親友vs男友達

「おい歩美あゆみ

「ん?」

 放課後、学校のいつもの教室。振り返った私の前に木村きむら 無限むげんが立っていた。ツンツン頭で高身長。目付きは悪い。小二からずっと同じクラスのさおちゃんの次に長い付き合い。今年もまた別の教室になったものの、こっちのクラスに男子の友達がいるので、こうして頻繁に遊びに来る。

「お前、今日も部活あんの?」

「あるよ。水曜だからやるに決まってんじゃん?」

「そうか……まあ、そうだよな……」

 悔しがる木村。ここんところよく見かける光景。何か私に用があるっぽいのに、こっちから「どうかした?」って訊くと「なんもねえ」って怒って去ってく。それがわかってるので、最近は何も訊かないことにしている。

「やっぱ俺も同じ部に……でもなあ……」

 また小声でブツブツ言ってる。よく聞き取れないけど、盗み聞きすんじゃねえとかキレられてもめんどくさいし無視無視。

「あゆゆ、部活いこっ」

「うん」

 さおちゃんことはしばみ 沙織さおりが近付いてきて私の手を引く。

「あっ」

「ふふん」

 慌てた木村にさおちゃんは勝ち誇ったような表情を向ける。え? なんか勝負でもしてたの?

 廊下へ出た私達は並んで歩く。さおちゃん妙に上機嫌だな。

「どしたの?」

「何が?」

「木村となんかあった?」

 私がそう訊ねると、さらに楽しそうにケラケラ笑う。

「違うよ〜、あたしはあいつをからかって遊んでるだけ」

「なんだ、そっか」

「まあ、あんな奴にくれてやるつもりは無いけど」

「何を?」

 チョコかな? でもバレンタインはだいぶ前の話だし。

「あたしの審査は厳しいって話」

「審査?」

 さおちゃんは、時々わけわかんないこと言うな。




「クソッ、沙織め……!」

 苛ついたオレはついゴールポストを叩いてしまった。音を聞いて振り返った監督の雷が落ちる。

「木村! 物に当たるな!」

「す、すいません!」

 またやっちまった。オレってやつは、どうしてこう堪え性が無いんだろう。

 でも今日のは仕方ない面もあると思う。なんせ、ここんとこ毎日アイツに邪魔されてるからな。


 榛 沙織。


 オレと歩美の共通の幼馴染。小一からの付き合いでも幼馴染って言って大丈夫だよな?

 アイツは本当に性格が悪い。これでもかってくらいひねくれてる。

 自分が失恋したからってオレにも同じ苦しみを味わわせようとしてるんだ!

「木村、いったぞ!」

「ふん!」

 飛んできたボールをパンチングで弾き飛ばす。ゴール前では敵味方が入り乱れてさらに激しい攻防が続いたが、枠の中に飛んできたシュートは全部迎撃した。

「まったく……沙織め……人の恋路をなんだと……あんにゃろう……」

「駄目だ! 木村が考え事してる!」

「今日は点を入れられそうにないな」

 絶望する敵チームの連中。まあ同じ学校の仲間なのだが、とにかく二チームに別れての模擬戦で敵になった奴等は肩を落とした。

 監督もため息をつく。

「なんでアイツは試合に集中してない時ほど鉄壁になるんだ。あの力を本番でも活かしてくれたらなあ……」

 この後もオレは得点を許さず、試合が終わってからそのことに気付いた。




 許すまじ許すまじ許すまじ。

 なんて、いつまでも恨みに思うほどあたしは湿っぽい性格じゃない。あの馬鹿は当時のことを根に持たれてるとか思ってそうだけど、別にそうじゃないんだなこれが。

 ちなみに何があったかと言うと発端は小一の時。当時あゆゆは、あたしや木村とは別の学校に通っていた。近場に二つ小学校があり、あゆゆの家はぎりぎりでもう一つの学区内だったわけだ。

 でも家は近所だったのであたし達は公園で出会った。あたしと木村とあゆゆ。同じ日に同じ公園で遊んでいた。そんなありきたりな偶然のファーストコンタクト。

 で、たちまちあたし達は仲良くなった。そして幼かったあたしと木村は愚かな勘違いをする。

 ──翌年、生徒数が少なすぎるという理由であゆゆの通っていた小学校が廃校になった。それで、向こうの学校の生徒も全員うちらの学校へ通うことになったんだけど……。


 あゆゆは、女の子だった。


 何言ってんだと思うかもしれないが、ようするにそういうことよ。あたし達は二人とも勘違いをしてしまっていた。

 だって超イケメンだし! 男の子の格好してたし! 髪も短かったんだもん! 名前も“あゆみ”ってさ、男子でもおかしくない名前じゃん!? それからあの子、出会った頃は一人称が“ボク”だったんだよ! 学校が統合された後に他の女子達から変じゃないって指摘されて“私”になっちゃったけど!

 しかも、それに気付く前にあたし、あゆゆに「大きくなったら結婚してね!」って告白しちゃってたんだよね!? いっそ殺せ!


 ──でさ、同じ学校に通うことになりクラスまで同じになって、トイレに行くって席を立ったらあゆゆがついてきて……ようやくあたしは誤解に気付いた。

 そしたら、あの馬鹿! あの木村! あたしのことを指差して笑いやがった! 馬鹿のくせに「ばっかで〜」って!

 あいつも直前まで気付いてなかったのに! あゆゆのこと普通に男だと思ってたくせに、それがバレないよう、あたしを笑い者にして皆の気をそらしやがった! あたしあの時のあんたの冷や汗ちゃんと見てたんだから!

