の木村に謝れ!」




「いらっしゃい」

 玄関では麻由美さんも待っていた。向こうも表情が硬い。

 当然か。前回同様委縮しつつ家に上がる。

 そして居間へ通され──

「お邪魔します……あれ?」


 意外な顔を見付けた私は少しだけ安心した。


「美樹さん、友也さん」

「ハロー」

「お久しぶりです」

 親し気に挨拶を交わす私達を見て、驚く歩美ちゃんと麻由美さん。

「え?」

「知り合いなの?」

 目を丸くしてから、あっと声を出す。

「そういえば前に来た時、雫さんが言ってた」

「ああっ、そうね」

 麻由美さんも思い出す。そうだった、あの時すでにうちの会社と美樹さん達に繋がりがあることは説明していたっけ。

「カガミヤからは頻繁に調査依頼を受けてるからね」

「時雨さんとも何度か一緒に仕事をしてます」

「そうだったんだ……」

「まあ、麻由美ちゃん達との繋がりは知らなかったんだけど」

 え? 前に話しましたよね? 訝る私にちらりと目配せする美樹さん。

(知らなかったということにしたい?)

 って、そうか、うちとの契約に盛り込まれた守秘義務に抵触するんだ。これは私の方が迂闊だった。

「ま、そういうことだから座って座って」

「美樹ちゃんが仕切るんだ」

「し、失礼します」

 美樹さんに勧められるまま座布団に座る私。丸い座卓を囲み、大塚家と夏ノ日家も全員着席する。小さい子供達は歩美ちゃんと大人達の膝の上へ。ちなみに大塚さんはお仕事で不在だそうだ。


 皆さんの視線は、当然私に注がれる。

 うう……注目されるの苦手……。


「正道、柔、あの人が時雨伯母さんよ」

 赤ちゃん達に紹介してくれる麻由美さん。流石にまだ理解できないと思うけど、素直に頭を下げる。

「鏡矢 時雨です。よろしくお願いします」

 すると、私が顔を上げるのを待って歩美ちゃんが切り出した。膝の上の柔ちゃんが真剣な眼差しの彼女をじっと見上げる。

「えっと、提案があるんですけど」

「なんでしょう?」

 背筋を伸ばして耳を傾ける私。彼女の要望なら全力で応えたい。

 歩美ちゃんは手を下げつつ言った。

「ルールを決めたいんです」


 ──そして彼女が語ったのは、私と週に一回、必ず会いたいという提案。それには期限まで定められていた。


「来年の正月まで?」

「私、来年は受験生ですし、こんなお願いをずっと続けていたら時雨さんの負担にもなるかなと思って」

「そんな……」

 負担だなんて、そんなことは考えなくていい。ただ、週一で必ず会うとなるとたしかに困ってしまうのも事実。なにせ私は海外出張が多い。

「あの、少しだけ席を外します。社長に相談を」

「どうぞどうぞ」


 何故か美樹さんに許可され一人で玄関へ戻る。雫さんに電話をかけ、歩美ちゃんからの提案について報告してみたところ──


『構わん。しばらくお前に長期の出張をさせなければいいのだろう? 後は自分で都合を付けられるな?』

「はい、まあ」

『なら問題無い、提案を受けてやれ。彼女としても不安なのだ、そんな約束でもしないと、お前はまたうじうじ悩みそうだとな』

「……たしかに」

 さっきも玄関前で迷ってしまった。時雨さんにも歩美ちゃんにもこの優柔不断な性格を見透かされている。実際私はきちんと次の約束を取り付けておかないと言い訳を見つけて逃げてしまいそうだ。自分はそういう弱くて卑劣な人間だと知っている。

「その、しばらくご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」

『別に迷惑ということはない。お前一人の穴くらいどうとでもなる。先方から歩み寄って下さっているのだからしっかり絆を深めろ!』

「は、はい……」

 二重の意味でばっさり切られた。社員としては大して戦力になってない自覚はあるけど、明確に言われるとやはり堪える。

「はあ……」

 ため息をついてしまってから馬鹿めと自分の頬を両手で叩く。

 こんな顔、あの二人に見せるな。まるで嫌々来たみたいじゃないか。罪滅ぼしの機会を与えてくれたことに感謝するんだ。最大限の誠意を示せ。

 今こそ頑張れ、鏡矢 時雨!




 戻るとグラスが並んでいた。

「あ、麦茶で良かったですか?」

「はい、ありがとうございます」

 子供達の安全に配慮したのだろう、熱いお茶でなく冷たい麦茶。もちろん夏場はこちらの方が嬉しい。

 とりあえず相談した結果を伝える。

「大丈夫です。週一の面会、承りました」

「面会って」

 呆れ顔になる美樹さん。何かまずかったですか?

「親戚同士で会うんだし、もっと気楽な感じでいいんじゃないですか?」

「あ……そうですね」

 友也さんに指摘され、やっとそんな当たり前のことに気が付く。

「さて、それじゃあそろそろ行きましょ」

「うん」

 全員のグラスが空になった頃、おもむろに立ち上がる二人。突然どこへ行くのかと眉をひそめたところへ歩美ちゃんと麻由美さんも続く。

「出かけるんですか?」

 問いかけると、娘さんに肩掛けカバンを渡しつつ悪戯っぽく笑う美樹さん。

「相互理解を深めたいんでしょ? なら家にいてのんびりお茶啜ってないで出かけた方がいいじゃない。こういう時は一緒に遊ぶのが一番だって」

「なるほど」

 しかし麻由美さんや歩美ちゃんは私なんかと遊びたいだろうか?

 不安になって振り返ろうとすると、先に背中を叩かれた。

「!」

 懐かしい感触。驚いて振り返った方向には歩美ちゃんだけが立っている。でも距離は手が届くほど近くない。

「どうかした?」

「あ、いえ……」

 そうか、今のはきっと──

「なんでもありません、行きましょう」




「ふむ」

「どうしたんですか、大塚さん?」

「いや、今日は昼なのに月がよく見えると思ってな」

「おー、本当だ」

「綺麗ですね」

 仕事で市の外れの山中を訪れた俺達。ここで暮らすご老人の家が先の土砂崩れによって被害を受けてしまい、おおよその被害額を算定しておる。

 その最中、しばし月を見上げた。

 今頃我が家には再び時雨殿が訪れているはず。麻由美と歩美は彼女を許したが、しかし表向きには未だそうではないし、それに──

(完全に許し切ったわけではあるまい)

 人の心とはそう簡単に割り切れるものではない。だからこそ、より良い方向へ転がってくれればと願う。


 昼の月 見守る先に 笑顔あれ


 声に出して詠んでみたら部下達が首を傾げた。

「どういう意味です?」

「さてな」

 俺にもよくわからん。だが時々思うのだ、月は俺達を見守り、そして祈ってくれているのではないかと。皆が幸せであるように。

「ふうん……そういや、ここ何年かで世界的に犯罪の発生件数が減少してるらしいですね。急にじゃなくて、ゆっくりとだけど」

「へえ、不思議な話ね」

「言われてみると銃乱射とか爆破テロとか、そういう物騒な話はしばらく聞いてない気がしますね」

「そのような出来事、起こらん方がよかろう。すまなかったな横道に逸れて。仕事を再開しよう」

「はーい」

「しっかしこれ、どう考えても俺達の仕事じゃないよな」

「いつものことじゃないですか。人手が足りないとこのヘルプに回されるのがうちの課の役目です」

「そういうことだ、つまりこれも我等の業務には違いない」

「真面目だなあ、キャシーも大塚さんも」

「キャシーって呼ぶな」

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