第248話ある私兵団の任務3

(──あァ、そうだ。オレサマが何でこんなちっせぇ事に固執してんだって話ではあるが……確かにオレサマは、アイツに対して引け目を感じてる。アイツを死地に行かせ泣かせた事が、ウゼェぐらいに記憶から消えねぇ)


 それこそが、この悪魔の行動理由。つまるところ──罪悪感だった。

 悪魔がまず手にする筈の無い、悪魔という存在から最も縁遠いもの……それをこの悪魔は得てしまったのだ。

 狂わされた歯車が歪み、あってはならない形で噛み合い動き出す。潤滑油無しで無理やり動くブリキの玩具のように、その歯車はゆっくりながらも着実に動き、回転する。

 人ならざる者の運命にまで干渉する、ある少女の夢。彼女を台風の目として吹き荒れる嵐に巻き込まれたシュヴァルツは、無意識のうちにそれに呑まれ、嵐の影響を強く受け変質した。

 その為今の彼は──……それ以前と比べると、狂った精神状態なのである。


「だからぼくは決めた。これは、マクベスタとかイリオーデとか……あの辺の抱く贖罪だとか恩返しだとかああいうのとは違う、誰にでもあるただの気まぐれ。アイツを夢を叶えさせて、アイツの望む幸せとやらを形にして、それで……アイツの面白おかしい人生を最期まで見届けるって決めた。ただそれだけの事だ」


 それは、紛れもないこの悪魔の本音だった。

 ただ単純に『こんな所で死なせるには惜しい人間だ』と思っている節もあるが、シュヴァルツ──……悪魔は間違いなく本心から、アミレスの面白おかしい人生を見たいと望んでいた。


「だから安心しろ。ぼくが何者であろうとも、おねぇちゃんがこの世界にいる限りは……いや、アイツがアイツである限りはこの世界に何もしねぇから。そもそもぼく人間に興味無いし」

「…………それが君が彼女に協力する理由なんだね。何と言うか……分かっていたけど王女殿下は色々と規格外だなぁ。精霊だけじゃなくて君みたいなよく分からない人まで味方にするなんて。調教師とか向いてそう」

「ハハハッ、確かに言い得て妙だな。おねぇちゃんにはぼく達みたいな生きる事に飽きて来た連中を魅了する力でもあるんじゃねぇの? お前等は知らないみたいだけど、おねぇちゃん本物の竜種も手懐けてるし」


 失礼な事を言われたにも関わらず、シュヴァルツはどこか楽しそうに笑っていた。どうやら、調教師なんてアミレスに似合うようで似合わない単語が少しツボに入ったらしい。


「「「──竜種!?」」」

「竜種……とはナトラの事か」

「見た目は完全にガキなのに、あれで中身が緑の竜だって言うんだから驚きだよな……」


 竜種なんて単語に目が飛び出す三人の横で、アミレスと共に危機に瀕するオセロマイトに行っていたディオリストラスとシャルルギルは、記憶に残る翡翠色の髪の幼女を思い出して苦笑する。

 そんな二人に、ラークとユーキによる二人共知ってるの? と言いたげな視線が向けられる。ディオリストラスとシャルルギルはその視線に気づくと躊躇いがちに一度、縦に首を振った。


「そういうワケだから、おねぇちゃんにはぼく含め人間視点でと〜っても厄介なのが懐いてるって言うのにさ、そんなのお構い無しにおねぇちゃんには死の運命が纏わりつくわ、おねぇちゃんの身内クソだわでぼく等も困ってんの〜〜」


 皇太子を脅すぐらいしか今のぼくには出来ないし。とシュヴァルツは愚痴をこぼす。

 それを聞いた私兵団の面々は、(皇太子を脅したのか……?!)とシュヴァルツの向こう見ずに恐怖する。


「てか話逸れすぎ。おねぇちゃんからの仕事は分かった? 分かったな? この場にいない奴等にもお前等から話しとけ。現場責任者はお前だ、ラーク。計画の進行管理とぼくへの報告義務、忘れんなよ。大まかな計画についてはその紙に書いてあるから」

「え、ちょっ、俺なの?」

「だってこの中で一番バドールとクラリスの気持ちに寄り添えるのはお前だろ。あと、この中だとお前が一番話が早いし頭も回るから、後が楽そうじゃん」

「…………分かった。やるよ。やればいいんだろ?」

「うん、ヨロシク!」


 シュヴァルツのある一言で、ラークの顔が一気に険しくなる。しかしシュヴァルツはそれさえも予想通りとばかりに、片目を閉じ舌をペロッと出して無邪気に返事した。


(あの様子だと、やっぱ隠してるみてぇだな。まァ、オレサマにゃ関係ねーけどよ。何事も適材適所。そんで使える人材はとことん使い倒す。これ鉄則〜♪)


 ようやくひと仕事終えられたと、シュヴァルツは上機嫌に「じゃあぼく帰るから」とディオリストラス宅を後にした。


「嵐みたいな奴だったな……」

「……というか、僕達で本当にこの計画やるの? 恋のキューピットとかやりたくないんだけど、生き恥じゃん……」

「えーなんでだよー、ユーキも一緒にやろーぜ! バドにぃとクラねぇの結婚式見たいじゃん!!」

「それは……見たくない訳では、ないけど……」

「ならば俺達がバドールとクラリスの恋のキューピットにならないとな。大丈夫だ、俺も昔はラークから『シャルは本当に天使みたいだね』と言われていた。だから俺には元々天使の素質があったんだ」

