第310話 帰還要請

 グランとの酒作りの話や熟成方法の研究などの話がひと段落したところで、俺は初めの要請だった桶と蒸留窯の製作に取り掛かった。


 製作自体も出来る出来ないは別にして、学校の生徒や船大工にも見せて時間を見つけて練習して貰えるようにお願いした。こうやって置けばスキルがある人なら直ぐに作れるように成るだろうし、無い人もスキル発現の手助けになる筈。


「グランさん、桶の方はもう直ぐ出来上がりますが、米の酒の方は温度が高いこの地域では作り難いので、酒蔵は地下に作ります。ですからもう少し待ってくださいね」


「そういうもんなんだね。それじゃ先にラム酒の方から作り始めますか」


「作るのは良いですが、初めは色々試してくださいよ。全部同じ作り方じゃなく、発酵させる時の温度とか長さなどを変えると味に違いが出ますから。他にも蒸留の回数なども変えてみてください。ラム酒の方は樽も作っておきますから熟成も考えると良いかもですね」


 結局、日本酒用とラム酒用に地下室を二つ作って、ラム酒用は貯蔵庫にすることにした。


 そんな日々を送っていたら、エスペランスのカルロス宰相から帰還要請が来た。至急ラロックに戻って来いという物です。多分神聖国絡みだと思うけど、それだけではなさそうだな。時期的に見てそろそろ、ビーツ王国とフリージア王国との同盟話とユートピアとミル村の件が正式に認められたんだと思う。承諾は以前貰っていたけど正式に書面で調印したという報告じゃないかな。


 もしかすると、人種以外の移住話もあるかもな……。


 帰還要請はいいけど、全員は帰れないな。フランクは決まりとして後は色々仲裁できるお義父さんぐらいかな? まだまだユートピアとミル村でやることがあるから今回は少人数にしよう。何があるか分からないから飛行船も二機で帰れば、問題ないだろう。


「フランクさん、お義父さん、今回は急に申し訳ありません。一時的な帰還に成ると思うので、今回はこの四人で行きます」


「多分、神聖国の事絡みの事が主だろうし、その他もあるだろうが、そちらは最終確認じゃろう」


「俺は丁度良かったよ。そろそろ、一度帰ろうと思っていたところだから」


 お義父さんは良いとしてもフランクはずっと家族と離れているからな。それに男爵に成った事もあるから色々話したいこともある筈。そこは俺も気にしていたんだよね。グラン一家はこれからも付き合いがあるし、特にフランクは俺との関係が深いから、寿命の事も考えると、フランクの家族は気に掛かる。戦闘狂に成っているフランクも悪いんだけどね……。レベルを一人だけ上げ過ぎているから……。


「フランクさんとお義父さんでそちらの飛行船を使ってください。こちらは俺とサラで使いますから」


「航路はどうする? もう山脈沿いに飛行しなくても良いだろう?」


「そうですね。これからの事を考えれば、もう秘匿する意味がありませんね。直線でラロックを目指しますが、一応、高度は高めにしておきましょう」


「分かった、それで行こう」


 飛行船でラロックに向かっている途中、俺は次にやる事も考えていた。


「サラ、これから同盟とか色々絡んでくると、飛行船も頻繁に使うだろうから、この機数では足りなくなると思うんだ。だから数を増やすか大型化も考えた方が良いと思うんだけど、どう思う?」


「そうすべきだと思いますよ。正直賢者の方々は頻繁にこれから出かけることが増えるでしょうし、個別で動くことも増えますから、個人かグループに一機作っても良いくらいじゃないですか」


 今の状態は非常に良くない。行動範囲が広すぎて、家族と過ごしたり、恋愛などもし難い。これは会社で言うと福利厚生が出来ていない状態だ。賢者たちにも普通の生活をさせないと大賢者としての責任を果たしていない。


 部下にもっと余暇を楽しめるようにしてやる事にもなるし、個別で研究したい事にも利用出来るから、作る事にしよう。今の飛行船と同じタイプを後三機、大型を一機作ろう。そうすれば全部で小型が五機になるから、使いたい人が自由に使えるだろう。俺だって頻繁に使う事はないのだから五機もあれば十分だ。


 これ以上作っても駐機するところがないのも理由の一つだけど……。


 駐機と言えば……?


