第3話【幕間】育成者のいなくなったパーティー
ルーシャスのいなくなった冒険者パーティー・【星鯨】には動揺が広がっていた。
特に彼のもとで冒険者としての修行を積んでいた若者に多かったが、古参のメンバーからも抜けた理由が曖昧な点があるとしてリーダーへの不信感が高まっていた。
「ちっ! どいつもこいつも……たかが育成係ひとりが抜けたくらいでオタオタしすぎなんだよ。パーティーの運営にはなんの支障もねぇってのに」
リーダーのブリングは、宿屋でこの日の稼ぎを計算しながら愚痴をこぼす。ルーシャスがパーティーを抜けた理由についてしっかりと説明をしてほしいという要望が一日中続いていたため、嫌気がさしているようだ。
そんな彼の周りにはパーティーの幹部が揃っている。
魔法使いネビス、商人アリー、戦士バランカ――【星鯨】結成直後からいる最古参の三人だ。
「そうカリカリするなよ、ブリング」
リーダーのブリングともっとも古い付き合いであるバランカが肩に手をかけながら声をかける。
「ヤツが目障りだったという点については同意するが、いささか早計だったな」
「他の連中が気にしすぎなんじゃない? 別にあんなのいなくなったって何も問題はないでしょう?」
「まったくその通りですわ。あの程度の男の代わりなど、いくらでもいるというのに」
続けて呆れたように語るアリーとネビス。
この場にいる四人にとって、戦闘能力もなく、新人の育成係を務めるしか役に立たないルーシャスの追放は妥当なものという判断だった。
若手を育てるくらいならば誰でもできる――たとえ育成スキルという存在がなくても、ここまで大きくなったパーティーならばそれを可能とする人材などいくらでもいるだろうというのが共通認識であった。
さらに、ルーシャスを追放するのには他にも理由がある。
――その理由が、彼らのいる部屋に入ろうとドアをノックした。
「来たな。――入れ」
ブリングが声をかけると、ゆっくりとドアが開く。
そして、ひとりの少年が部屋へと足を踏み入れた。
「よぉ、リゲル。調子はどうだ?」
「…………」
リゲルと呼ばれた褐色肌の少年は、リーダーであるブリングの言葉にまったく反応を示すことなく、仏頂面で彼を睨みつけていた。
「貴様……リーダーに対してその態度はなんだ!」
反抗的なリゲルに対し、バランカは胸ぐらを掴んで怒鳴りつける。だが、当のブリングは余裕の態度で「手を放しな」と命じた。
「し、しかし……」
「そいつはこのパーティーのさらなる躍進に欠かせない駒だ。確かに気に食わない態度ではあるが……まあ、今のところは大目に見よう」
「ふん! 寛大な処置に感謝するんだな!」
バランカは納得こそしていないようであったが、リーダーであるブリングの言葉に従い手を放す。
一方、リゲルは眉ひとつ動かさずにジッとブリングだけを睨んでいた。
「そう怖い顔をするなよ。腹でも減っているのか?」
「なぜ……」
「あっ?」
「なぜ、ルーシャス師匠をパーティーから追いだしたんだ?」
静かに、それでも確かな怒りを含んだ声で問い詰める。
対して、「またか」とため息を交えながら、ヤル気のない声でブリングは説明を始めた。
「朝の全体ミーティングでも話したろ? 戦闘力のないヤツがこれ以上このパーティーにいても意味はない。だったら、新天地で活躍の場を探した方がヤツのためにもなるだろう? これは俺の優しさだよ」
「けど、師匠がいてくれたから成長できたという若い冒険者は多い。彼らの多くは今回のリーダーの判断に不満を抱いている。だから――」
「嫌ならあんたも辞めればぁ?」
リゲルが話している最中だが、そこへアリーが割って入った。
「このパーティーのリーダーはブリングよ? そのブリングの決定に従えない、不服があるというなら辞めて別のパーティーにいけば?」
「しかし、そうなるとあなたが装備している数々の武器や防具は当然ここへ置いていってもらうことになりますわね」
「そうだな。少しばかり腕が立つからと調子に乗っているようだが……所詮、貴様の実力も俺たちが持つ優れた武器のおかげ。自惚れも甚だしい」
「……そうか」
これ以上の話し合いは無駄だと判断し、踵を返すリゲル。そのまま前進し、部屋を出る直前にブリングたちの方へ振り返ると、
「なら、俺はパーティーを抜けさせてもらう」
そう告げて部屋を出ていった。
「あらあら、ホントに辞めちゃうみたいね。――いいの? あの子、それなりに有望株だったんでしょ?」
「煽っておいて何を言ってんだよ。……まあ、正直、確かにヤツの戦闘力を失うのはもったいないが、反抗的な態度をとるヤツをいつまでも置いておくのは危険だからな。なに、代わりなんていくらでも生えてくる」
「確かに。いずれパーティーを奈落の底に落とす不穏分子になりかねん」
「危うい芽は早いうちに摘んでおくのがベストですわね」
誰ひとりとして、リゲルを心配する者はいない。
有望株であるのは間違いなかったが、彼に匹敵する力を持った者などこれからいくらでも現れるだろう――なぜなら、自分たちは今や大陸でも五指に入る冒険者パーティー・【星鯨】なのだから。
◇◇◇
パーティーを離れたリゲルが向かう先――それはかつて自分に冒険者としての生き方を教えてくれたルーシャスのもとだった。
「師匠……待っていてください」
冒険者として活躍すれば、師匠であるルーシャスに恩返しができる――そう思い続けてきたリゲルだが、そのルーシャスが抜けた【星鯨】に残る理由はない。
彼のもとで、彼と一緒に冒険者パーティーを組む。もちろん、すんなり受け入れてくれるとも思えないが、とりあえず当面の目的をそれに定めた。
「さて、師匠が立ち寄りそうな場所を片っ端から調べてみるか」
足取りも軽く、リゲルはルーシャスを求めて歩きだした。
※次は15:00に投稿予定!
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