 まあ、あいつのあゆゆに対する態度が急に変わったもんだから、みんな普通にこいつもだなって察してたけどね。あの見苦しい態度のおかげであたしも、それほどいじられずに済んだよ。

 ああ、今でも思い出すと腹が立つ。けどね、そう、恨んでなんかいない。だってあいつ、あたしを大いに楽しませてくれてるもん。


「バレバレなんだよ木村ァ……」


 アホな男子達の場合、まだわかってない奴も多いみたいだけど、木村があゆゆを女の子として意識してるのは明白。つうかベタ惚れ。

 だからあたしは、あいつが自分の恋心を自覚した三年生あたりからおちょくりまくって遊んでいるのだ。

 そもそもさ、あんたじゃあゆゆに釣り合わねえんだよ! もっと自分を磨いて出直して来な!

「さおちゃん、ここわかんないんだけど……」

「どれどれ?」

 隣に座ったあゆゆの手元を覗き込むあたし。男勝りな性格の割に華奢な指が動いて鍵盤を叩く。

 そしてピタリと止まった。

「ここ。楽譜のこの記号、なんだっけ?」

「ああ、それはね」

 なんでも器用にこなすあゆゆも、流石にピアノを一朝一夕でマスターしたりはできないらしい。練習を始めて半年ですでにかなり弾けてたりはするが。

 今は音楽部の部活の最中。部員はあたしとあゆゆと三年が二人。そして最近入った一年が一人いるだけ。うちの学校の音楽部は特に実績があるわけでもなく不人気なのだ。

 でも、あたしにとってここは楽園。なにせ音痴の木村はこの場所を怖がって近付くことすら出来ないから。それにあゆゆに付きっきりで指導してあげられるしね。

「保育士さん目指すのも大変だね」

「いや、まあ、まだ保育士って決まったわけじゃないんだけどさ。なるとしたらピアノは弾けなきゃ駄目じゃん?」

 実はそんなことはない。自分でも調べてみたんだけど保育士になるための実技試験には音楽表現、造形表現、言語表現の三つがあり、そのうち二つを選んで合格したらいいんだそうだ。あゆゆはお母さんからピアノ必須だって聞いたらしいけど、おばさん別に保育士じゃないし、どこかで間違った情報を聞いて信じちゃってるのかも。

 でも、あたしは教えてあげない。だって、あゆゆと二人で練習できるもん。

 えっとね、あたしもそんなに上手なわけじゃないからピアノ教室に通ったらって提案はしたんだよ? けど、あゆゆは親に金銭的な負担をかけたくないんだって。だからあたしにコーチを頼んできたわけ。

「そいや、さおちゃんさ、今度は西田君と付き合ってるって聞いたんだけど……」

 思い出したように訊ねるあゆゆ。あたしはやっとかと内心苦笑。本当はそれ、今日一日切り出すタイミングを探ってたでしょ? わかりやすいんだから。考えてることが顔や声に出ちゃうところは木村と一緒。

 あたしは正直に答える。

「ん〜、そうなんだけどね、やっぱ駄目だと思ってすぐ別れた」

「え〜、また? 西田君、いいやつじゃん」

「そだね。顔は可愛いし性格も優しいし、悪くはなかったんだけど」


 どうしても、隣にいるこの王子様あゆゆには程遠い。


「ま、こういうのは数こなしてみなくちゃ。そのうち相性ぴったりな人が見つかるって」

「すごいなあ」

 本気で感心してるあゆゆ。たしかに中学生のうちからこんなに男の子と付き合ってるのなんてあたしくらいのもんだよね。

 でも、あゆゆは同じことしちゃ駄目。間違っても木村みたいなのには引っかからないで。理想を高く持ってよ。

「あゆゆも好きな人ができたら教えてね。経験豊富なあたしが、ちゃんと相手を見定めてあげる」

 あたしの眼鏡に叶わなかったら、覚悟しとけよ男子共。

「あはは、ないない。私にはそういうの無いって」

「ははは」

 ほんと自覚無いなこの子。あんためちゃくちゃ美少女だっての。こっちは努力してどうにか肩を並べてるってのに、まったく。




 自宅。ちゃぶ台に肘をつき、私はアン……アンなんだっけ? ともかくアンなんとかなため息をつく。

「恋ね……はぁ……」

「なんだ、やぶからぼうに」

 食後のお茶を手に眉をひそめる父さん。

「いや、私にはまだ早いよなって」

「早いのか?」

「早くない?」

「早いな」

 ズズッとお茶を啜り、それからしばらく考え込んで、いつものやつを詠んだ。


 まだ早い せめて大学 卒業後


「……いや、それは逆に遅すぎるでしょ」

「そんなことはない。恋など成人してからでいい」

「遅いって!」

「焦るな、見る目を磨け。交際前に俺達にも紹介しろ。どんな男か見極めてくれる」

 さおちゃんみたいなこと言い出した。

 ママが軽く頭を振る。

「あなた、心配しすぎです。美樹ちゃんだって大学生の時に友也さんと出会って、卒業後から一年後には結婚してたじゃないですか。別に未成年が恋したっていいでしょう?」

「ぬうっ、ならば高校卒業と同時に恋愛解禁としよう。しかし、これ以上は譲らん。誰か捕まえた場合には必ず我等と引き合わせるのだ、よいな歩美?」


 ──この日以来、父さんの前で恋話は禁止になった。心配しすぎて眠れない夜が続いたからだ。

 あの人、どんだけ私が大事なんだよ。やれやれ。


「あゆゆ、なんかいいことあった?」

「え?」

「顔、にやけてる」






※前話と同じで歩美ちゃんの年齢を勘違いしていたので修正しました。

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