クラスの不良少女は、夜のおむつがまだらしい
はおらーん
第1話 朝のおねしょ
「ミキ、私そろそろ帰るわ…」
「えー、まだいいじゃん」
「もう遅いし。おなか空いちゃった」
「じゃあ泊まっていけばいいじゃん。今日うち親いないし」
「いやー、着替えもないし悪いからさ」
「アリサって絶対お泊まりしないよね」
「自分ちの枕じゃないと寝れんのよ」
「じゃあアリサん家行くわ。今日も親仕事でしょ?」
「ダメダメ!部屋散らかってるし。絶対ダメ」
有紗は苦笑いしながら誤魔化しにかかる。とっくに日が落ちた公園を足早に出ながらミキに手を振った。スマホの画面を見ると、すでに9時を回っている。塾に通っているわけでもない中学3年生がウロウロしていい時間帯ではない。スマホの画面には、1通も電話やラインの通知が来ていなかった。お母さんは既に仕事に出ているのだろう。
町はずれにある団地の階段を、スマホの明かりを頼りに3階まで上がる。古い県営住宅にはエレベーターはついていない。まだ家にお父さんがいたころは、借家ながらも一軒家に住んでいた。
「…ただいま」
誰もいない居間に向かって有紗は帰宅を知らせる。玄関にはたくさんの靴が散乱しているが、そのほとんどが、お母さんが仕事で履くヒールだ。お世辞に片付いているとは言えない短い廊下を歩いて居間に入る。テーブルには晩ごはん代として1000円札が置かれていたが、有紗はそのまま自分の財布に入れた。冷蔵庫からジュースを取り出し、コップに注ぐとそのまま居間と直接ふすまで隔てただけの居住スペースに移動した。この狭い県営住宅では、自分の部屋を持つこともできない。6畳もない部屋でお母さんと一緒に寝ている。寝ていると言っても、有紗が帰ってくるころにはお母さんは仕事に出かけてしまい、有紗が学校に行く時間には、朝帰りのお母さんがいつの間にか隣で寝ているというのが日常だった。部屋に入ると、敷きっぱなしの布団が2組、壁には有紗の制服がハンガーにかかっている。勉強机も一応にはあるが、本や洗濯物が山積みで、もはや勉強するための場所とは言えない。
「ハァ、宿題とかダル。明日の朝答え写して出せばいっか」
有紗はスマホを触ってミキに宿題の答えを見せてほしいと送る。
「やってるわけないじゃん、ヒカリに聞いてみる」と返事が来て、しばらく待つことにした。おぼろげに眠気を感じた有紗は、一瞬ビクッと体を震わせ、思い出したかのように布団から体を起こした。めくれた掛布団の下に、くしゃくしゃのビニールのようなシートが見える。
「先にしとかないとヤバイよな…。こっちは、まぁ、まだいけるか?ダメかもな…」
有紗は掛布団をめくって確認する。有紗の布団には、ペットシーツのようなものが敷かれていた。それも何日もそのうえで寝ていたようで、吸収体が偏ってしまいあまり効果がなさそうに見える。くるくるといい加減にシーツを巻取り、部屋のごみ箱にそのまま捨てた。有紗は、学習机の横に置かれた大きなビニールのパッケージから、新しいシーツを取り出す。パッケージには、「おねしょシーツ」と大きく書かれていた。一旦掛布団をお母さんの布団の方に放り投げ、引っ張りだしたおねしょシーツを敷布団の方に乗せる。遠足でお弁当を食べるときに広げるシートくらいの大きさだろうか。シートを手できれいに広げることもせず、その上にどかっと座った。
「ハァ」と小さくため息をつき、シーツのパックの横にある、さらに大きいパッケージに手を伸ばした。三つ折りになった大きな不織布のかたまりを手に取ると、有紗は広げてシーツの上に置いた。
有紗は、子供のころから一度もおねしょが治ったことがない、一次性の夜尿症だった。小学校の高学年の頃には通院もして頻度も減ってきていたが、中学生になってお父さんが家を出てからは頻度がグッと増えた。今ではしない日はほぼない。小さい時から、誰にもバレたくない有紗の秘密だった。反抗期真っ最中の有紗にとって、これ以上に辛いことはない。お母さんと口げんかになることも多いが、「じゃあこれからは自分でおむつ買う?」の一言ですべて言いくるめられる。