「サラ、飛行船の駐機場所は今のままで良いと思う? 魔境の俺の家じゃいざという時困らないかな?」


「ん~~、そうですね……。確かにそういう時困りますが、だからと言ってラロックに作って良いもんでしょうか?」


 そうなんだよな……。ラロックには世界中から暗部の人間が来ているから、幾ら飛行船をもう秘匿しないからと公然と見せる必要もないんだよな。それにそれこそ警備だなんだと、余計な手間が掛かる。


「それじゃ、今回までは俺の家に駐機しよう。今度機数を増やす時にどうするか考えよう」


「皆さんの意見も聞いた方が良いでしょうから、それで良いと思いますよ」


「そうだ! 今度作る飛行船は皆に作らせよう。前回二機目を作る時に手伝っているから、作り方は分かっているし、自分達で色々意見を出して自分達の好きな形の物を作るのも勉強になって良いな」


「それなら私も作って良いですか?」


 おいおい何だ! 俺の作ったこの飛行船がサラは気にいらないのか?


「サラはこの飛行船が気にいらないの?」


「そんな事はありませんよ。ただ自分も作ってみたいというだけです」


 あぁそういうことか。俺とサラはいつも一緒にいるし、サラは賢者という枠から外れているから、皆という枠に自分は入っていないと持っているんだな。それならもっと枠から外れて貰おう! 俺とサラだけの物を作って……。


「サラは皆が飛行船を作る時、他の物を俺と一緒に作って貰いたいんだけど、駄目かな?」


「何を作るんです?」


「魔動通信機を作ろうと思ってるから、それを手伝って欲しい」


「ま、魔動、通信機! それって! 夢の本に出てくる電話という物ですか」


 サラは俺の前世の記憶を夢の本として色々知っているから、魔動通信機が直ぐに電話につながったが、それがどの電話かは俺も分からない。


「サラはどの電話を作りたい?」


「勿論、携帯できる電話と言いたいですが、多分それはいきなりでは無謀だと思うので固定式の電話でしょうか」


「そうだね。その方が電話としては確実なんだけど、俺が作りたい魔動通信機は電話じゃないんだ」


 否、一種の電話に成るのかな? 同時通話の出来るトランシーバーだから……。


「ならどうしてどの電話と聞いたんですか?」


「電話を作るのも良いかなと思ったからだよ。将来的にだけど……」


 将来的に携帯電話を作るにしても中継局は必要になるだろうから、有線の電話を作る時に中継局用の魔柱があれば便利かなと思う。それに同時通話式のトランシーバーはもうその時点で携帯電話と粗同じだからね。ただ一対一でしか話せないというだけで……。


 この世界にICチップや半導体、勿論、プログラムも無いのだからそれに代わるものを作り出さないと本当の携帯電話は作れない。それをこの世界なら付与魔法や魔法陣で出来るかも知れないが、今の段階では多分無理。電気や電波と魔力、魔素は違う物だから、そこから研究しないと前世のようなものは作れない。


 基礎研究をもっとやらないとこれから先の文明は進められないという事……。


「まぁその電話もかなり難しいから、今回は俺とサラだけが近距離で話せる魔動通信機だよ」


「二人だけでも良いですね。どのくらいの距離使えるのですか?」


「いやいや、まだそれも分からないよ。どうやって言葉を送るかから始めないと」


「それはそうですね。未知の物なんですから、そう簡単には行きませんよね」


 そう魔動通信機を作ると言っても作れるとは決まっていないのです。何を作るかを決めている段階に過ぎない。でもこれを決めないと先に進めないのも事実だから、必要な事なのです。


 ラロックに着くまで俺達はこの魔動通信機について色々話し合った。どうやったら作れるか? 個人の魔力を認識させるのか、それとも魔素を電気とみなして電波の代わりに魔波が作れるのか? 兎に角色んな可能性を検討したが、実験が出来ないから、当然何も確信が持てないまま、魔境の俺の家に到着してしまった。


「何も結論が出ないまま着いちゃいましたね」


「良いんだよ。こうやって議論することで、次にやる時に閃きが出る事もあるから。それは良いのですが、この事はまだ誰にも内緒ですよ。こんなの知られたらゆっくり研究も出来なくなりますから」


「了解です。特にフランクさんに知られたら大変ですからね」


 サラもフランクという人間が分かってきたようだ……。
















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る