鳥から言葉が聞こえて仕方がない

第１羽 いきなり全てを失い、そして拾われる

　「明日（あした）からもう来（こ）なくていいから。」

　そう言（い）われたのがつい数十分前（すうじゅっぷんまえ）。

　ブラックな会社（かいしゃ）に散々（さんざん）尽（つ）くしてきたのだが、あっさり捨（す）てられた。

　まぁ、貯金（ちょきん）はちょっとはあるし次（つぎ）までの繋（つな）ぎにはなるか……。

　僕は氷上（ひかみ）守（まもる）２８歳（さい）。

　色々（いろいろ）失（うしな）った。

　あ、彼女（かのじょ）は出来（でき）たことないです。

　自宅（じたく）まで電車（でんしゃ）で帰（かえ）ってるんですが、遠（とお）いの何（なん）の……。

　寝（ね）るか。

　そこで奇妙（きみょう）な夢（ゆめ）を見（み）る。

　逆光（ぎゃっこう）で顔（かお）の見（み）えない人（ひと）から声（こえ）を掛（か）けられている。

　「世（よ）の中（なか）、理不尽（りふじん）だとは思（おも）わないか？」

　「まぁー、そうっすね。」

　「私（わたし）はこの世（よ）を憂（うれ）いている。

　そんなお前（まえ）に人間（にんげん）としての適性（てきせい）を見（み）る試験（しけん）をしようと思（おも）う。

　結果（けっか）如何（いかん）では人間（にんげん）の行（ゆ）く末（すえ）を決（き）めることとしよう。

　生（い）かすも殺（ころ）すもお前（まえ）次第（しだい）だ。

　お前（まえ）は選（えら）ばれたのだ。」

　「は？」

　「お前（まえ）が思（おも）うように過（す）ごすといい。」

　「それってどういう……。」

　ハッ！

　涎（よだれ）が垂（た）れかけて目（め）が覚（さ）めてしまった。

　周囲（しゅうい）からはクスクスと小（ちい）さな声（こえ）が漏（も）れている。

　もう死（し）にたいんだが。

　家（いえ）に帰（かえ）る道中（どうちゅう）。

　カァー、カァー、とカラスが鳴（な）いている。

　その声（こえ）に交（ま）じって何（なに）か声（こえ）が聞（き）こえる。

　「なぁ、知（し）ってるか？」

　「何（なん）だよ。」

　「第一（だいいち）公園（こうえん）でバカなスズメが目立（めだ）つところに営巣（えいそう）したらしいぜ。」

　「ほうー、雛（ひな）はいるのか？」

　「いるみたいだぜ。」

　「へへっ、食（く）っちまいてぇなぁ……。

　雛（ひな）は柔（やわ）らかくて旨（うま）いからなぁ……。」

　何（なん）だ？

　鳥（とり）の会話（かいわ）か？

　何（なん）で聞（き）こえるんだ？

　第一（だいいち）公園（こうえん）っていつも通（とお）るあの見晴（みは）らしのいい公園（こうえん）だよな。

　騙（だま）されついでに行（い）ってみるか。

　第一（だいいち）公園（こうえん）―。

　あ。あんな目立（めだ）つところに鳥（とり）の巣（す）がある。

　ツバメでももっとマシな作（つく）り方（かた）するのになんでこんな目立（めだ）つところに……。

　しかも雛（ひな）、落（お）ちてるし。

　本当（ほんとう）は良（よ）くないんだろうけど、巣（す）に戻（もど）してっと……。

　さぁ、帰（かえ）るか。

　と、思（おも）ったのだがお母（かあ）さんが見当（みあ）たらないな。

　ご飯（はん）でも探（さが）しに行（い）っているのだろうか？

　カァー、カァー。

　「雛（ひな）がいたぞ。

　バカな人間（にんげん）が戻（もど）してくれたおかげで拾（ひろ）いやすくなった。

　チャンスだ！」

　誰（だれ）がバカな人間（にんげん）だ。

　いや、バカだからクビになったんだった。

　それはどうでもいい。

　ここまで鳥（とり）にコケにされて黙（だま）っているわけにもいかない。

　どうせ時間（じかん）はあるんだ。

　お母（かあ）さんはー……、相変（あいか）わらずいないな。

　帰（かえ）ってくるまで待（ま）つか。

　カァー！

　カラスが数羽（すうわ）飛（と）んで来（く）る。

　「邪魔（じゃま）するんじゃねぇ！

　このクソ人間（にんげん）が！」

　「痛（いて）ぇ！　噛（か）みつくな！　何（なに）しやがる！

　誰（だれ）がクソ人間（にんげん）だ、このゴミ荒（あ）らしが！

　人間（にんげん）に勝（か）てると思（おも）うなよ！」

　「なっ……、こいつ俺（おれ）たちの言葉（ことば）が解（わか）るのか！？

　やべぇ、ずらかるぞ！」

　カァー、カァー。

　それからというもの電柱（でんちゅう）の上（うえ）で雛（ひな）を狙（ねら）い続（つづ）けるカラス。

　僕（ぼく）は仁王（におう）立（だ）ちで雛（ひな）を守（まも）り続（つづ）けた。

　……自然（しぜん）の摂理（せつり）には反（はん）するけど。

　しばらくすると、スズメが一羽（いちわ）、慌（あわ）てて帰（かえ）って来（き）た。

　「あ、お母（かあ）さんかな？」

　と、喜（よろこ）びも束（つか）の間（ま）、スズメが小突（こづ）いてくるではないか。

