幸せだったのだろうか?
夕日ゆうや
鮮血のきつね、新緑のたぬき。
「
俺は無線機に怒鳴りつける。
『例の鮮血のきつねか』
そう。返り血を浴びて、なお殺しを続ける鮮血のきつね。
『厄介なところに逃げ込まれた。新緑のたぬきが護衛についているそうだ。気をつけろ』
「了解。障害は、取り除く」
俺はそう言い、車を走らせる。
近くにある廃ビルに止めると、拳銃を構えたまま降りる。
ガラスは割れ、内装はがらんとしているが、あちこちに紙切れが落ちている。
どれも赤いきつねと緑のたぬきの資料だ。
彼ら研究員は、二つの商品に新たな可能性を見いだした。その実験体――〝鮮血のきつね〟と〝新緑のたぬき〟が産まれた。
彼らは都市部ですりや窃盗を行った。他に生きていくすべを持たなかったのだ。
住所不定無職。そればかりかまともに学校すら通っていなかった。
見捨てられたのだ。この国から。そう認識されていてもおかしくない。
戸籍はなく、公的機関に相談しようともしない。
そんな彼らが今や犯罪者として生きている。哀しい話だ。
人類の希望の光として産まれた彼らがこうして生きていかないといけないのは。
本来なら優れた知性と肉体をさらしながら、人類をリードしていくはずだったのに。
エリートコースから一転、ホームレスだ。
研究の首謀者〝
廃ビルを一階一階丁寧に調べていく。
と、下の方に空き缶が転がっている。
「ま、マズい! 全員、ショック体勢!」
そう叫び、俺は近くの柱の後ろに隠れる。
次の瞬間、爆発が起こり、内部にしこまれた釘や金属片があたりにばらまかれる。
「無事か……!」
粉塵が立ちこめる。視界が悪い。叫ぶしかなかった。
「俺たちを捕まえるのは諦めろ」
冷たい声音が背中から響く。
背後をとられていた――。
俺は冷たいものを背筋に感じる。
「大丈夫だ。政府はあなたたちの戸籍を作り、日本国籍として受け入れる用意がある」
「それって、お金になんの?」
「ああ。もちろんだ。寄付金や補助金がでる。それで学校にも通えるぞ」
「ホント?」
こくりと頷く俺。
「じゃあ、行ってみようか。ただし変な真似をしたら」
突き立てられた鈍色の刃物が首筋に当てられる。
「大丈夫だ。もうこんなことはしなくていい。君たちは幸せになれるんだ?」
「俺の幸せを聴いていないのに、か……?」
「少なくとも今の生活よりはいい」
そう言うと鮮血のきつねはふむと思案顔になる。
「何やっているんだよ、兄ちゃん」
そこに新緑のたぬきが降りてくる。
「ああ。こいつが言うには俺たちを保護して食わせてもらえるらしい」
「へ~。その代わり、誰かを始末、とか?」
ダメだ。この子らはすでに倫理観を失っている。政府直轄の軍・あるいは諜報部員として活躍するしかない。
「いいよ。その提案、のった」
どうやら二人で話し合っていたらしい。
知性の、新緑のたぬきがこちらの提案にのり、承諾する。
二人を車にのせ、施設に行くと、まずはカップ麺を手にする。
緑のたぬきと赤いきつね。
二人はそれをおいしそうに頬張るのだった。
彼らはこれで幸せだったのだろうか? 俺は時々疑問に思う。
もう何年も前の話だ。彼らとは会っていない。
「どうしているかな……」
そうして思い出の赤いきつねをすするのだった。
幸せだったのだろうか? 夕日ゆうや @PT03wing
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