言技使い二階から目薬ちゃん、無謀にも三階から挑む(仮)
Shiromfly
一言目 コトワザ使い
大葉 十雄流(おおば とおる)は、十五回目の妻の命日に、その墓参りを終えると、秋深く落葉に埋もれる、郊外の霊園からおんぼろの市営バスに揺られ、勤務先である大学へと向かっていた。
平日の昼にしては乗客が多く、座る席が無かったもので、吊革を握ってただ漫然と車窓を流れていく灰色の都市を眺める。
『次は川橋前ぇ。川橋前』
「……っ……」
運転手のやる気の無いアナウンスと同時にバスが急停車し、ふらついた大葉へ、女子高生が遠慮がちに声を掛けた。
「あの、よければ席を代わりましょうか」
大葉が憮然として睨み返した様に見えたのは、明らかなミスに謝罪の言葉一つない運転手に対しての苛立ちが理由なのだが、気後れした彼女は言葉を引っ込める。そして隣の男……恐らくは一緒に学校をサボった彼氏に、ひそひそと何事かを囁いた。
――そうか。俺も遂に老人扱いされる歳になったか。
六十三という齢を考えればそれも当然のはずだが、妻を亡くした日から大葉の時計は止まっているのだ。
改めて老いを思い知らされた大葉は、背筋を正し、ひと昔前に流行した濃紺のスーツを整え直した。
―――――――――――
大学より二つも手前の停留所で降りたのは、女子高生たちへの気まずさと、少しは歩いて鍛え、老いに抗いたいという気持ちになったからである。
地方都市特有の侘しさが漂う街並みと、それを見て見ぬ振り、流行の服を着て行き交う人々の群れの中で、全てに取り残された男は俯いて歩き続けた。
大学の最寄り駅に差し掛かった時、駅前のデパートが解体中であることに気付いた大葉の足が止まる。案内版に依れば小洒落た新しい駅ビルを増設する為らしい。完成予想図は欺瞞に満ちた未来を描いている。
既に寂れて久しい地方都市。年々減少していく人口。特に若者の流出は激しく。
大葉の目には、駅ビルの建設が、それに対する悪あがきの象徴にしか見えなかった。
そして何より、大葉が足を留めた一番大きな理由は、妻へ自作の拙い詩と共にプロポーズをしたのが、あの解体中のデパートのフードコートだったということ。大学院生だった頃、まだ安定した収入もないのに、随分と思い切ったことをしたものである。
その後、専攻していた言語学の助教授としてまともな生活を送れるようになるまで、妻は陰に日向に支えてくれた。生来の偏屈者で、同僚との交流も避けて研究に没頭しがちな大葉を、唯一理解してくれたひとであった。
妻との間に設けた息子とは、妻を失って以来疎遠である。息子は大葉に良く似ていいた。欠点ばかりを見事に受け継いでくれている。数年ぶりに再会した時、既に息子は結婚しており、大場は孫が二人も居ることをその時初めて知ったのだった。
「……まずいな、遅れる」
暫く思い出を見上げていた大葉は、感傷を断つように呟くと、再び、雑踏の中を歩き始めた。
――――――――――
大学の離れにある第三別棟の二階の奥に、彼の『研究室』はあった。狭い室内を更に狭くする本棚に挟まれた机があるだけで、彼個人の個性を現す私物は、在りし日の妻が一人で笑っている写真が、机に飾られているのみ。
「……ふう」
久方ぶりに長時間歩き、疲れた体を、粗末な部屋の中では最も豪華な肘掛椅子に沈め。大場は何をするでもなく、煙草のやにで煤けた天井をただ見つめていた。
遅れる、と言ったのは特に誰かと会ったり、急ぎの用事があった訳ではない。ただ彼自身、自ら定めた予定を寸分違わずこなしたい性質なだけである。この時刻に研究室に座ってさえいればいい、というのはずぼらではあるが。
『ほうら、十雄流。しゃきっとしなさい。仕事の時間よ!』
――わかってるよ、文葉(ふみは)。
こんな時、笑いながら小言を言う妻の声が聴こえた気がして。
大葉はふっと笑い、それでも一時目を瞑って、懐かしい声に浸り。
そして現在の仕事である、日本や世界の諺の起源や共通点を探るために搔き集めた文献に手を伸ばそうと――。
「――……!?」
突如、地響きと共に、激しい震動が大葉を包み込んだ。
「地震……!いやそれにしては」
大葉は、スマホではなく旧世代のガラケーしか持っていないが、それでも緊急地震速報の機能はついている。それが鳴らないのは、余程震源地が近いという事だろうか?
