短編

ジュンち

魔王様が「ふはははは!よく来たな人間ども!」って綺麗な人間語の発音で言えるまで血のにじむような努力をした結果(コメディ)

英語が出てくるので横読み推奨です。


* * *


「人間のマナー教えます! 親切! 丁寧! できるまで何度でも!」

 そんなチラシを目にしたのが一か月前。そろそろ人間界を侵略しようと魔界中から知識人や書物を集めていた時だった。そして、今に至る。

 今、魔王である私の前に仁王立ちするのは小柄な人間の女だ。名は「マヨ」という。大昔に魔族に寝返り、今では「人間マナー講師」なる職業をしているらしい。魔族から血を分け与えられたおかげで、今では半分人間、半分魔族という珍しい生き物になったそうだ。

 どうして私魔王自らこんな授業を受けているかというと、それにはきちんとした理由があった。

 魔族は元々礼儀正しく、上下関係がはっきりしている縦社会だ。人間界を侵略するにあたってマナーを知っておくに越したことはない。文化とかやっぱりいいものは取り入れたいし。そういう訳で私はチラシ作成主の彼女にマナー講師を頼むことにした。

 彼女曰く、マナー云々の前にまずは言語が第一らしい。確かに毎回通訳を通していたのでは魔王の威厳というものが感じられない。翻訳機とかもダサい。彼女の言い分には一理あると人間の語学を教えてもらい始めたのが運の尽きだった。

「そこは『s』じゃなくて『th』です! 何回言ったら直るんですか!?」

 マヨはボードに貼られた人間の頭部を横から見た断面図で舌の動きを図示したものを手の平で叩く。そんなこと言われても人間と口腔内の作り違いますし!?

「魔王様、お言葉ですが言語学の才能ないのでは?」

「辛辣で悲しい」

 思わずこぼしてしまった泣き言にマヨは指示棒を膝で真っ二つに叩き折る。

「言語を一朝一夕で習得できると思わないでください!」

「すみませんでした」

 魔族は縦社会だ。恐らく今は誰がどう見ても彼女が上の立場だろう。私は大人しく従うことにしている。

「今魔王様が学んでいらっしゃるのは英語という人間で最もポピュラーな言語です。文法も発音も比較的簡単な言語ですが、それがお嫌なら世界一難しいと名高い私の母国語をお教えしてもいいんですよ?」

「すみませんでした」


 そんなスパルタな彼女のおかげで、人間界の時間にして約一年で彼女と英会話ができるほど上達した。それに加え、宝箱の設置、中ボスの配置などまで事細かい指導を受けた。四天王もいなかったけど急遽四人見繕った。

 マヨの指示に従って「人間界と魔界の境には申し訳ないが弱い魔物に住んでもらう」と発表した時の支持率の下がりっぷりは怖かった。暗殺されるかと思った。

 魔王と言っても世襲制だし、私もやりたくてやっているわけではないのだが、それでも先祖代々の悲願である人間界の征服も達成はしたかった。

 そしてやっとその日が来た。勇者一行が魔王の城へとたどり着いたらしい。ちゃんと聖女とか魔術師とかもいる。すごい。本で読んだやつだ。

 様々なギミックも突破し、遂に一行が魔王の部屋へとやって来た。いつもなら鍵なんて掛けてないけどお約束らしいから掛けておいた。

 いよいよガチャリと音がして扉が開かれる。

 魔王の部屋ではスモークを焚いて仰々しい音楽も流しておく。影ではマヨも「ガンバ!」と応援してくれている。がんばるぞ。

「Hahahaha! How brave you come!(ふはははは!よく来たな人間ども!)」

 めちゃくちゃ決まった。マヨもすごい喜んでる。

 しかし勇者一行は恐れおののくでもなく、きょとんとしている。

「你会说英语吗? 那么你也会说中文? 我们是中国人,我们在妖界买了一台翻译机,所以你可以说妖族的语言(英語話せんの? じゃあ中国語もできる? 俺たち中国人だし、魔界で翻訳機買ったから魔族語で話してくれてもいいっすよ)」

 私はあわてて時を止める魔術を使う。

「ちょっとマヨさん! これ何語!?」

「中国語ですね。人間の人口比率を考えれば妥当と言えば妥当ですが」

「英語は!?」

「英語もわかるとは思いますが、私の同時翻訳機によると彼らも翻訳機を持っているとのことでしたので魔族語で大丈夫です」

「この一年なんだったの!?」

「魔王様! 時止めの魔術が切れます!」

「えぇ!?」

 こうなったら全て魔族語で話そう。全部翻訳機がやってくれるっぽいし。やっぱり自分の国の言葉が一番それっぽくて威厳が出るんじゃないかな。一旦仕切り直して「よく来たな人間ども!」から言い直そう。

「ふはははは! 頻繁な訪問者! 復讐になります!」

「あなたは悪魔です! 人間の世界を征服することですか!」

「魔王の力を考えてみてください!」

「友達が散らばっていても負けない! さあ行こう! これが最後の戦いです!」

 マヨがめちゃくちゃ笑ってるけど、まぁ笑ってくれてるならそれでいいか。

 こうしてマヨの描いたシナリオ通り、私は散った。勇者が勝つのが定石だそうだ。

 さらばだ、半分人間で半分魔族の不思議な女。おかげで退屈しない一年だった。


 * * *


 最後の魔翻訳の原文は以下の通りです。

「ふはははは! よく来たな人間ども! 返り討ちにしてくれる!」

「魔王め! 人間界を征服なんてさせるものか!」

「魔王の力をみせてくれるわ!」

「散って逝った仲間のためにも、俺たちは負けられない! 行くぞ! 最後の戦いだ!」

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