第1章 焦る勇者 3
確かに向こう岸に飛び越えたはずだ。なのに俺は今、銀河の星屑の煌びやかさの真っ只中にいる。俺はその空間に中、見えない足場にしっかりと足をつけている不思議な感覚だった。
ここは、どこだろう? と言う疑問が出てくる前に、正面には女神と思しき神々しい人物が佇んでいた。西洋世界の古代人みたいな純白の衣装をつけた、その女性からは光が溢れ出てくる。広がっている長い髪に、優雅な顔をしているものの、青い瞳には、真理というものをも通せそうなくらい透き通っていた。
「ようこそ、犬丸奏太さん。私は貴方達の世界をつかさどる女神、ダフネと申します」
目の前の……女神は話し始めた。誰もが聞き入るような落ち着いた優しい声で。こちらから名乗ってもいないのに、名前がわかるという点からも、本物の女神なのかもしれない。
「俺……死んだのでしょうか?」
俺の最初の質問にしては突拍子もなかったが、それでも女神ダフネは答えてくれた。
「いいえ。ただあなたはこの世界に入るためのゲートに踏み入っただけです。時々あのような人目のつかない場所に、忽然と現れるものなのですから。非常に稀な事ではありますが」
どうやら俺は、その低確率を引いてしまったらしい。運がいいのか悪いのか。しかもこういう時に限って……。
「って、間違えて入ったんだったら帰りますよ! 俺は急いでるんで!」
本来の目的を忘れかけてはいたが、すぐに思い出すことができた俺は、すぐさま踵を返す。
しかし入り口があったであろう箇所には、もはや何も残っていなかった。両手で探ってみても、扉はともかく何の感触もない。
何度も何度もその場所を探る。焦り出した俺の様子を見て、女神がようやく口を開いた。
「残念ながら、今のままではあなたをお帰しすることはできません」
「どうして!?」
思わず大きい声が出た。
「貴方は選ばれたからです。世界を救う勇者として」
「勇者? 異世界転生系のやつか!? しかしよりによって今かよ!?」
転生先で勇者になる。女神と会った時の王道パターンであることは、そういうアニメを少し見たことがある程度の俺でもわかった。まさか実在するとは思っていなかったけど。
「大丈夫です。この場所の時間の概念は元の世界とは独立したものになっていますので、焦らずお話を聞いてください」
「つまり、俺が戻るまで向こうの時間は止まったままだと言うんですか……」
時間が止まったままだというのなら、焦る必要はない。……とは言うものの、早く元の世界に帰って「アレクシアス4」をやりたい気持ちだけは変わることはなかったので、半ば諦めきれない気持ちはあったけれど。俺は深呼吸を一回して心を落ち行けると、諦めた表情で話を聞くことにした。
「分かりました。ただ、今日発売のゲームを買いたいので、手短にお願いします」
そんな俺の様子でも、一応聞くといったおかげか、女神の笑みは深まった。
「ご理解いただけたら何よりです。あなたには異世界に行って、勇者として魔王を討伐してもらいます。以上です。もちろん、報酬は出ますので、ご安心を」
「報酬? これを終えたら何かもらえるのか?」
「貴方の世界にとっての大金です。このようなものしかお渡しできませんが」
いきなり俺の目の前に羊皮紙が現れた。手に取って見てみると、そこにはクエストの概要みたいなのが書かれている。報酬の欄を見てみると、確かに大金だった。
リアルなゲームに挑んで、勝ったら大金が手に入る。考えれば悪い話ではない。
「じゃあ、ちゃちゃっと行って、ちゃちゃっと終わらせてくるか。報酬もあるってんなら、モチベーションは上がるってもんだな」
俺は善は急げとばかりに承諾する。すると目の前に、羽ペンが現れた。それでちゃちゃっと、俺は羊皮紙の署名の欄に堂々とサインをした。
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