「え……ラーク兄目ぇ腐ってんの……?」


 取り残された私兵団の面々は、急な仕事について各々の心境を吐露する。しかしその目はどこかやる気に溢れていて、口ではとやかく言いつつも彼等がバドールとクラリスの結婚サポート計画に対して協力的である事が見て取れる。

 しかしそんな中に一人だけ、浮かない顔をしている者が。


(……まさか、気づかれていたなんて。絶対誰にも気づかれないように、心の奥底に押し込んでいた筈なのに。なんで、よりにもよって、そんな人ならざる存在が俺の前に現れたんだよ……っ)


 その瞳には焦燥が宿り、不安や恐怖から彼は強く奥歯を噛み締めた。

 絶対に、誰にも気づかれてはならないもの。彼が二十年近く、本物の家族かのように過ごして来たディオリストラス達にさえ隠し通して来た、ただ一つの爆弾。


(大人しく彼の言う事を聞いていれば、バラされる事はないのかな。これ・・だけは、何があってもディオ達に知られちゃいけない……何があっても、隠し通さないといけないんだ。そうじゃないと、俺は、もうディオの隣にいられなくなる──……)


 いつでも穏やかに、強かに、ディオリストラスの相棒として彼を支えて来た大黒柱とも呼ぶべきラークが、かつて無い程に焦燥と恐怖に煽られていた。

 その異変にディオリストラスも気づいたようで、彼はラークの肩を叩きその顔を覗き込む。


「どうしたんだラーク、さっきから黙り込んで……って、マジでどうした!? めちゃくちゃ顔色悪いぞ!」

「……っ、大丈夫だよディオ。仕事が一気に増えて気が遠くなってただけ」


 ラークは空元気に振る舞い、なんとかディオリストラスを安心させようとするが、しかしその顔は未だ青ざめている。

 これを見て、どう安心しろと言うのか。


「気が遠くなってただけ、って……もしかしたら何かの病気の前兆かもしれねぇだろ、とりあえず一回休んどけ」

「大丈夫だって。今仕事を任されたばかりなのに、もうサボったりなんてしたら駄目に決まってるでしょ」

「エリニティ達への連絡は俺達でやっとくから。いいから休めって」

「ちゃんと仕事はしないといけないだろ。俺が任されたんだから、俺が……」

「だぁから俺達が代わるっつってんだろ! 殿下程じゃねぇけどお前も一人で抱え込みすぎなんだよ! 俺達家族を頼れっていつも言ってんだろーが!!」

「っ!」

「それとも何だ、抱えられてベッドで寝かしつけてもらわないと休めない〜なんてメアリードみたいな事言うつもりか?」

「…………はぁ、分かったよ。休めばいいんだろ、休めば。抱えられるのも寝かしつけられるのも絶対に避けたいしね」


 そう言って自ら寝室へと向かったラークの背に向け、ディオリストラスは声を投げる。


「昼飯と晩飯はユーキに用意させるからお前は安心して寝てろよな」

「は? 何で僕が……」

「後はお前かバドールしかまともに料理出来ないからだろ。期待してるぞ、ユーキ」

「はぁ? うっざ…………ディオ兄のご飯だけ野菜ばっかりにしてやる……」

「おい待てそういう差別は良くないと思うぞ」


 ディオリストラスとユーキがぎゃあぎゃあと言い合う様子を温かい微笑みで見つめ、ラークは寝室に入った。

 まだぴったりと背後に張り付いているかのような、まだ見ぬ先の恐怖に身震いし、彼は現実から逃げるように寝台ベッドの上で瞳をぎゅっと閉じた。

 どうかこの恐怖を忘れられますように。そんな願いを傍らに、彼は涙を流しながら眠っていた。


「……ちゃんと寝てるな、よし」


 数十分後、ラークが本当に休んでいるのか確認するようディオリストラスに言いつけられたシャルルギルが、じーっとラークの寝顔を観察してから立ち上がる。

 彼の怜悧そうに見える瞳は優しく細められていて、薄い唇は緩やかな弧を描く。

 まるで昼寝する我が子を見守る母親のような、そんな錯覚さえおこすかのような様相を呈していた。


(ラークは昔から俺達が出来ない事を全部やってくれていたから……知らないうちに、無茶をさせていたんだろう。これからは俺も、ラークが少しでも休めるよう沢山手伝わねば。皿洗いぐらいなら、多分俺でも出来る。自信はあまり無いが。ほとんど、いや全然無いが)


 くるりと踵を返し、料理に勤しむユーキの手伝いをしようとシャルルギルが動き出した時。

 僅かに、ラークの唇が動いた。


「……ごめん……ディオ…………」


 それは寝言だった。しかしただの寝言にしては不可解で、何よりラークはずっと涙を流している。

 どれだけ察しの悪いシャルルギルでも、流石にこれはおかしい事なのではと気づいた。


(ラーク……?)


 ピタリと足を止めて今一度ラークの寝顔を見る。だがこの日、ラークはそれ以上寝言を言わなかった。

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