第三節・王国編

第57話眠れる炎の美女

 あれから数日。ディオ達を私兵として雇える事になり、かつ貧民街大改造計画も順調に進み、とても気分が良い昼下がり。

 今日の特訓を終え、せっかくだから進捗の確認がてら伯爵邸に遊びに行こうと思い、小走りで皇宮の廊下を進んでいた時だった。


「……お久しぶりです、兄様。お元気そうで何よりです」


 とても会いたくない人と出くわしてしまった。

 全然会わないから存在を忘れがちだけど、本当たまーに会っているのだ。まぁ、会いたくないんだけども。

 何故あまり会わずに済んでいるのかと言うと。

 皇族のお披露目の場と暗黙の了解のある六歳時の建国祭をアミレスは病気で欠席したので、その時点で表舞台に立つ資格は剥奪されたようなものなのだ。

 その為私に皇族としての責務──公務は課されなかったし、勿論社交界に出る必要も無い。皇帝に外に出るなって命令されてたしね。

 そしてこれまた皇帝の命令で、皇帝とフリードルの食事の場に私は同席してはならない事になっている。

 それらの様々な理由が重なった結果…私はこの数年間、両手で数えられる程しかフリードルと顔を合わせていない。何なら、皇帝とはアミレスになってから一度も会ってない。まぁ……向こうも私の顔を見たくないんだから当然だが。

 そう言う訳で、会うのは本当に久しぶりなのである。最後にフリードルと話したのは七ヶ月ぐらい前だったかしら。

 兄妹の七ヶ月ぶりの再会だと言うのに、私達はかつてない程に険悪な空気を醸し出していた。


「……何処に行くつもりだ。お前は外出を制限されていた筈だが」

「ご安心を、きちんとケイリオル卿から許可は頂いております。では、私は失礼致しますわ。先を急いでおります故」


 十四歳になったフリードルは更に美しくなった顔で、冷たく威圧的に私を見下ろし行く手を阻んだ。

 さっさとそこどけよと言いたい気持ちをぐっと堪え、優しい私はオニイチャンの疑問に答えてあげる。

 ぺこりと一礼し、フリードルの横を通り過ぎようとしたら、突然フリードルに手首を掴まれた。

 引っ張られるように振り向くと、フリードルが煩わしそうに眉を顰めていて。


「何処に行くのかと聞いている」


 は? それわざわざあんたに言う必要のある事なの? 私達そんな親しい仲じゃないでしょ。

 面倒臭い男だなと心の中で舌打ちをしつつ、私はフリードルを見上げる。


「………お忙しい兄様には、関係ない事だと思いますわ。お言葉ですが、私に一抹の興味すらも無い兄様が私の行動を気にするなどおかしな話だと…愚かな私ですらも気づく事です。それに聡明な兄様が気づかない筈がありませんよね。それはそうと、早く手を離して下さいませんか? このままですと……私と兄様の仲が良いなどというくだらない噂が立ってしまうやもしれませんから」


 決して笑みを絶やさず、私は大人の対応を見せる。

 例え噂であろうとも…フリードルと仲が良いとか思われたくない。それなら野蛮王女と揶揄される方が何億倍もマシというもの。

 しかしそれでもフリードルは私の手を離さない。相当な冷え症なのか、それとも魔力の関係なのか分からないけれど、フリードルの手は人体とは思えない程に冷たい。

 あんたに掴まれた左手首がそろそろ凍りそうだから離して欲しいんですけど。それともあれか、氷の魔力を持たない私への当てつけか?? いい性格してやがるなおい、でも私だって氷なら作れるんだからな‼︎

 いかんいかん、少し荒ぶってしまった。しかしこのままでは埒が明かないので、ここは大人な私が先に折れてあげようじゃあないか。


「……っはぁ……シャンパージュ伯爵邸ですよ。あそこの令嬢と親しくなったので。これでもういいでしょう、早く手を離して下さい」


 フリードルの表情が固まったまま体諸共動かなくなったので、私はもう自ら手を振り解いた。ようやくフリードルから逃れる事が出来た私は早足でその場を後にする。

 さて、とりあえず私がこれから向かうのはいつもの特訓場だ。私の特訓は終わったものの、マクベスタがエンヴィーさんと自主練をしている筈なので、どちらかに一緒に外出して貰おうかと思っている。

 ハイラさんに頼むべきなんだろうけど、今彼女はシュヴァルツへの使用人教育で忙しくそんな事を頼める状態じゃない。

 シルフはどうしても外せない用事があるとかで、今日は猫シルフも私の傍におらず……正真正銘一人だったのだ。

 だからこそやる事も無く、そうだ伯爵邸に行こう。なんて結論に至ったのだけども。

 皇宮から出て、人気のない場所へと向かう。次第に剣と剣が激しくぶつかり合う音が聞こえて来て…。


「……やっぱりすごいなぁ、マクベスタは…」


 あのエンヴィーさんと接戦を繰り広げるマクベスタを見て、やはり攻略対象は凄まじいと、私は改めて感心した。

 黄色寄りのアップバングの金髪を揺らし、マクベスは剣を振るう。しかしエンヴィーさんが赤く長い三つ編みと中華服の裾を風に預けるかのように靡かせ、まるで舞踏かのようにそれらを避ける。

