朝陽に向けて

data_168:晴れ間を待つ①第二班

 少しずつ実態が明らかになっている。

 それに今まで漠然と集めていた断片的な情報が、改めてその意味や新しい方向を示すようにもなっていた。


 いつか見つけた隠し文書にしてもそうだ。

 あれはオペラを初めてヒナトに移植して発生させたときの記録で、その『ヒナト』が自分たちの知る少女であった可能性こそ低いが、その近辺を洗えばオペラに関する他のデータも手に入る。

 オペラの遺伝子修復の機序がわかれば、ヒナトの体組織を他のヒナトで補う方法もあるかもしれない。


 そうだ。植木鉢を開けばその中には他にもヒナトがいる。

 第一世代のソアの数だけだとしても、十体は確実に造られている。


 けれどあのヒナトはこの世にたったひとりしかいなくて、彼女でなければ意味がない。


 こんなふうにものを考える自分がいたのかと、サイネは自分でも驚いている。

 誰かに執着することなどないと思っていた。いたとしても、それはユウラひとりで充分だ。

 それにそんな感傷的な言葉が似合うほど、個人としてあのヒナトを気に入っていたわけではないとも思っている。


 だからこれは、きっと、どちらかというと花園への怒りだ。

 ヒナトという名の生贄がなければ生存すらままならないデザイナーベビーなど、造られるべきではないのだ。


 だからまずそれを否定したかった。

 欠陥だらけのソアを補うための犠牲など認められない。まして、そんなものの上に成り立つ存在意義など要らない。

 最初から誰かの補充用の部品として作られる存在など許してはいけない。


 そのためにヒナトを取り戻すのだと言い聞かせながら、今は情報収集にのめり込んでいる。


「ただいま。ついでにコーヒー淹れてきたからどうぞ」

「ありがと」


 戻ってきたタニラからカップを受け取り、それを口にするためにようやく休憩をとる。

 画面を見つめすぎたか、少し眼の奥が痛かった。


「……それで三班はどうだった? 直接ラボに行ったって聞いたけど」

「うん、さすがにもう隠しても仕方がないからっていろいろ聞けたみたい。今エイワくんが共有できるようにまとめてくれてるの。

 あとね、ニノリくんが直接実験の提案をいくつかしてくれたんだって」

「ニノリが?」


 意外な名前の登場に、サイネは少し驚いた。


 三班の末っ子はそれこそヒナトと個人的に親しくなかったどころか、もともと他人に対して関心が薄いほうで、この計画に名乗りを上げたときも班員たちに引き込まれた体だったと記憶している。

 まあ彼が懐いているアツキに焚きつけられたと考えればおかしくはない。

 というか、それ以外に考えられないが。


 しかし性格については置いておいても、ニノリが最年少で班長の肩書きを与えられる英才であるのは事実なので、これは良い知らせに他ならなかった。


 てっきり三班は通常業務を彼に任せ、残りふたりがヒナトの件に参加するものだとばかり思っていた。

 サイネもそのつもりで分担を――もちろん通常業務ではなくヒナト復活計画のことだ――考えていたのだが、考えを改めたほうがよさそうだ。


「ユウラ、あんたも一旦休憩して。ついでに話すこともあるから」

「……なんだ」

「とりあえず飲みなさい」


 デスクの端に追いやられたカップを指差すと、ユウラは初めてそれに気づいたという顔をした。


 相棒はある意味サイネ以上にのめり込んでいる。

 それに、もう長い付き合いになるけれど、彼がここまで機嫌が悪いところを見るのはサイネも初めてだった。

 何が珍しいかって、苛立ちが明らかに顔に出ているのだ。


 まあ彼の場合、自分の生命を左右するものがサイネ以外に存在している、という事実を受け入れられないだけだろう。

 熱心に取り組んでくれること自体に問題はないので、今は敢えて言及はしない。


「作業量減らすとか言ったら怒りそうね」

「どうしてそうなる」

「三班が思ってたより戦力になりそうだから少し向こうに回そうと思って。それにあんた、入り込みすぎてるし」

「否定はしないが」


 苦々しげにそう言って、ユウラは紅茶を口に含む。

 カップを持つ手が強張っているのが目に見えてわかるほどで、それに疲労か睡眠不足なのか、少しばかり眼も充血しているようだった。


 そんな弱った姿を見せられると、サイネは逆に怒りがほどけてしまう。

 今は決してそんなときではないのに、一瞬ふらりとよぎった浅はかな感情をやり過ごすために、手にしていたカップにくちびるを押し付けた。

 喉に流れ込んでくるまろやかな苦味と一緒に無理やり飲み下して、頭を切り替える。


「……とにかく、ちゃんと休まないとダメ。今から十五分は作業禁止」


 ユウラが何か言いたげな視線を寄越してくる。

 いや、こちらを見ているふりで、ほんとうは背後のタニラに訴えているつもりなのだろう。

 ほんとうにらしくないが、それだけ余裕がないということだ。


 しかし繰り返しになるが、今はそんなときではないのだ。

 甘やかしてやれないことにサイネ自身小さな罪悪感を覚えつつも、そっとタニラに視線を送り、ユウラのことは無視するようにと眼で告げる。


 誰も一言も発していないけれど、聡い秘書はこちらの意図を理解したようで、少し困った顔で微笑んだ。



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