ねむり一族の末裔
サカモト
ねむり一族の末裔
序章 それ以外の光りは捨てる
(1/1)
それ以外の光りは捨てる。
部屋の明りはすべて消し、仰向けに寝そべって窓から見える月を見上げる。
月の光は投げ出した素足の先にも届いていた。
窓は部屋に天井にひとつしかない。壁はなく、ドアもひとつだった。そのドアも固く閉じられている。中からはドアを開くことはできそうにない。
外が見えるのは唯一、天井の窓だけだった。外は夜で、そこから差し込む月の光りを眸へ灯す。
眩しくはなかった。月の光りは、眸を通して、ゆっくりと自分の奥底まで入ってくる。光は優しく、命を感じた。たぶん、星そのもの生命力だった。
高い天井の窓を通して、月の光りを眸に灯している時間は、彼女にとって特別なものだった。
両目を大きくあけ、口を閉じ、無表情のまま見上げていた。床に敷かれた絨毯は、ガラス細工を叩きつけたとしても割れそうにないほど深く、柔らかそうだった。部屋は広く、物は極めて少ない、ベッドと簡素な机があるだけだった。少女は青い僧衣のようなものを身に纏っていた、その青みは防寒着や装飾より、儀式的装いの印象の方が濃く浮き出ている。空間にある生活感はひどくとぼしいものだった。
年齢は十一、二才。髪は黒く長く、整髪料を帯びた輝きはないが、丁寧によく梳かしてある。
寝そべったまま天井の窓をじっと見上げていた。月の光りを眸に入れている。
かすかに波の音が聞こえた。
少しでも集中力を切らせば聞こえなくなるほどの音だった。
ふと、その波の音に破裂音が混じった。二回連続で鳴った。
最初はさほど気にとめなかった、その種類の音は《空き箱》では度々聞こえる。日常にとりこまれた音だった。
ふたたび聞こえた、二回連続だった。
まただ、と思っただけだった。
ところが、次の瞬間から、何度も何度も聞こえはじめる。
銃声はどれも異様なほど正確な間隔で二回ずつ鳴り、しかも次第に大きくなってゆく。
音が近づいて来ている、瞬間、少女は目を大きくひらき素早く上半身を起した。間違いであることを咄嗟に祈り、だが、芽生えた予感は頭から剥がれず、息を潜めて耳をすます。
再び鳴る、間違えなかった、聞こえたのは銃声だった。上半身を起こしたまま硬直し、ドアをみつめる。音は次第に近づいてくる。銃声は必ず正確な間隔で二回度、鳴った。
死を生産する装置が迫っている、悟り、動悸は激しくなった。それでも完全な混乱には陥らず、ゆっくりと立ち上がり、狂う呼吸を必死に整えようとしながら、ドアの方へ歩いて向かった。その間にも銃声は鳴り続けた。銃撃戦になっているという様子はない。なにかが一方的に射撃している。
ドアの傍まで来たとき、巨大な銃声が聞こえた。それはドアの向こうにいた。
立ち止まっていると、ドアの自動ロックが解除される電子音がした。
咄嗟に少女はドアに近づく、壁に張り付いた。直後、ドアが内部へ押され開かれる、硝煙のにおいとともにスーツ姿の男がなかへ入ってくる。手には拳銃を持っていた。
ドアの傍に潜んでいた少女は不意を狙って男へ右手を伸ばした。
相手からの攻撃を予想していなかった男は反応が遅れた。少女の小さな右手は、男の喉元へ触れる。
互いの目が合った。直後、男の目を閉じ、膝を折ってその場に崩れて転がった。その動きに巻き込まれ、少女も倒れた。
男は拳銃を握ったまま、動かなくなる。かすかだが、寝息が聞こえた。
少女は身を起し、男と拳銃を見た。息が切れていた。男が再び動き出す気配はない。
ドアの向こうは、部屋のなかよりもわずかだが明るかった。少女は男を見て、それからその手にあった拳銃をみたあと、立ち上がり、裸足のままドアの向こうへ飛び出した。
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