第43話 ぎこちない日常

 翌日。

 授業のために校舎へと向かう学生たちを見送るのだが……心なしか、みんな元気がないように見える。

 無理もない。

 ダンジョンで起きた一連の騒動は、すでに全校生徒の耳に届いている。それはつまり、自分たちが正体不明の敵に狙われているという意味――むしろ緊張しない方がおかしいか。


 いつも通りの毎日を送ろうとしているが、どこかぎこちなさを感じる。

 せっかくの学園生活がこれではなぁ……フィナやレオンも朝の挨拶はしてくれたのだが、どこか顔が強張っている。平気そうにしているのはリゲルくらいか。

 まあ、リゲルの場合はダンジョンで強いモンスターと遭遇するという案件は日常茶飯事の世界で暮らしていたから、さほど衝撃もなかったのだろう。


 これは……生徒たちを守るというのも大事だが、心のケアもしっかりしてあげていかなくちゃならないな。


「やれやれ……迷惑な話にゃ。


 俺が箒を持って管理小屋の前に立っていると、そこにラドルフがやってくる。


「大体、この学園をどうにかしようなんて無茶な話にゃ。学園長はもちろん、職員だって精鋭揃い……まともにやって勝てるわけがないにゃ」


 窓辺で寝っ転がりながら呆れたように語るラドルフ。


「精鋭揃いだからこそ、直接手を下さずにあんな回りくどいやり方を選んだのかもな」

「それなら相手はただの腰抜け野郎にゃ。どうせ、この学園を退学させられたヤツの腹いせに決まっているにゃ」

「退学? 退学された生徒がいるのか?」


 これだけの生徒数だ。中にはそういう生徒がいてもおかしくはないけど……さっきの職員会議では話題にあがらなかったな。


「成績不振で留年になる者もいるにゃ」

「それは貴族の人たちも?」

「昔は無条件で進級できたみたいだけど、キュセロ学園長に変わってから制度が見直され、たとえ貴族の令嬢や子息であっても進級試験を受けなければならなくなったにゃ」

「そうだったのか……」


 それって結構思いきった制度だよなぁ。

 反発もありそうだけど。


「当時は反対意見も多かったけど、無条件で進級できるという気楽さで能力が著しく低下する者が増えてにゃあ……最終的にはみんな納得したみたいにゃ。ただ、それが原因で進級できずに退学する貴族の子どもも出てきて、中には勘当されて家から追いだされた者もいるって話にゃ」

「なるほど」


 まあ、留年の心配がないと分かればどうしても甘えが出てくるよな。もちろん、わきまえている者はそれでも勉強に励んで好成績を残しているのだろうけど……話を聞く限り、そういうタイプの学生は稀だったようだ。


 しかし、仮にラドルフの言うような生徒がいたとして……下手をしたら在学生が死ぬかもしれない危険な手を打ってくるだろうか。

 ここにいる専門家たちの力を結集すれば、高確率で犯人の特定に至る。

 そうなれば、間違いなく牢獄行き――下手したら、一生塀の外へは出られない生活を送ることになるというのに。


 あまり現実的な考えではないのだが、俺はどうにもこの「元生徒の逆恨みによる犯行説」が無視できないでいた。

 もしかしたら、主犯格という立場ではなく、協力者というポジションかもしれない。


 いや……そうなるとむしろ……


「今この学園に通っている生徒の中にも……」

「っ! それは確かに言えるにゃ。昔ほどではないにしろ、貴族と平民が通うこの学園には格差を巡るトラブルも何度かあったからにゃ」

「あまり考えたくはないけど……頭の片隅にはとどめておいた方がよさそうだな」

 

 まあ、これはきっとキュセロ学園長やスミス副学園長も可能性のひとつとして目をつけてはいるだろう。

 俺もなんとか事件解決のため、力になりたいところだ。

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