【落とし物】

「送るわ。私から離れないでね」


 キリリとした表情で愛美あいみは言い、私たちは踊り場からまた階段を下り始めた。


「あの・・・・本当に大丈夫?」


 150センチそこそこで細身の愛美に、普通体型とはいえ160センチ近い私が思い切り倒れ込んだ衝撃が軽いはずはなく、打撲の痛みがあとで出るのではないかと危惧し、そう声を掛けた。


「心配いらない、大丈夫。それより・・・・あら?」

「え、何?」

「ちょっと待って」


 何かに気付いた愛美が2段下りたところでふいにしゃがんだ。

 そして拾った物を私に見せながら言った。


「これ、さっきの女の落とし物だわ、たぶん」

「ヘアピン?」

「うん。逃げる時に落ちたのよ、間違いない」

「何故わかるの?」

「匂い」

「あ、沼のような?」

「そう。魔垠まごんたちが身に付けている物からも魔臭ましゅうはするのよ。ほら」


 そう言って愛美は、星のビジューが付いたピンを私の鼻先に突き出した。


「?」

「どう?」

「・・・・あ」

「ね?」

かすかにだけど・・・・確かに古い水のような・・・・」

「やっぱり、あなたなら分かると思った」

「・・・・」


 さほどはっきりとではないが、確かに沼や濁った池のような、古い水藻のような匂いがする。

 これが魔臭?


「今はかすかでもそのうちもっと分かるようになってくるはず。能力が開いてくるから。だから今のうちにあなたを潰しにかかってきたんだわ」

「そんな・・・・学校の中にいるなんて・・・・」

「確かに私もキャッチしてなかった。気を張っていかないと。とりあえずこれを使ってさっきの女が誰なのかを突き止めるわ」

「出来るの?」

「あら、見くびらないで。これでも眷族けんぞくとしては優秀な方よ? 見た目はこんな華奢きゃしゃだけど」

「ごめんなさい、そういうんじゃないの。ただ、私は松埜家まつのけの跡取りと言ったって普通の人間だから、そんなことがどうやったら出来るんだろう? と不思議に思って──」

「あなたが? 普通の人間?」

「え?」

「普通の人間なら魔垠まごんになんか狙われないわ」

「・・・・」

「まあ自覚はまだまだこれからってことね。とにかく私はやるべきことをするし、あなたを守らないと。さ、帰りましょう」


 そう言うと愛美はポケットから出したハンカチでヘアピンを包み、再びポケットへとしまった。


「これがセンサーになるのよ。この魔臭を放つ奴を見つけ出して引き寄せるためのね」


 してやったり感の顔つきで言い、愛美は私の腕をつかんだ。


「大丈夫。こっちにも人材は揃ってるから」

「人材?」

「そっ。家に帰ったら両親に聞いてみて。うちの家系のこと。永池家とは? って」

「・・・・わかった」


 当然、今日の事態のことは父にも母にも話をするつもりだ。

 あまりにも奇々怪々すぎて自分ひとりではとても消化出来ない。


「絶対に潰してやる」

「えっ?」

「あ、ひとり言。魔垠まごん狩り、燃えてきたわ。ふふ」

「・・・・」


 魔垠は怖い、けれど愛美も何だか怖い──不敵な目力を増した彼女を見て、私は正直そんな気持ちにもなった。


 





 

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