1章-2話- ~甘いデザート、甘い恋バナ~

「ごめん、遅くなっちゃった。」

息を切らしてお店まで着いた。

店先は行列になっていたけど、先についた姫が並んでいててくれたようで着いたころにはすんなり店に入れた。

店の中はこじんまりとしたオシャレなカフェといった感じだが、満員の客と血気盛んな厨房からは落ち着いた雰囲気はあまり感じられない。

「う~ん、どのパフェにしようかな…。いや、ここはハーブティーとマカロンのセット?いやいや、こっちの三種のベリータルトも…。」

席に着いてからの姫の様子はずっとこんな感じだ。いつもはさっと決めるけれど、よほどこの店の品に魅せられているのか。…もしくは。

「つぐは決めた?」

「…あ、私?えっと、きな粉と黒蜜の宇治抹茶アイスショートケーキにする。」

「え、それだけ?お腹空かないの?」

誰のせいでお財布が空いているのか。っていうか、このケーキそこそこの量あるのに”それだけ”なの?

「私は大丈夫。いっぱい食べると夜ごはん食べれなくなるし。姫は?」

「……決めた。全部にする。」

…。ツッコミはしない。姫がそれでいいなら、なにも文句はない。割り勘にならないのを祈るだけ。

店員さんを呼んで注文する。絶対に二人の女子高校生が食べる分量ではないからか、不思議そうな顔をしていた。

店員さんが去ると少しだけ沈黙が流れた。

何度か姫の口から何かが出てきそうな動きはあったが、実際に出て来るのは、時間がかかった。

しばらくしてようやく、もじもじした様子で彼女の口から言葉が出てきた。

それは、タイミング悪く私が水を口にしている時だった。

「私ね、好きな人がいるの。」

ん"ん"ん"ん"ん"ん"ん"ん"ん"ん"ん"ん"ん"ん"ん"。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