　「コラッ！　娘（むすめ）に何（なに）をしたの！　この卑（いや）しい人間（にんげん）が！」

　「痛（いた）っ！　誤解（ごかい）だ、誤解（ごかい）！」

　「違（ちが）うよお母（かあ）さん、その人（ひと）は地面（じめん）に落（お）ちてた私（わたし）をここに戻（もど）してくれて、

　カラスからお母（かあ）さんが帰（かえ）ってくるまでずーっと守（まも）ってくれてたんだよ！」

　「え？　あらそうだったの、ごめんなさい。

　私（わたし）、初（はじ）めての営巣（えいそう）でよく分（わ）からなくて。

　よくよく考（かんが）えたら目立（めだ）つわよね、ここ。」

　「まぁ、カラスの噂（うわさ）にはなってましたね。」

　「貴方（あなた）……、私（わたし）たちの言葉（ことば）が分（わ）かるの？」

　「はい、何故（なぜ）だか分（わ）かるようになりました。」

　「変（か）わった人間（にんげん）もいるものねぇ……。」

　「何（なん）なら僕（ぼく）の家（いえ）に来（き）ませんか、ここよりはずっと安全（あんぜん）です。

　ペット禁止（きんし）ですけど、まぁこっそり飼（か）えばバレないでしょう。

　僕（ぼく）が守（まも）って差（さ）し上（あ）げますよ。

　まぁ、貯金（ちょきん）は底（そこ）が見（み）えてますので長期間（ちょうきかん）は二匹（にひき）も養（やしな）えませんが。」

　「いいの？　そんなこと言（い）って。

　私（わたし）たち、貴方（あなた）が思（おも）っている以上（いじょう）に鳴（な）き声（ごえ）大（おお）きいのよ？」

　そうだった。

　「あ、あー……。」

　「でも気持（きも）ちは伝（つた）わったわ、ありがとうね。」

　「いえいえ。」

　「まぁ？　何（なに）か下心（したごころ）があるなら私（わたし）がいないときに娘（むすめ）を連（つ）れ去（さ）ればいいんだし？

　カラスと戦（たたか）うなんて貴方（あなた）は相当（そうとう）なおバカさんのようね？」

　「バカは否定（ひてい）しませんが。」

　「ひとつ、お願（ねが）いを聞（き）いてはもらえないかしら。」

　「なんでしょ。」

　「私（わたし）たちを守（まも）る、そう言（い）ってくれたわね？」

　「そうですね。」

　「森（もり）に私（わたし）の別荘（べっそう）があるんだけど、そこに来（く）る気（き）は無（な）い？」

　「人間（にんげん）が行（い）ったら大変（たいへん）でしょうに。」

　「貴方（あなた）が鳥（とり）になればいいのよ。」

　「……は？」

　すると、ポトリと雛（ひな）が巣（す）からまた落（お）ちる。

　「おっと、これは大変（たいへん）―」

　するとどうしたことか、雛（ひな）は人間（にんげん）の姿（すがた）になるではないか！

　「えぇ！？」

　「んー、やっぱ鳥（とり）の方（ほう）がいいなぁ。」

　「……。」

　「こっちもよ。」

　振（ふ）り返（かえ）るとお母（かあ）さんも人間（にんげん）になっていた。

　娘（むすめ）さんは１５歳（さい）ちょっとくらい、お母（かあ）さんは２０歳（さい）前半（ぜんはん）くらいにみえる。

　あれ？　年齢（ねんれい）合（あ）わなくない？

　鳥（とり）の成長速度（せいちょうそくど）が関係（かんけい）してるからか？

　よくはわからないけど。

　「あの、貴女達（あなたたち）は一体（いったい）……？

　娘（むすめ）さんもお母（かあ）さんも人間（にんげん）？　スズメ？

　え？　え？」

　「娘（むすめ）さんじゃなくて、私は雀部（ささいべ）陽菜（ひな）。

　私（わたし）たちは神様（かみさま）の使（つか）いなの。

　日頃（ひごろ）からの人間（にんげん）の行（おこな）いに憂（うれ）いた神様（かみさま）が私（わたし）たちを地上（ちじょう）に送（おく）り出（だ）したの。」

　「はぁ。」

　「私（わたし）は母（はは）の雀部（ささいべ）陽子（ようこ）ね。

　もっと驚（おどろ）くかと思（おも）ったんだけど。」

　「氷上（ひかみ）守（まもる）です……。」

　「お母（かあ）さん、これは逆（ぎゃく）に事実（じじつ）が受（う）け入（い）れられてないのかも。」

　「あぁ、そういうことね。

　ところで守（まもる）さん。」

　「あっ、はい。」

　「貴方（あなた）のお住（す）まいはどちら？」

　「この先（さき）のアパートになりますけど……、何（なに）かありましたか？」

　「バカねぇ、何（なん）のために人間（にんげん）になったと思（おも）ってるのよ。

　持（も）てる物（もの）だけ持（も）って家（いえ）は解約（かいやく）。

　森（もり）の別荘（べっそう）に行（い）くに決（き）まってるでしょう？

　娘（むすめ）を助（たす）けてくれたお礼（れい）に養（やしな）ってあげるから。」

　「うわあああああ、鳥人間（とりにんげん）になるのかぁぁぁぁ！」

　事態（じたい）を把握（はあく）した僕（ぼく）はこうして奇妙（きみょう）な生活（せいかつ）が始（はじ）まるのであった。