ユウレイ少女
しゅう
第一章
隣の幽霊さん
「
「おはよう、杏奈。今日も元気だね」
額にかいた汗をタオルで拭き取る姿を見せる、この少女は
そしてこちらのクールビューティーな少女は
二人は同じブレザー姿で毎朝登校を共にしているからか、とても親しい仲だ。クラス…いや学年でも二人の仲の良さを知らないという者がいないと言っても過言ではない。
二人は今日もいつも通り、登校を共にする。
不規則に鳴り響く靴の音が、二人の登校を知らせる鐘のように聞こえてくる。
毎朝同じ道を、同じような音を鳴らして二人は歩く。
「今日、漢字の小テストだよぉぉぉ」
杏奈は肩を下ろしてため息混じりに息を吐いた。
「うん、勉強はした?」
その姿を前にしてくすっと笑みが溢れてしまった紬は、首を傾げて彼女に尋ねる。
基本杏奈は定期テスト以外での勉強には一切手をつけずに家で怠けているのだが、今回の杏奈は一味違った。
「したよ!珍しいでしょー」
「確かにちょっと珍しいかもね」
二人はそのまま他愛のない会話を交わし、見慣れた道を通って学校へのんびりと向かった。
「皆、おっはよ〜!」
教室へ着くと杏奈がクラスメイトに向かって元気に叫んだ。その声はクラスにいる全員の注目を集め、皆を微笑ませた。
「おはよう、咲間さん」
「あんちゃんおはよー」
「咲間さん今日も元気ね〜」
「流石我らの学級委員っ!!!」
クラスでも人気が高い杏奈は学級委員としても慕われており、こんな性格からは想像できないのだが以外としっかりしている。
家では良き姉、学校では良き学級委員として毎日励んでいる。
元気の良い杏奈の背後では紬が身を縮め、自分の机へと走る。目立ちたがりの杏奈とは真逆で、紬は目立つのを極力避けるタイプ……だけれど杏奈と過ごすと嫌でも目立ってしまうので、そこだけは少し困っている。
「…………」
杏奈がクラスメイトに囲まれている間は読書でもしようと、紬は鞄から気に入っている小説と、大好物のジンジャークッキーを取り出す。
読書をしながらクッキーを食べるというのは実に行儀が悪いことだが、家のように文句をつけてくる人がいないので紬は気になどしなかった。
…それは気にしないのだが、どうしても隣の席にいる少女が椅子に腰をかけている姿に気が散って、とても読書どころではない。
少女はこの学校のセーラー服姿で長いその前髪で優しい瞳を隠し、落ち着いた雰囲気を漂わせている。この学校の生徒?のようだが、紬は見たこともなかった。
そして彼女のその優しい瞳は紬が口にしているジンジャークッキーを直視していた。
なぜ隣の席に……
確か、隣は久保くんという最近休みがちの男子の席だったはずだが。
転入生かな?もしかしてクラス間違えてるとか?
紬の頭の中は数々の疑問が飛び交う。
『懐かしい…』
少女は小声でそうぼそっと呟く。瞳は揺らぎ、黄昏れているかのようにうっとりとした表情で見つめている。
「あの、食べますか?」
紬は自然とその言葉が口から飛び出していた。
その言葉に少女は何故か目を丸くして驚愕している。何も可笑しなことは言っていないはずだが、何故そんな顔をするのだろうか。
『――貴方、私が見えるのですか……?』
「え?」
見える?そりゃ、人が見えるなんて普通のことだろう。
ただ当たり前のことを言われ、ただ紬は頭を傾けて悩みこむ。
『「見える」ことを自覚してない方ですか……』
急に自信なさげな顔になった少女は胸の前で手を重ね、申し訳無さそうに―
『私は
―彼女は自分が「幽霊」だと告げた
「ど、どういうこと…貴方はここでこうして生きてるじゃない」
『手を貸してください』
叶羽が手を伸ばしてきた。
紬は躊躇することなく、さっとその細い腕を叶羽の方へと伸ばす。
すると二人の掌が重なったと思った瞬間、紬の手は叶羽には触れることが叶わず、空振る。
もう一度手を伸ばしても空振り続ける。どうやっても叶羽の手に触れることが出来なかった。
「何で……」
『私が幽霊だから触れることが出来ないんです…』
そんなことを話していると間に―
「紬?何一人で呟いてんの?」
杏奈は不思議に思い、尋ねてくる。いつの間にか、クラスメイトとの日常会話は終わっていたようだ。紬はこちらの出来事が手一杯で気づきもしなかった。
「やっぱり…」
叶羽の言う通りのようだ。杏奈には叶羽の姿が見えていないかのように背を向けているのだった。
『そうですよね…』
「やっぱりって?」
そして声すらも杏奈には届いていないようだ。
まさか本当に紬は幽霊と会話していたのでも言うのだろうか。
「うんん、何でもないの。ほら、もうすぐ授業だから席ついてよ」