「大丈夫!?水飲んでる最中にむせてたけど…。」

「だ、大丈夫。ちょっとびっくりしただけ。ちょっとね。」

ホントにちょっと。まじで。だって口から吐き出してないし。セーフセーフ。

えっ、姫が?好きな人?えっ。

口を拭いてから仕切り直して、話を続ける。

「その相手って?」

慎重に姫に問いかける。相手次第では、刺しに行かないといけない。

「相手はね、同じクラスの大空一生くんっていうんだけど。」

その名前には覚えがある。なんなら、さっき昇降口であった。

「知ってるよ。確か、結構真面目そうな男の子だったよね。」

「うん。」

そうか…。姫はそういう男の子がタイプだったのか。

少し安心する。推しの好きな人が、変な人じゃなくて良かった。

「姫は、なんで大空君のこと好きになったの?」

「え?…えっと…。」

頬を赤らめ戸惑った表情を見せる。

なんだこの生き物。可愛すぎるだろ。家に持って帰りたい。

「もちろん、真面目なところもそうだけど…。」

姫は店の窓に顔を向ける。見ているのは窓からの景色を超えたもっと先のほう。

「前に、彼が写真部の活動でグランドのほうまで来てたのを見たの。」

ひとつひとつ、丁寧に、思い出す日のパズルピースをはめていくかのように言葉を連ねる。

「大空君、一生懸命に写真撮ってた。でも、なんていうかそれだけじゃなくて、最高に楽しんで一生懸命してるって感じで。」

姫の顔からは恥ずかしさは消えていた。憧れとか尊敬とかそんな感じが伝わってくる。

「あんな顔する人を私は初めて見たの。その時、大空君とずっと一緒にいれたら楽しいだろうなって思った。」

それが、姫が大空君を好きになった理由か。

「お待たせしました。きな粉と黒蜜の宇治抹茶アイスショートケーキと三種のベリータルトです。」

話は一度止めて、スイーツに手を伸ばす。

冷たくてほろ苦い抹茶アイスに少しだけ温められたきな粉入りの甘い黒蜜がかかって口の中で化学反応が起きる。このアイスを生み出した人は間違いなく天才だ。

「甘酸っぱくて美味しい!あ、つぐのも一口ちょ~だい!」

「いいよ、その代わり姫のも一口もらうね。」

ベリーの酸っぱさとタルトの素朴な甘みがいい具合にベストマッチしている。口の中が幸せだ。

「それでね、つぐに相談したいことっていうのは…。」

スプーンを置いてこちらを向く。

「なんというか…、えっと…、その…、大空くんとの仲を…。」

「取り持って欲しいってこと?」

「そう!」

なるほど、その要件で私を呼んだのか。

「私は、こういうのは初めてだから…。」

私に頼るのは間違いだぞ、と思ってはいるが言わない。年齢=彼氏いない歴の私でも、姫の力になりたい。知識は恋愛小説で得たぐらいしかないけど。

「でもね、私、上手くいく気がするの。」

「それはまた、なにゆえ?」

「さっき、学校出るときに昇降口で大空くんに会ったの。」

ということは私が来る前からずっと彼はあそこにいたのか。

「その時ね、ハンカチを落としたの。私はそれに気づかなくて、大空くんが拾ってくれたの。すごい笑顔で!」

な、なるほど。つまり彼は、ほとんど違わない時間にハンカチを落とした2人の女子に拾って渡したわけだ…。彼は一体どんな気持ちだったのだろうか…。

「もしかしたら、私に気があるんじゃないのかな!」

あ〜〜。考えがそっちに行ったか〜。

これはいけない。私が見てないとダメなやつだ。

姫の目は恋する乙女のように輝いている。

少し羨ましくも感じた。

定員さんが来て姫の頼んだ残りの品を置く。そして姫の空いた皿を持ってすぐ去っていった。

「話は変わっちゃうけど、つぐは好きな人いるの?」

「え?私?」

「つぐのそういう話聞いたことないし。」

「う〜ん。」

頭の中を漁ってみる。案の定、めぼしい答えはない。

そもそもが、顔見知りの男子が片手で数える程しかいない。なんとも侘しいものだ。

「いないかな。」

「同じ部活の神山くんは?」

「絶対ない。」

「そう言うと思った。同じ部活で2人だけなのに、勿体無くない?」

「猫に小判…と言うより、人間にキャットフードだよ。あんなの貰っても嬉しくない。」

「そっか。そういえば、小学校の頃からそんな感じじゃない?」

またまた、頭の中を探ってみる。別に、今まで過ごしてきた中で、かっこいいと思う男子もいたし、仲のいい男子もいた。でも今まで、その誰かと付き合いたいと思ったことはなかった気がする。

彼氏が欲しくないわけではない。クリスマスを1人寂しく過ごす夜は、誰かと一緒にイルミネーションを見に行きたいと思ったこともある。しかし、それは私にとって必ずしも男の子である必要はなかった。それは、

「私には、姫がいるし。」

目の前にいる天使の存在だ。私は彼女さえいれば他に誰もいらない。

「そんなこと言って〜、もし私とつぐが離れ離れになったらどうするの?私心配だよ。」

いつもは私が心配する立場なのにこれじゃまるで逆だ。

でも、確かに姫の言う通りだ。

もし、姫と大空くんがうまくいったら?私はお邪魔虫だ。もしかしたら、姫は私にかまっている暇は無くなるかもしれない。

そのとき、クリスマスツリーの横で一緒の微笑んでいる人は誰なのだろうか。

「そうだね…。」

「つぐも好きな人見つけなよ。そうすれば、世界はもっと明るく、もっと美しく見えるよ!」

言っていることはまるで宗教勧誘の人だ。

「でもそんな簡単に好きな人なんか見つかる?」

「つぐは、この人は他の人に渡したくない、とか、この人と一生添い遂げたい、って思ったことはないの?」

少し考える。

「ない、かな。でも多分考え方の違いだと思う。」

「考え方の違い?」

「私はたぶん、好きな人——って言うより今は大切にしたい人って言うね——には、私が関わらないところで幸せになってほしいって思うの。私は大切にしたい人を私の力で幸せにできるとは思ってないの。世界には私なんかより素敵な人はいっぱいいる。そんな人と添い遂げてほしいって思うの。私が割り込むなんて、滅相もない。」

「ふ〜ん、つぐって他人の幸せを祈って、自分が不幸になるタイプだね。」

「不幸?」

「こりゃいけない。自分が不幸だって自覚していないみたい。しばらくは、私が見ててあげないとダメみたいね。」

恋愛のプロのように話すが、聞こえないふりしてスイーツに手を伸ばす。

自分の手を見る。手には今日の朝見たのと同じ深い緑色の糸が結ばれている。私にとってはエメラルド色の宝石のような糸だ。

出来ることなら、この糸はずっと繋がったままでいたい。私が生きている一部ともいえる、とても大切な「縁」だ。

視線の奥の女の子は私にお構い無しにスイーツへ手を伸ばしている。あんなに頼んだスイーツの皿もほとんど綺麗に片付いていた。

応援しよう。友として、推しとして。

「ごちそうさまでした!」

「ごちそうさまでした。外で並んでる人もいるし、早めに出ようか。」

「そうだね。」

レジへ向かい、会計を済ませようとしたが、姫が

「今日はつぐに頼み事しちゃったし、私が奢るよ。」

と断られてしまった。お言葉には十分甘える主義なので少し待ってからお店を出た。

空はとても綺麗な夕焼けが広がっていた。遅い時間でも明るい夕日は帰り道を照らしている。明るい街の中でも光る星はちらついていた。

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