それは当たっている。震源地は、まさにこの時、この場所だった。
本棚からばさばさと本が落ち、机の上の筆記用具が踊る。大葉は妻の写真だけをしっかりと手に取った。
震動と共に、高周波の様な痛みを伴う高音が、大葉の耳を襲う。しかしそれは長くは続かなかった。始まった時と同様に、唐突に全てが止み。
何事が起きたのかさっぱり訳も分からずに研究室を見回した大葉の頭上に光の渦が現れ、形容しがたいキラキラした光と音と共に、何かが飛び出してきた。
その何かは研究室の床に激突して跳ねると、本棚を薙ぎ倒し、窓に当たって割り、蛍光灯を叩き落とし、そして最後に恐怖に固まっている大葉に向けて突っ込んだのだった。
―――――――――――――
「う、うう……な、な、何が……」
衝撃に眩む額を抑えようとする大葉だったが、何か柔らかいものが顔面を覆い、邪魔される。眼前の暗闇を払わんとそれを押しのけようとすると。
「ひゃんっ!」という声。
「……誰だっ!?」
一気に意識を取り戻した大葉は恐怖し、逆さになった虫の様にかさかさと本を掻き分けて退く。今起きた事は尋常ではないし、現れた者も只者であるはずがない。
研究室は地震と、何者かの突入で埃と煙に満ちていた。恐れ慄いて固まっている大葉はその中に蹲っている影に目を凝らす。その正体は――。
もうもうと立ち込める煙が晴れると、一人の少女が頭を押さえて涙ぐみ、へたり込んでいた。
「いたた、いったぁい……!」
露出の多いレオタードの様な衣装に身を包んだ彼女の歳の頃は十代後半。何が何やら、さっぱり理解不能の状況に大葉の思考は完全に停止し、ただ呆然と、成り行きを眺めているしかなかった。
「よかった、なんとか成功したみた……けほっ!けほけほ!うげえ!うええ!」
何しろ何年も掃除していない研究室だ。雪の様に舞った埃をしこたま吸った少女はえずき、悶える。
「な、な、君?ちょっと、大丈夫か。えと、その……」狼狽える大葉。
ともかく一刻も早く答えが欲しい。しかしその説明をしてくれそうな彼女が落ち着くまでは、大分待たなければならなかった。
多少落ち着いた大葉は、少女の姿をまじまじと観察する。明るい桃色の髪は複雑怪奇な段差を作るロング・ヘア。肢体の線をそのまま反映するぴっちりとしたレザースーツ、申し訳程度にひらひらと揺れる超ミニスカート。彼女が身じろぐたびに色々と丸見えになるので大葉は目のやり場に困った。そして、最期に深紅のロングブーツ。
……孫娘がこの様な容姿の少女人形を持っていたような気がする。
そして結構な時間、咽せ続けた彼女がようやく大葉の顔をを見て。
「大変なのっ!この世界に悪の手が伸びようとしてる。おじさま、力を貸して!」
涙ながらに叫んだ。泣いてるのは散々えずいた所為である。
――――――――――――
自己紹介するねっ☆
私は二階メグ!
『二階から目薬』の言霊から生まれた『言技(コトワザ)使い』!
世界は言葉で満ちている。そしてその言葉は、もう一つの世界『ワードワールド』とこの世界を繋ぐものなの。そこでは沢山の言技使いが暮らしていて、私の友達も沢山……ええと、はしょるね?
ある日突然『ワードイーター』っていうビーストが現れて、言葉たちを食べ出しちゃった。放っておいたら世界から言葉が無くなっちゃう。そんな事はさせない。
その為に、諺の力を使って戦える私たちはこの世界に来た。
言葉を、世界を守るために、私達は戦う……!
――私、いつもドジばかりするんだ。
困難に立ち向かおうとして、失敗して、笑われちゃう。
「そんなことできない」「そんなことに何も意味はない」って。
でも、私は諦めない!それが例え、二階から目薬であっても!
―――――――――
「……ああ、うん、そう……」
すごいノリで大体こんな感じの説明を受けた大葉は、とりあえずそう呟くしかなかった。天井から破壊の残滓がぱらぱらと降り、混乱渦巻く頭を打つ。
メグは大葉の言語では表現できない決めポーズを決めていた。強いて言うなら豊満な女性の身体の線、露出の多い肌、そして何よりも二つのたわわな質量を強調する、異性の心を刺すポーズ、だ。
どこかで烏が鳴いた。破壊を免れた時計の秒針がかちこちと時を刻んだ。
大葉がしっかりと守った妻の写真が、笑って見上げていた。
――仕事の時間よ。
声が、した。
「……判った。しかし……何をどうすれば良いのかさっぱりだ」
――――――――――
堅物ジジイ教授と、ド天然ドジ美少女戦士の物語は、ここから始ま……るのかな?
次回予告
駅前に現れたワードイーター!普通にばけもんだ!
「ぎゃー!」「ひー!」「おたすけー!」
逃げ惑う一般ピーポー!
ワードイーターは言葉どころか色々食べちゃうやつだった!
駆け付けた警察のパトカーとか。
「撃て撃てー!」轟く銃声。当然無傷。
「やめなさい!」きらきらーっと現れるメグ!
「うっ、つよい」ピンチになるメグ!衣装とかちょっと破れる。
「待ちなさい!」颯爽と現れるもう一人の美少女コトワザ使い『石の上にも三年・石上サン(いしがみ さん)』!!
すごい忍耐力を持つ仲間の力を借りて、大葉、そしてメグはワードイーターを倒せるのか!?
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