File-1 デザイナー・ベビーの日常
第一班には少々ドジな秘書がいる
data_001:彼女の名前はダメ秘書ヒナト
ぐごーん、がいーん。
嫌な音がオフィス内にこだましている。
それを聞いて言葉にならない悲鳴をあげたのは、まだ身長も胸囲も技量も経験も足りない万物破壊魔の秘書であった。
きょろきょろとよく動く瞳はうぐいす色。
肩にかかる程度の茶髪は色が明るいため、蛍光灯の下では金髪に近く感じられる。
毛先はまっすぐだが、途中ところどころ跳ねているのが、彼女のそそっかしさと子どもっぽさを表わしているようだ。
彼女の悲鳴、というよりは断末魔に近い音階だったものを耳にして、それまでは黙々と書類を読んでいた二人の少年が苦笑いに満ちた顔を上げる。
「ヒナ……それ一週間前に直したばっかだよな?」
「ああああああ……あたし、ちゃんとこないだワタリさんに教えてもらったとおりに操作しました……」
「んじゃヒナトちゃんはジェイムズに嫌われてんだねー」
だとしたら彼女はあらゆる機器から総スカンを食っていることになるのではなかろうか。
ヒナトは涙眼になってコピー機(名前はジェイムズ、ヒナト命名)を抱き締め、許してとかなんとか追いすがってみたが、今度はうんともすんとも言わなくなった。
口をきくのも嫌ということだろうか。
どうしてそこまで嫌われなくちゃいけないの、とヒナトは思う。
「ソーヤさあああん」
「あーわかったわかった、修理してやっから泣くな」
「ぐすっ……いつもいつもジェイムズがお世話おかけしてますう……」
「いやいや世話かかってんのはおまえだっての。だいたいヒナが壊したことないもんなんか、もはや人間とココアくらいなもんだろ」
「に、人間壊すってどういうことですか?!」
「まあやっちまったら犯罪だな……やりそうじゃん、おまえ」
「しません! ソーヤさんのいじわる!」
今度は本格的に泣きそうになるヒナトだが、ワタリがよしよしと宥めると少しは落ち着いたらしい。
それならココア入れてきます、というので、ソーヤはがっちりと彼女の首根っこを押さえた。
リボンで首を絞められてぐええと呻くヒナト。
「入れんならコーヒーにしろ。あとおまえの仕事は俺の補佐だコラ」
それは上司命令だったので、ヒナトは逆らうわけにはいかなかった。
・・・・・*
ここは遺伝子操作を研究している施設だ。
とくに力を注いでいるのが「
ただ花といっても植物を研究しているわけではない。むしろ主な研究材料は人間だ。
アマランスはもともと不妊治療の一環として提案された技術で、発生のある過程の胚に手を加えて丈夫に──平たく言えば障害や先天性疾患を取り除くことができる、というもの。
すべての夫婦に健康な命を、が当初のコピーだったという。
ただし残念ながら倫理的な問題が解消できず、実用化には至らなかった。
ともかく花園ではその技術を応用し、遺伝子操作を施した人間を生みだす研究が行われている。
そうして創られた子どものことは不凋花の芽、「Sprout of Amaranth」と呼んでいる。
略称は
ヒナトたちもまたソアである。
遺伝子操作によって丈夫かつ優秀に作られているソアたちは、自身も研究対象でありながら研究に携わっている。
その過程のひとつがヒナトたちだ。
三人ひと組でオフィスと呼ばれる部屋に詰め、毎日研究所から送られてくるデータを解析し、また独自の研究結果を送信し、考察を重ね、つねに技術の進展を支えている。
ヒナトの所属するオフィス名は第一班。
班長はソーヤ。
彼を補佐する副官がワタリで、ヒナトは秘書という名目で雑用をしている。
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