「は〜い」
自分の発言を誤魔化し、杏奈を席には席に戻ってもらった。
「どうやら貴方の言う通りみたいね…」
クラスメイトの誰一人にも聞こえないようにひそひそと小声で話す。
正直驚きを隠せはしなかったはずだが、紬はいたって落ち着いていた。
『そうです…。授業中はお邪魔しないように離れていますね…』
そう言葉を言い残すと、叶羽は教室の端で紬の背中を見守った。体操座りの形で縮こまって一人ぼっちだ。
「じゃあ授業始めるわよ〜」
学級名簿を抱え、慌てて国語教師が教室に駆けつける。
だが、よく考えると今日の次の授業は数学、国語教師がここにいるのは不思議だった。
「今日は数学の先生がお休みですから自習よ〜」
そんな疑問もすぐに消えた。
教師は頬に手を当て、穏やかな表情でそう話す。
クラス一同、喜悦の声を上げた。
自習が嬉しいだけではなく、この国語教師は滅多に生徒を叱りつけるなどのことなどしない優しいと評判の教師なので、この時間は気を緩ませることができてフリーで安心な時間ということなのだ。
紬は杏奈と席が多少離れているため、会話を交わすことが出来ない。
杏奈と離れていることだけあって周囲には会話をする相手は紬にはいなかった。一人を除いて。
『………』
叶羽がじっと紬の顔を覗き込んでくるのだ。まるで構ってほしそうに。
「暇でしょ」
直接尋ね確認を取るため近づいてきた叶羽の耳元でそう言うと、顔を真っ赤に染めながら頷いた。
まぁ、ここで話すのも流石に変人だと思われてしまいそうであるので紬は一つ嘘をつくことにした。
「せんせー、お腹が痛いのでトイレに行かせてください」
周りのざわめきを掻き消すかのように腕を真っ直ぐに上げ、許可を要求する。ここまでメンタルが強いのもこのクラスで一人だけだろう。
「わかりました、気をつけてね〜」
教師から許可を得ると、背後にいる叶羽に「ついてきて」と言いた下げに手で誘導をし、紬は教室から立ち去った。
『あっ』
察した叶羽は紬についていき、二人は教室を後にした。
『何処へ行くんですか?』
叶羽はふと抱いた疑問を言葉にして紬の背に向かって尋ねる。
「屋上かな」
紬は屋上の扉を大胆に開け、正面からやってくる風は肌に触れた。
『……』
後ろは振り向かず、ただ階段を登って行く紬は絵になるほど美麗的なものだ。
風は紬の髪は風に靡いた。
暑い真夏の光はこの地球の気温をどんどんと上げていく。改めて夏を実感したようにも思えてきてしまう、そんなような熱が肌からよく伝わってくる。
そんな夏の屋上は勿論熱くてとても入れたものではないと思うが、日陰に入ると風通しが良いので逆に涼しいのだ。それをしっていた紬はここにやってきたのだ。
二人は日陰に入ると、早速紬が口を開く。
「じゃあ、せっかくだし話でもしよっか。幽霊と話すのって新鮮ね」
『私も久しぶりです…』
叶羽は何処か苦しそうな顔つきで俯く。
「私も暇だったし、気にしないで。ところで一つ気になったんだけど、貴方は何で幽霊なの?成仏的なことは起こらいのかなって」
紬は叶羽が授業時間を潰したことに罪悪感を抱いてしまっているのだと勘違いし、場を盛り上げようと試みた。が、叶羽の顔色はどんどん曇っていくばかり。
『私は自殺してまだ未練が残っているので、この世からまだ離れることが出来ないんです…未練なく死を迎えた者はそのまま成仏って形になるんですけどね』
「聞いちゃだめかもだけど、未練は何なの?」
『………』
黙ってしまった。もしかして聞かれたくなかったのかも知れないと思い、とっさに言葉を付け足し誤魔化す。
「あ、ごめんね。言いたくないなら全然…」
そう言いかけると、叶羽は紬の言葉に被せて口を開いて言った。
『私、いじめを受けてたんです。中学の時。…でも、私の親友が止めてくれたんです、そのいじめを。彼女のお陰でいじめは収まっていたんですが、彼女は丁度貴方の歳頃に事故で亡くなったんです。そのあとは私のいじめが再開し、人生は真っ暗闇に………そんあことがあったせいか、未練なんてわかりません。もう、思い出したくなかったんです』
「……」
『自殺した私が未練を追い続けても意味なんてないです…』
「そんなこと…」
慰めの言葉をかける間もなく、叶羽は屋上から立ち去った。
紬は深く傷ついた傷口に触れてしまったのかもしれない。自分に大きな責任感を感じた紬は叶羽を追う。
―涙を目にためた叶羽の姿は紬の頭から離れてくれなかったから
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