第62話 急襲

 女子生徒のひとりが指さす先――雲ひとつない晴天の中に、一点の黒が紛れ込んでいる。それは徐々に大きくなっていき、やがてハッキリとその姿が視認できるまで接近してきた。


 それを把握した時、俺は思わず「バカな……」とつぶやき、戦慄する。

 本来ならば、この場所にいてはならない巨大で獰猛な怪物――その名は、


「ワ、ワイバーンだと!?」


 大きな羽。

 長くて太い尻尾。

 そして鋭い爪牙。


 凶悪な外見のワイバーンが、学園上空を旋回している。

 その姿に、生徒たちはたちまちパニックとなり、中には逃げだす者も出始めていた。

 無理もない。

 こいつはダンジョン内で現れたモンスターとはわけが違う。ブリングたちが苦戦を強いられたあの地底竜よりも遥かに強い存在なのだ。


 恐ろしい咆哮が辺りに響き渡ると、さすがに学園にいる誰もがワイバーンの襲来に気づき、すぐさま対応に出る。

教職員はまず生徒の安全確保を第一優先とし、いざという時の避難目的で造られた地下校舎へ逃げるよう指示が飛んだ。

 学園長の結界魔法や使い魔たちを配置している防衛対策を考慮すると、ワイバーンがすぐに生徒たちを襲いに来るとは考えづらい。

 

 だが、それは時間の問題だろう。


 現在、使い魔たちがワイバーンを学園に近づけさせないため牽制をしているが……どこまで持ちこたえられるか。

 慌ただしくなる学園の様子に、生徒たちの間にも動揺が広まる――が、未だに管理小屋の前にとどまり、憎々しげにワイバーンを睨む六人の生徒がいた。


 リゲル。

 レオン。

 ミアン。

 フィナ。

 アデレート。

 ニコール。


 さすがは学園でも屈指の実力者たち。

 なんとかして逃げようと言うより、どうやってあのワイバーンを倒そうかって考えている面構えをしている。

 学園の関係者としては頼もしい限りだが、さすがに今回は相手が悪い。ワイバーンと戦うとなったら、有力な冒険者パーティーがいくつも手を組み、綿密な計画を立てて討伐に乗りださなければ討伐は難しいのだ。


 今回はそんな百戦錬磨の冒険者はいない、王立学園への襲撃。

 確かに、六人の実力は学園内で頭ひとつふたつ抜きんでている――とはいえ、さすがにこの人数で挑むのは無茶だ。


「みんな! 俺たちも地下校舎へ――」


 全員を避難させようと振り返った直後、激しい横揺れで思わず体がふらついた。


「な、なんだ……?」


 揺れはまだ収まらず、さらに「ドン!」と何かを強く叩く音が。

 その音が聞こえている場所は――学園と外の世界を遮断する高い壁がある方角だった。


「ま、まさか……壁を破壊しようとしているのか?」


 上空のワイバーンだけにとどまらず、地上からも何かが攻めてきているのか。

 壁の外にも学園の関係者がいたはず……彼らがやられてしまったにしても、使い魔などを通して副学園長へ事態は伝わっているだろう。

 ……いつも通りであれば、そこまで危惧するものではないのだけれど、今は学園長が体調不良でどうしても防御面が弱くなる。


 そして、その状況をすぐに嗅ぎつけて総攻撃を仕掛けてくる……例の内通者が学園の内情を晒しているからこそ、このような速い動きに転じられたのか。


 ……けど、これはもうのんびりしている場合じゃなくなったぞ。


「リゲル」

「はい!」

「俺たちでここを食い止めるぞ」

「もちろん!」


 元冒険者であり、ともに戦った経験も多いリゲルならば――と、思っていたのだが、


「管理人さん、私たちも同行しますよ?」


 やはり、ミアンたちは簡単に引き下がりそうにない。

 このまま全員で挑むしかないようだ。




※次回より不定期投稿となります。

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