data_101:温かな手のひら

 そろそろ戻るか、というソーヤの声ではっと現実に引き戻される。

 空にはまだ流星がきらめいているのに、と名残惜しい気持ちでソーヤを見るが、やっぱり暗くて彼の表情はわからない。


 ほれ、と当たり前のように差し出された手に思わずたじろいでしまう。


 暗くて足元が見えないからだ。

 ヒナトがそそっかしくて転びやすいのを、ソーヤもよく知っているからだ。

 理由はいくらでも想像がつくし納得できるのに、他の意味などないとわかっているのに、意識してしまうとなんだか恥ずかしい。


 躊躇っていると有無を言わさず手を掴まれて、来たときと同じような図になった。

 今度は腕でなく手だから、素手同士、直接体温が混ざり合っている。


「……あの、そ、ソーヤさん……」


 手を離してほしいと言いかけて口を噤む。

 ほんとうはそんなこと、これっぽっちも思っていないと自分で気づいてしまったから。


 開いてしまった口を誤魔化すように、別の言葉を探してきて並べる。


「えっと……なんで……流れ星がいっぱい見れるって、知ってたんですか?」

「アルカイオス座流星群っつーんだよ。外の天文学者が過去のデータやら観測情報をもとに、何月何日の何時ごろにどれくらい見られるかって予測を発表してる。俺はそれを見て知ってただけだ」

「いやどこでそんな情報を……」

「こないだの外出んときに、たまたま観測イベントのチラシが配られてた」

「へー……外ってそんなのもあるんですね」


 たくさんの人が集まって空を見上げるんだろうか。

 賑やかで楽しそうだ。


 そんなことを話しながら、ドアを開けてふたたび暗い建物の中に戻る。

 ……と思われたが、ふとそこでソーヤがノブにかけた手を止めて、ふうと息を吐いた。

 どうしたのだろう。


 繋いだままの手からは何も伝わってこない。

 彼が何を思い何を考えているのか、あるいはまた調子でも悪いのか、それすらわからないのだ。


「……ちったぁ持ち直したか?」


 ようやく口を開いたかと思ったら言うことがそれで、ヒナトは首を傾げた。


「え、何がです?」

「何がじゃねえよ、おまえがだよ。……実習生のチビが死んでからずっと落ち込んでただろ」

「……あぁ……いやそれはその……まあ……」


 ちょっと違う部分もありはしたが、否定するのもどうかと思い、言葉が途切れる。

 根本的には間違ってもいないのだから。


 フーシャが死んでしまって、コータの悲しみを目の当たりにして、辛かったのはほんとうなのだ。

 あれ以来、楽しいときですら彼らを思い出してしまうこともあった。

 同じ楽しみをフーシャが味わう日は永遠に来ないのだとか、コータもそれを同じように思うだろうとか、そんな考えが胸に浮かんで。


 ここ数日はもっと別な個人的な感情に振り回されていたので、それどころではなかったけれど。

 でも、こうして彼らの話をすると、やっぱり胸の奥に痛みが舞い戻ってくる。


「し……心配して、くれたんですか?」


 そして同時にこの心臓と肺が軋む感じは、これをもたらしているのはソーヤなのだ。


 気にかけてくれたんだ。

 そう思うと、正直いって嬉しかった。


「……おまえが凹んでるとオフィスの空気が悪いからな。まあ班長としての務めだ」

「ソーヤさ──」

「もう喋んなよ。就寝時間はとっくに過ぎてんだ、静かにな」


 そういえばワタリにも言われたことがあった。

 ヒナトがいると空気が和むとかどうとか。


 もしかしてソーヤもそう思ってくれているのか、と思うと、また胸の奥がきゅんと軋んだ。


 無言のまま、手を繋いで階段を下りていく。

 上るのはあんなに大変だったのに帰りはあっという間で、五階で別れるのかなと思ったが、ソーヤは最初に落ちあった踊り場まで送ってくれた。


 借りていた上着を脱いで返すときも、言葉はない。

 ただ、ぬくもりと香りだけがヒナトの周りにまだ残っているような気がした。

 今日はこのまま残り香に包まれて寝ることになるのかと思うとまた緊張するというか、眠れる気がしないのだが、明日はちゃんと起きられるだろうか。


 再び階段を上がっていくソーヤの背中が、薄闇に溶けて見えなくなるまで見送った。



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