おねしょが原因で何度もケンカをしたが、ここ1年は、なんとか「布団が汚れた場合は自分で洗う」ことを条件に、お母さんがおむつを買ってくることで妥協している。とはいえ、お母さんと2人暮らしの団地でおねしょしたシーツを干せば、どうなるかは目に見えている。同じ中学校の生徒も多い団地でそんなことのできない有紗は、毎晩おむつとおねしょシーツの万全の体制で寝る以外の選択肢はなかった。どれだけ眠くても、必ず寝る前には自分でおむつを当てている。おむつから漏れ出すことは少ないが、念のためおねしょ用の使い捨て防水シーツを使っているのだった。ただ、交換するのがめんどくさくて、漏れて汚れるか、今日のように吸収体がよれてしまうまで使うこともしばしばある。
有紗は部屋着のジャージとパンツを同時に脱ぎ、パンツだけ引っぺがしてベランダに出る大きな窓の傍に放り投げる。洗濯待ちの服の上に上手に着地した。明日の朝帰ってきたお母さんが一緒に洗濯機に放り込むはずだ。
有紗は布団に横に置いておいた紙おむつを手に取って広げた。上半身はTシャツだけの状態でおねしょシーツの上に横になる。最初は慣れなかったこのガサガサ感も今となっては気になることもない。雑に置いたテープタイプのおむつの上にお尻を乗せる。おむつを動かすと下のシーツがズレるので、お尻を置くときに位置は調整した方がいい。漏れないようにきれいに当てるには、ちょっと格好は悪いが足を赤ちゃんのおむつ交換のようにがに股する必要がある。ギャザーに手を沿わせてしっかり立てると、股繰りに合わせて前当ての部分を自分の方に引き寄せた。慣れた手つきでテープを4枚留める。一度膝立ちになってから、ズレ落ちないようにもう一度締めてテープを留めなおした。さっき脱いだジャージをもう一度履きなおしていると、有紗のスマホが震えた。
「ヒカリのノートゲットしたよ~」
ミキから宿題の答えを書いたノートの写メが送られてきていた。ミキも有紗と同じく勉強はできなくて学校の先生に目を付けられているが、有紗とは違って友達は多い。その中には優等生タイプの子もいた。
「サンキュー」と返事してスタンプを適当に何個か送ると、机の上の山から数学のノートを引っ張り出して、枕の上に置いた。有紗は、寝っ転がってそのまま安定しない枕の上で、スマホを見ながら雑な字でノートに答えを写していく。有紗の異様に丸まった字は、そのせいで余計に汚く見える。そもそも、ノートの半分以上が落書きに消費されている有紗にとって、そんなことはどうでもいいことだった。ふと窓の方を見ると、うつぶせでノートを書く自分の姿が映っていた。中学に入って一度も切ってない髪は腰にも届きそうになっている。ミキにそそのかされて夏休みに何度か染めたからか、少し傷んでいるような気もする。傷んだ毛先の方に目を遣ると、ジャージの腰回りから仕舞いきれなかったおむつが少しはみ出ているのが見えた。吸収量の多いテープの紙おむつは、スタイルのいい有紗のお尻のシルエットを見事に崩している。スレンダーな上半身に対して、ジャージの上からでもわかるおむつのふくらみは、なんとも言えず不格好だった。10分ほどでノートを書き写した有紗は、ノートを通学カバンの上に放り投げて、またスマホに夢中になった。
有紗はハッと気が付いたように目を覚ます。スマホの画面を見ると、すでに8時を回っていた。結局帰ったあとも寝落ちするまでスマホをいじっていたのがいけなかったのかもしれない。8時40分には校門をくぐらないと遅刻扱いになる。月に3回以上の遅刻は親へ連絡がいくことになっている。朝帰りの母は、有紗の横で布団にくるまって小さくなっていた。多少有紗の行いに目をつぶってくれてはいるが、とにかく学校だけはきちんと行けとうるさい。
「あー…、今日に限って…」
昨日寝る前に敷いたおねしょシーツはくしゃくしゃになってはいたが、有紗のおむつから漏れ出したおしっこがシーツに触れないようにギリギリガードしてくれていた。おむつから漏れた日はシャワーを浴びることにしていたが、今日はその時間もなさそうだ。
「ッチ、めんどくせ」
