諜報員 花血染め fiower blood dye

川沢 樟

第一話 任務

「はぁ、めんどくさい」

「零さん、気持ちは分かるけど口に出さないで」


 ここは薄暗い裏道を通り出てきた、じめっとしてそうな倉庫の前。ここで今、指定暴力団同士で銃の売買をしてるらしい。

 私の名前は小松果恋。SATの諜報員。コードネーム椿という名のナイフ使い。隣で拳銃をもてあそんでいるのは私の固定パートナー、大竹零。コードネームは金木犀。拳銃使い。


『花血染め、作戦を実行せよ』

「「了解」」


 右耳の邪魔くさいインカムから聞こえてきた『花血染め』というのは私たち二人合わせてのコードネーム。かっこいいから私は気に入ってる。零さんはそうでもないみたいだけど。


「えっと、中に帷がいるんだっけ?」

「そう。 奥の方で待機してるみたい」


 帷は私たちの協力者。本名は吉田陸斗。主に潜入捜査を担当している。時々私たちと一緒に暗殺任務をこなすこともある。

 っと、そろそろ任務を遂行しないと。


「果恋ちゃん、パパッと終わらせよう」

「うん」


 零さんは右腰から拳銃を取り出し構える。私の武器は、両足脛と両腰、両手首にそれぞれベルトで固定している小型ナイフ。それらのうち二本だけホルダーから抜き、構える。

 零さんがドアを蹴り飛ばし、近くにいた二人を殺したのを皮切りに、私もそれに続いてごつい男性に近づき、頸動脈を切る。

 ごつい男性たちは私達に銃を乱射するけど残念ながら体には一発も当たってない。無駄な抵抗。


「果恋ちゃん、全員殺していいの?」

「殲滅が目的だからいいと思うよ」

「オッケー」


 少しずつ返り血を浴びて私の服は赤黒く染まっていく。生暖かく、張り付くような感触のするそれを浴びると、何回暗殺を経験しても興奮してしまう。

 どうにかしたいけど、どうにもできない。というわけで今回も、必要以上に返り血を浴びてしまい、下着までぐちょぐちょになっちゃった。


「よし終了、って果恋ちゃん……」

「うん」

「またびしゃびしゃじゃんっ!」

「……うん」


 零さんにあきれた目で見られて、しょんぼりしていると、わきから白い、新しそうな服を渡された。


「ありがとう、帷さん」

「今から一時間の自由行動を与えるそうです。 ゆっくりしてきてください」

「帷は休憩しないの?」

「僕は後始末を終えてからです」

「そっか。 頑張ってね」

「はい」


 そんなやりとりをしたあと、帷はその場を去った。

 一時間しかない自由行動を無駄にしないようにするため、私達は急いで着替え、脱いだものは隅に置いておく。SATの清掃班が死体の回収と一緒に片付けてくれるだろうから。


「果恋ちゃん、これからどこ行く?」

「ちょっとおなかすいたな」


 夜八時過ぎに自由行動を与えられても、出来ることが限られてる。上は何を考えてるんだろう?


「ラーメン食べに行こっか」

「そうだね」


 今の私の服装は白の清楚なワンピース。さっきまで来てた黒いスパイ服はあまり好きじゃないから開放感がある。

 零さんはショートパンツに半袖。零さんらしい服装。帷は服のセンスがあるかもしれない。

 あ、そうそう。忘れるところだった。インカムもおいていかないと他の人が見たときに印象に残ってしまう。

 スパイは目立ってはいけない。後々面倒なことになるかもしれないから。


「今思ったんだけど、この近くに飲食店なんてあったっけ?」

「ないかも」


 その日の食事は、何故か昔話に花が咲いた。私が零さんにスカウトされた日のこと、零さんさんがSATの施設で経験してきたこと。前に何回も話したことなのに、今でも飽きずに話していられる。

 私達は十八歳。普通なら学校に通ってるはずだけど零さんは施設の関係、私は特殊部隊の世界に魅了されて今にいたる。確か初めてここに入ったのは十六の時だろうか。

 零さんはあのとき、突然私の家に押しかけてきて、スパイ活動のことについて話し始めた。最初は頭おかしい人と思い、早く追い返そうと思ったけど、話に引き込まれて結局夕方まで話を聞いてたんだっけ?

 あのときの零さん、凄く真剣な顔をしてたな。そんなに私のことをスカウトしたかったのだろうか。


「どしたの果恋ちゃん? そんなじっとあたしのことみて」

「ううん、なんでもない」

「え~、気になる~。 教えてっ!」

「だめ」

「むぅ」


 ぷくっとほほを膨らまして不満げな顔をしてくる。そんな顔したって、教えないからと、少し苦笑いする。

 何で零さんが私をスカウトしたのか、その理由を知るのは、もう少し先にしたいから。


「そういえば零さん」

「ん?」

「帷さんとどうやって知り合ったんだっけ?」

「帷はえ~っと、そうそうあれっ!」

「……どれ?」


 ピタッと固まってしまった零さん。これはつまり、


「ごめん、覚えてない」


 私達二人は同時に気まずくなった。ここに帷さんがいなくてほんとよかった。そう心から思ったところで零さんの電話が鳴る。

 

「なんだろ」


 零さんの電話は一分未満で終わった。


「だれから?」

「帷から。 あたし、インカム置いていくの忘れちゃったみたい」

「……」


帷さん、なんかいろいろとごめんなさい。

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