File-4 デザイナー・ベビーたちの恋
なぞの やまい が あらわれた!
data_089:帰るまでがおでかけ、ですが……
せっかくの楽しい外出が、最後にとんだことになってしまった。
帰りの車中ではアツキもサイネも黙り込んでいた。
百貨店で談笑していたのが遥か昔のように思えてくるほど空気が沈み切っている。
ヒナトはちらちらふたりのようすを窺いつつも、とてもじゃないが話しかけることはできなかった。
何を言えばいいのかわからなかったし、怖かったのだ。
別人のように冷たい態度を見せたアツキもそうだし、何を考えているのかわからないサイネに対しても、ヒナトは少しぞっとするものを感じていた。
その悪寒はあの場にいたときより、今のほうが強くなっている。
なぜなら頬杖をついて窓の外を眺めている彼女の、いつも物言いがきつい小さな口許が、今はかすかに笑んでいるからだ。
その心境がまったく想像がつかなくて、それでなんだか怖かった。
アツキのほうがまだわかる。
同じ班の仲間としてニノリを大事にしているから、彼が知らない外の人に触られそうになって、それも嫌そうにしていたから止めずにはいられなかったのだろう。
それにしては対応が強すぎる気もしたが、彼女もソアだ。
ソアという人種が変わり者ぞろいなことはもうヒナトも嫌というほど理解しているので、こういうこともあるのだろう、と思えはする。
……怖かったけど、というか今もまだ怖いけど。
とにかくサイネの気持ちがわからない。
彼女とユウラは恋人同士らしいようなことを前にアツキが言っていたのに、どうして少し楽しそうなのだろう。
そりゃあ普段の彼らの態度からすると、そういう意味で親密な間柄だとは到底思えないわけだが、それにしてもだ。
他の女の人と一緒にいるところを見て、嫌な気分にならないものなんだろうか?
ヒナトにはそういう相手がいないしろくに恋もしたことがないが、でもふつうに考えたら機嫌を損ねこそすれど、こうして笑ったりなんかできない気がするのだが。
かといって「なんで楽しそうなの?」と聞けるほどヒナトは呑気ではない。
というより、繰り返しになるが、怖いという気持ちのほうが疑問よりも強かった。
もやもやしながら花園に帰りつき、前と同じように持ち物をすべて預ける。
クリーニングルームで全身をくまなく洗浄されると、もやもやはますます悪化してしまい、全身にこびりつきそうな洗浄液の匂いに頭がくらくらしてくるのだった。
ココアでも飲むか、と考えて、はたと気付く。
前の外出時、そうしてココア片手に部屋に戻ったらそっくりさん事件が起きたのではなかったか。
あれからもうひと月以上経っているが、あのときの衝撃はまだヒナトに根強く残っている。
もちろんココアがなんらかの因果を司っていることなどありえないわけだが、そうは思ってもまったく同じ状況を再現するのは良くない気がしてしまい、ヒナトは悩んだ。
しかしこの気分をどうにかするのにココアの力は必須だ。
だからつまり、部屋に戻らずに食堂で飲めばいい、という結論に至った。
というわけでヒナトは食堂に行き、ティーサーバーでアイスココアを淹れることにした。
好みでミルクを足し、コップになみなみと揺れる薄茶色の液体を見つめていると、背後で扉を開ける音がした。
振り向くとそこにいたのはソーヤだった。
なんだか最近はオフィスの外でもよく会う気がするな、とちょっと思った。
逆にワタリとはまったく会わないのだが、一体彼はどこで何をしているのだろうか。
ソーヤもヒナトがいることにすぐ気づき、声をかけてくる。
彼もサーバーでアイスコーヒーを淹れ、そのままヒナトの向かいに腰を下ろした。
「おまえ一人?」
頷きながら、それはこっちの科白なんだけどなあ、と思う。
タニラやエイワはどうしたのだろう。
とくに前者がいないのはもはや奇妙にすら感じてしまい、ヒナトはそんなことを考える自分に思わず苦笑した。
ソーヤはそんなヒナトを見て、ちょっと不思議そうな顔をする。
「外、暑かったですね。いっぱい歩いて喉乾いちゃいました」
「そうだな。今日は天気も良かったし。
夏場は水筒くらい持たせてくれってラボに言ってんだが、今回は間に合わんかったらしい」
確かにそれはいい提案だ。
飲食物を買ってはいけないというなら、あらかじめ用意して持っていくしか水分補給の方法がない。
夏じゃなくても毎回欲しいかもと思いながら相槌を打つ。
それからしばらく、とりとめもない話をぽろぽろとした。
ソーヤたちは初外出のエイワのために街を案内していたそうで、主に商店街のほうを回っていたとのことだった。
まあそれを聞いたところでヒナトも街の地理はわからないのだが、身振り手振りを交えたソーヤの説明からすると、とりあえず百貨店とは別の方向らしい。
もしかすると前回行ったメンズ服飾店がそっちの方角だったかもしれないが、確証はない。
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