 見ていて惚れ惚れするような戦いだった。しばらくぼーっとしながらわたしがそれに見入っていた所、途中でエンヴィーさんがこちらに気づいて、気の良さそうな笑みを作り手招いてきた。

 それに従い近づくと、エンヴィーさんが簡潔に要件を聞いて来た。


「姫さん、どうかしました?」

「これから出かけようと思ってて…私一人じゃ外出は出来ない事になってるから、誰かに着いてきて貰いたくて。自主練中に本当に申し訳ないんだけど…」

「そーゆー事なら勿論大丈夫っすよ」

「あぁ、オレも問題ない」


 もし良かったら一緒に来てくれませんかと二人に尋ねると、二人共快く了承してくれた。

 程なくして…マクベスタの着替えと私の準備が終わり次第、伯爵邸目指して城から出る事に。

 今回はハイラさんがいない為馬車も無く、シルフがいない為魔法で髪の色を変えてもらう事も出来ない。

 なので私は仕方なく男装する事にしたのだ。天然もののウェーブのかかった銀色の長髪をなんとか纏め、ピンで固定する。

 その上からもしもの時用にハイラさんに用意して貰っていたショートヘアの金髪のカツラを被り、髪を纏めた事により不自然に盛り上がっている部分を隠す為、帽子を被る。

 せっかくなので徹底的に男装しようと思い、私は胸にサラシもどきを巻いて十二歳にしては発達していた胸部を潰す。その上からシャツ着てズボンを履き、特訓で使っているブーツと体型を隠す為のローブを羽織って…完成だ!

 フリードルに行先を告げたまこの、これはある意味秘密の外出なので、この準備を誰かに手伝わせる訳にもいかなかった。なので全て一人でやったのだが……うーむ、我ながらやはり天才。

 美少女が男装すると美少年になるってマジだったのね、ヅカ的な美しさと少年らしさを感じるわ。

 アミレスって本当に類稀なる美少女だから何しても大体似合うの本当にすごい。お陰様で色々試したくなっちゃう。

 もう少し鏡で己の美少年っぷりにニヤニヤしていたかったのだが、エンヴィーさん達を待たせる事になるので、私は最後に念の為にと剣を佩いて部屋をこっそり出たのだ。

 ……まぁ、こんなにコソコソしなくても元々私の宮には使用人もほとんどいないんだけどね。ハイラさんがいらないって言ったかららしいけど。

 集合場所の特訓場に小走りで向かうと、やはり既にエンヴィーさんとマクベスタがそこで待っていて。

 私はすみませんと言いながら駆け寄った。二人は私の姿を見て目を丸くしていた。


「…いや、お前、なんだその格好は」

「…なんかその……斬新っすねぇ、姫さん」


 一国の王女ともあろう者がここまで変装してコソコソと外出しないといけないのが悪いのよ。と心の中で文句を垂れる。

 私の男装姿に戸惑いを隠しきれないマクベスタに向けて、私は胸を張って言う。


「似合ってるでしょ? この姿のわた……ごほんっ。はアミレスじゃあなくてスミレだから、よろしく」


 せっかくなので声や口調も男っぽくしてみた。自分では分からないのだが、比較的眉もキリッとしているつもりではある。

 恐らく今の私はさぞかし美少年な事だろう…!


「くふ……はっははは! 本っ当に面白いなァ、姫さんは!」


 唖然とするマクベスタの横で、エンヴィーさんが非常に楽しげに笑い声を上げる。

 そんなこんなで城を出る事になったのだが、私達の事は衛兵にはマクベスタの従者と言う風に話した。一応、マクベスタも帝国に来る際に一人だけ従者を連れて来ていたのだが、その従者は母が危篤で一時帰国中だとかで…今はマクベスタ一人らしい。

 そもそも王子なのに生活能力の塊なのが悪い。一人でも余裕で生きていけるのがおかしい。

 私なんてハイラさん無しじゃ生きていけるかどうか不安なのに。使用人のいる生活に慣れてしまったのだ。

 そして三人で街に出てシャンパージュ伯爵邸に向かって歩く。

 道はほとんど一本道なので迷う事なくサクサク進めると思っていたのだが、道中でエンヴィーさんが興味津々とばかりに色んなものに足を取られてしまったのだ。

 異国の装束に身を包む人智を超えた美形のエンヴィーさんが、幼い少年のように目を輝かせて色んなものに目を奪われるその姿は……周りの人々の目を惹きつけてやまないものだった。

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