第4話 抹茶ラテでも良いじゃない

「どっ、どうした?」


「どうしたって?」


「いや、どうしたのか? と私が聞いているんだが?」


「何が?」


「いやいや。質問に質問で返すのは良くないぞ。ここはビジネスの現場や国際外交の最前線では無いのだ。その様な高度なテクニックをろうさずとも、素直に答えてもらえればそれで良い」


「だって本当に何言ってるのかわかんないんだもん」


「くっ、それは失礼した。確かに思い返せばこの三十分余りの間、私は本来の目的達成に向けて、脳内でこの問題を何度も反芻はんすうさせてきた。しかしお前は私が不在の間、問題解決の手段については完全に私へとゆだね、その結果をただ漠然ばくぜんと待っていたにすぎん。つまり、元の問題や課題を失念しつねんしていたとしても、なんら不思議では無いと言う事だな。うむうむ。これは私がその点に思い至らなかった事にこそ瑕疵かしがある。では改めて問おう。私が百均でラブラブなストローを購入している間に、どうして茶が無くなっているのか? と言う点について、是非子細しさい聞かせて頂こうか?」


「飲んじゃった」


「……飲んだ?」


「飲んじゃった」


「……飲んだ?」


「これ……天丼?」


「いや、別に笑いを狙った訳ではないぞ。私が汗水たらし……あぁいや、私の労力についてはこの際関係無いな。今回の問題の趣旨とは異なる。何しろ私は己の判断において百均へと足を運んだ訳だからな。別にお前に言われたからおもむいた訳では無いぞ。そこの所は十分理解して欲しい。ただその上で、私はお前と一緒に茶が飲めると言う事を……いやそれだけを心のかてとして、ラブラブな南国風ストローを購入して来たのだ。しかもこれが五本セットで三百円、消費税込みで三百三十円と言う百均とは思えない値付けに少々いきどおりを感じつつも、お前との喫茶を夢見てここまで舞い戻って来たと言う訳だ。それなのに、その茶碗の中には茶がこれっぽっちも残されていないと来た。これは一体どう言う事なのだろうか? いやもしかして、私の帰りが余りにも遅いが為にお前が業を煮やし、私との喫茶を拒むほどの心境に至らしめたのであれば、ここは平に謝罪したい所だ。今となっては何をいっても言い訳にしかならんが、往復で二度も大通りの信号に捕まると言う、想定を大幅に超える時間ロスがあった事は是非情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地として考慮頂きたい点ではある。あぁ、いやそれとて私の落ち度としての範疇はんちゅうでしかないな。いや確かにそれは分かってはいるのだ。わかっているのだが、それにしてもこれだけ楽しみにしていた事が、その根底こんていからくつがえされたこの悲しみと言うか、くやしさと言うべきか……くっ……ぐすっ……うえっ……うぇぇぇん……」


「ちーちゃん……」


「ひぐっ。なっ、なんだ? もう私に用は無かろう? 既に茶は飲み終わっているし、所詮しょせん私はお前にとってのパシリでしかない。そんな私に哀れみを掛けるなど不要にしてもらおうか」


「もう一回」


「なっ、なんだ? もう一回とは?」


「ちーちゃんのあったかいお茶が飲みたいなぁって」


「あたたかい……お茶?」


「そうだよ。前のお茶は冷めちゃったからね。私が飲んでおいたんだよ。ちーちゃんが戻って来たら、一緒にあったかいお茶をストローで飲めば良いかなぁって」


「え? 一緒……に?」


「うん、そうだよ。一緒にだよ?」


「え? そ、そうか。そう言う事……なのか? えへっ、えへへへ。でっ、であれば、仕方が無いなぁ。うむ。そうだな、冷めてしまっては折角のお茶が台無しだ。改めてお茶を点てるとしようか。そうだ、お前が茶が苦いと言っていたからな。ついでに近所のスーパーでミルクとバニラエッセンス、それにコーヒーも買って来たぞ。一緒に点てれば抹茶ラテだ。これならお前でも飲めるだろう。よっ、よし。急いで準備するからな。そのまま待ってるんだぞ。何処にも行っちゃ駄目だからなっ!」


 うふふ。

 ちーちゃんって、ちょっぴりポンコツだけど……かわいい。

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