data_142:予定外のお見舞い
「いや俺も忙しいんだよ。なんかあったら
とまあ、リクウはさっさと持ち場に戻ってしまうし、ヒナトは中に引き入れられたうえにドアを閉められるしで、なんだかんだでいわゆるふたりっきりのシチュエーションというやつになってしまった。
しかもソーヤが自ら見舞い用の折りたたみ椅子を出してくれる始末である。
もうどちらが患者かわからない。
ヒナトは委縮しながら椅子に座り、そしてソーヤも寝台に戻った。
ベッドの上はファイルだらけだ。
そういえば最近ワタリが持ち出しているのをよく見かけていたが、ここに運ばれていたのか。
「……んで、何かあったのか? もう昼休み終わってんのに」
「あ、いやその、えと……べつにあの……これといって……大した用事とかは……」
「は?」
「ごごごごごめんなさいっ! これには深い事情が、っていうかその、……ちょっとすごーく事務室に入りづらかったっていうか……」
「なんだそりゃ? 正直にきちんと話せコラ。内容によっちゃ叱らんでやるから」
もはや照れる気持ちはどっかに吹き飛び、ヒナトは恐る恐る口を開く。
そしてミチルが泣いているのが聞こえたこと、実はまだ彼女との確執が解消されてはいないことも、すべて正直に話した。
不思議と、話すほどに気持ちは軽くなった。
ソーヤはそれらを真面目な顔をして聞いて、そうか、と神妙な声で言った。
何か考えごとをしているような顔だ。
「たぶん、さっき俺に……からか……?」
「はい?」
「なんでもねーよ。まあ事情はわかったし、判断も良しとしてやるか」
よくわからないがソーヤは納得してくれたらしい。
叱られなくてホッとしたヒナトだったが、話すことがなくなってしまったため、再び気恥ずかしさが込み上げてきた。
何かで気を紛らわせなくてはまずい……と思ってもここは病室だ。
殺風景な部屋にはベッドと点滴の他に何もなく、しいていえばソーヤが恐らくワタリに頼んで持ってこさせたらしいファイルが数冊あるが、そんなのをヒナトが話題の種にできるはずもない。
とにかく視線を逸らそうとして、わざとらしく顔を背けてしまった。
さすがにこれは不自然だと気付いてももう遅い。
「どうした?」
急にきょろきょろもじもじし始めたヒナトを見て、ソーヤが声をかけてきた。
その声は穏やかなもので、あんなことが起きたあとでどうしてそんなに平然としていられるのかと、ヒナトは心底不思議に思った。
たとえ初めてじゃなかったとしても、ヒナトのことをなんとも思ってなかったとしても、そしてあくまで事故だったとはいえ、もう少し動揺するもんじゃないのだろうか。
「べ……べつに、どうもしてないです……」
「おまえマジで嘘下手だな」
「う、うう嘘じゃっ」
ないです、と言おうとしてついソーヤのほうを見てしまった。
顔を動かしてからこれは罠だと感づいたヒナトだったが、しかしソーヤと眼が合った瞬間、頭が真っ白になる。
入院してからどことなく青白くなっていたソーヤの頬に、今はかすかに朱が差している。
ヒナトも顔が熱くなるのがわかる。
お互いの眼ががっちりとぶつかり合って、けれど何も言えないまま、ただ時間だけが過ぎた。
いや、そうじゃない。
何も言わなくても──むしろ言葉がないからこそ、感じる。
紅い瞳が語っている気がする。
ソーヤにとってもあれは衝撃的なできごとだったのだと。
そしてそれは、決して悪い驚きだけではなかったのかもしれないと、その表情を見ているとなんとなく思えるのだ。
できるなら確信がほしい、ソーヤに聞いてみたい。
だがついに意を決して口を開いた瞬間、ヒナトの意志を遮って、無情な音がその場に響き渡った。
誰かが扉をノックしたのだ。
そして続く聞き慣れた声で、リクウが扉を開きながら言う──もう十五分経ったぞ。
「え、……ええ~……面会時間て決まってましたっけ?」
「いやおまえがワタリに電話で言ったんだろ、十五分したら戻るって。約束は守りなさい」
「そうだった」
しかしそれはあくまでヒナトが一方的に言ったことだ。
ならば延長すればいい。
もしワタリに苦言を呈されたら、そのときはソーヤに引き留められたと言えばいい。
などと少々自分勝手に考えるヒナトだったが、しかしソーヤが首を振る。
「そもそも就業時間中だしな。よし戻れ、仕事してこい」
班長さまにはやっぱり逆らえない。
ヒナトはしぶしぶ頷いて、のろのろと椅子から立ち上がった。
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