一人で愚痴をこぼしながら、急いで重くなったおむつを外す。寝転がったまま4枚留めのテープを外すと、そのまま横にゴロンと転がった。シャワーを浴びないので、できるだけおねしょしたところに体や服が触れないための有紗なりの小さい頃からの知恵だが、傍から見るとバカみたいだろうなと有紗自身も思う。おむつを開いた瞬間ツンと鼻をさすにおいがするが、有紗にとっては毎日のことであまり気にならない。おねしょシーツの跡を見る限り、股の部分から漏れたらしい。うつ伏せで、片方の足を曲げた状態でおしっこが出るとこういう漏れ方になる。
…もったいないけど、いいか。
敷いて一日のシーツを捨てるのは少しもったいないかとも思ったが、服や布団ににおいが移らないよう、おむつごと捨てることにした。有紗は、めんどくさがっておねしょシーツでガバっとおむつごと包むと、そのまま丸めて黒のビニール袋に突っ込んだ。おねしょシーツはとてもかさばるので、袋は有紗の通学カバンの半分くらいの大きさになってしまった。部屋着のTシャツ一枚だけの姿で台所に向かい、いつものごみ箱におむつをとシーツを捨てる。そのまま棚に置いてあるウェットティッシュを手に持てるだけ引っ張り出して部屋に戻った。
「ちょっとお借りするだけだから…」
と布団にくるまるお母さんがきちんと寝ているか確認しながら、鏡台の引き出しに手をかける。その間にも、台所から持ってきたウェットティッシュで太ももを拭いている。引き出しの中から高級そうな瓶をそっと取り出すと、足全体にかかるように何度かプッシュした。一瞬ひんやりするが、かけた後には甘い匂いが部屋中に広がった。前にバレた時は、「あんたの寝小便隠すためのもんじゃない」と怒鳴られ、ファブリーズを使うように言われたが、有紗はこの香水の匂いが好きだった。
…これでバレないはず、と自分に言い聞かせて、有紗は急いで制服に着替えた。いつも通り制服のプリーツスカートはくるくると巻いて短くし、肩にかける通学カバンをリュックサックのように背負って急いで家を出た。
校門前で「ギリギリだぞ」とゴリラみたいな体育教師に言われたが、無視した。ガラガラと教室のドアを開けると、すでにほとんど全員の生徒が席に着き、ホームルームを待っていた。有紗は何も言わずに自分の席につくが、有紗におはようと言う生徒も誰もいない。小学校の時は仲のいい友達もいたが、親の離婚後に団地に引っ越してからは疎遠になっている。有紗の雰囲気や態度を怖いと思っているのか、3年生になってからは仲のいいと呼べる友達はクラスの中にはいない。
「おはよう!」
そうこうしていると、担任がやってきてホームルームが始まる。高井先生はまだ若い女教師だが、有紗はこの先生をひどく嫌っている。何かにつけて目を付けて小言を言ってくる上、優等生には甘いように有紗には見える。熱心でいい先生という評判もあるが、有紗にとっては疎ましい存在だった。
「今日は服装検査の日なので、一度全員机の横に立って並んでください」
有紗にとって服装検査は天敵だ。髪の色、スカート、化粧などとにかく口うるさい。ただでさえ担任から目を付けられている有紗は、毎回あれこれと言われる。
「篠原さん、ちょっとスカート短いんじゃない?」
「何もしてません」
有紗はわざとぶっきらぼうに答える。
「本当?ちょっと見せて」
そう言うと有紗の了解をとる前に制服の裾をめくって、スカートの腰回りをチェックした。
「やっぱり。巻いてるのを元に戻しなさい」
有紗はわかりやすくハァとため息をつきながら無言でスカートを元に戻す。他にもスカートを短くしている生徒はいるはずなのに、いちいち制服をめくってまで確認するのは有紗だけだった。そういう態度が余計に有紗の反発を招く。制服の裾をめくったとき、高井先生は甘い匂いがしたのに気づいた。
「篠原さん、もしかして香水つけてる?」
「いえ…」
少し言葉につまる。違いますといつものようにきっぱり否定すればよかったのだが、なんとなく自分の恥ずかしい癖を指摘されたような感じがして、強く言えなかった。高井先生も有紗のそんな様子を見て、それ以上何も言わなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます