アヒルの騎士

泥船太子

『アヒル』の騎士

第1話 旅の『魔術師』がやってきた

 

 きれいな湖の畔にある小さな家で、私は生まれた。

 父と母にとって最初の子供でもあったから、とっても喜ばれたし、祖母も私の事をよく可愛がってくれた。猟犬のムムとも兄妹みたいに仲がいい。

 『ドロシー』と名付けられた私は、湖と森と山に見守られたこの小さな村ですくすくと育っていった。

 

 スオーム大公国の北西に位置するこの『キトラの村』のすぐ近くには大きな街道がある。

 その道は、遠く南の地にある公都からずっと続いているらしく、公国の西側に隣接するウーデンス王国へ行き来する行商人や冒険者、そして魔術師などが馬車に乗って通ることが多く。そのまま通り過ぎることもあれば、キトラの村に寄って一夜を過ごすこともあった。


 私は旅人たちの話を聞くのが大好きだった。田舎で生まれた私にとってはどれも新鮮なものばかりで、祖母が聞かせてくれる昔語りに負けないくらい楽しく面白かった。他にも、旅人を家に泊めたお礼にちょっとした読み書きや算術を教えてもらったりもした。

 特に、魔術師の話には好奇心を掻き立てられた。旅の魔術師を家に泊めるたび、摩訶不思議な術を見せてもらえたり、恐ろしい魔物の話をしてもらえたりして、時たま子供には全くわからないような魔術の理や魔術学校についての問題も聞かされたけど、それら全部が、私の心に大きな憧れを抱かせた。


 私が十歳になった頃、とっても不思議な魔術師がやってきた。

 私の家に泊まることになったその魔術師は、見とれてしまうほど綺麗な白髪をしていて、色白の肌と紫の瞳がその女性の神秘的な妖艶さをより一層引き立てていた。簡素なローブを羽織ってこそいたが、その中からチラリと見えるすごく価値のありそうな深い青を基調とした衣は、それなりに高い身分である証だった。

 『タウラ』と名乗ったその魔術師の独特の雰囲気に、私は最初近寄りがたさを感じ、離れたところからジロジロみているだけだった。そんな私をみて彼女は、肩まである白い髪を揺らしながら優しく微笑んで「なにかご用かなお嬢さん」と声をかけてくれた。

 それこそ魔法のように緊張がほぐれた私は、いつものように旅の話を聞かせてもらったのだ。

 

 タウラさんは魔術の話はあまりせず、白い虎の神様が活躍するおとぎ話や、精霊を操って悪い神様をたくさんやっつけた女性の伝説なんかを楽しそうに教えてくれた。

 どれもこれも面白くて素敵な物語だった。

 ただ、一つだけ気になったのは、私が『魔術師様』と呼んだ時の事。タウラさんがちょっとだけ声を小さくして「実は、私は『魔術師』ではないんだよ」と言ったことだ。彼女はからかうような笑みを浮かべていた。

 田舎に住む十歳の私にはどういうことなのかわからなかった。

 

 翌日、白い髪の魔術師『タウラ』さんは西の王国へと旅立っていった。

 彼女は馬車に乗る前、見送りに来た私に不思議な首飾りをくれた。そして私の運命を大きく変える言葉を口にしたのだ。


「ドロシー。十五歳になって、もし君にその気があれば、ウーデンスの魔術学校に来なさい。その首飾りがあれば学校に入れてもらえるし、すぐに見習いにはなれるはずだから、大切にするんだよ」

 

 私は首飾りを大事に両手で抱きしめ、飛び跳ねて喜んだ。

 その時はまだ、『魔術学校』のことで自分が深く思い悩むようになるなんて思いもしなかったのだ。

 

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