data_173:素敵な提案

 あたしは被害者なのだ、と主張し続けなければ、自分の中の何かを保っていられないのだ。

 周囲を糾弾することで責任を押し付けている。この苦痛を癒すという役割を果たしてくれる誰かを探している。

 加害者には被害者に対する償いの義務があるのだから、と――その責務を負うべき対象が誰かわからないから、闇雲に目につく相手をすべて叩きのめして非難した。


「……辛かったわね」


 タニラがそっと手を重ねてきて、優しく傷口を包む。

 まるで、誰かがこれ以上そこを傷つけないように、守っているみたいに。


「でも、……ずっと怒ってるのって、それもしんどいでしょう?」

「……うん」

「ソアって面倒よね。どうしてだか自分の気持ちが上手くコントロールできない。私も、ヒナトを苛めるのは止めたっていっても、まだぜんぶに納得できたわけじゃないから……たまに自分でもびっくりするようなことしちゃう」

「たとえば?」

「ソーヤくんとヒナトがふたりで何かしてるなって気付いたら、物陰から見張ったりとか」

「……怖いんだけど」

「ね。私も自分で怖いなって思うわ。でもね、これがやめられなくて……」


 くすくすとおかしそうに笑っているが、笑いごとにできる神経がよくわからない。

 正直少し引いてしまったミチルだったけれど、それでもふと、自分の内に妙な感情が滲みだしていることに気が付いた。

 なんというのか……そんな境地に至れたら、きっと楽だろうな、と思ってしまったのだ。


「まあ私のことはいいのよ。それより、……あなたたちの外見が似すぎてるのはたしかに問題ね。

 私たちは先にヒナトを知ってるから、どうしてもあなたの顔を見たら真っ先に彼女を思い出してしまうし、……でもそれって、あなたにすごく失礼だったのね。気付かなくてごめんなさい」

「わ……わかってくれるんなら、あたし、あの」


 いいよ、と言いかけた自分に気付き、ミチルははっとした。

 なぜ少し話したくらいでタニラのことを許そうとしているのかと、そんな自分に驚いた。

 何がいちばん信じられないかって、それ自体を、そう悪いことでもないと感じ始めていることが驚愕だ。


 でもたぶん、そう思えるのはタニラだけだろう。他の連中はきっと違う。


「とにかく、何か対策を考えなくっちゃ。みんな事情を聞けばわかってくれるとは思うけど、それより先に、見た目を変えてしまうのが手っ取り早くていいかも。

 もちろん顔は難しいから、まずは髪型とかどうかしら」

「あー……うん……具体的にはどうするの? 縛る?」

「そうね。あとは長さを変えたり、髪飾りをつけるとか……それは外出のときにいいのを探さないとね」


 その考えはなかったな、とミチルはぼんやり思った。

 ヒナトと自分を区別させるのに、周りの人間の意識が変わるべきだとばかり考えていて、自分の見た目を変えようという発想には至らなかった。

 それにこれが別の人間に言われたことだったらきっと反発している。ミチルに落ち度があるわけではないのに、なぜこちらが譲歩してやらなければならないのだ、と。


 だけど、今はそういう反抗心が湧かない。

 タニラが気持ちをわかってくれるという安心感があるし、彼女がとても楽しいことのように話してくれるから。


 次の外出の予定日はすぐ迫っているが、たぶん誰も出かけないだろうと思っていた。


 みんな普段から、日中だけでなくプライベートの時間ですらもヒナト復活計画に割いているような状態だから、開放日なんて喜んで丸一日ヒナトにくれてやる勢いだろう。

 その空気についていけないうえ、ミチルは初めての外出なので一人では出かけられない。

 となれば一日じゅう自室に引きこもって腐っているか、あるいはソーヤに強制的に参加させられるのが関の山だ。


 そもそもみんなが出掛けることにしたとしても、ミチルと一緒に行ってくれる人などいないだろう、とか。


 そんなネガティブな思考を忘れさせてくれる。今はただそれだけで、タニラの話に耳を傾ける価値があるように思えた。

 彼女となら外に出かけてみたい、とも思えたのだ。


 だからミチルは意を決して、尋ねてみることにした――そんな自分に驚きながらも。


「あの、が、外出……一緒に、行ってくれる?」


 タニラはちょっと目を丸くしてから、それをゆるりと細める。

 そんな仕草も目を見張るほどに美しくて、この人と歩いたら自分なんて完璧な引き立て役だろうなと思っても、それでもいいような気がしてしまう。


 そして、しかしと言うべきか、タニラが口を開く前に。


 彼女の背後で扉が開く。

 そこに見知った顔がなぜかふたつも並んでいて、驚いたような眼が三つ、自分たちを見た。



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