第46話野蛮王女の偽悪計画2

「──姫様、大変長らくお待たせ致しました!」


 ガチャリ、と馬車の扉を開いてハイラさんが現れる。その手には小包があって、ハイラさんはその小包を手渡してきた。

 その中身は丸薬だった。この世界の薬は薬草などをすり潰して練って丸薬にするか、そのまま水で流し込むかの二択。今回はどうやら前者の薬らしい。

 マクベスタへ質問を出来なかったのは残念だけど、まだ余裕もあるし今はとりあえず目の前の事業に集中しよう。

 そう思い、私は一思いに服用する。

 良薬口に苦し。口に入れた途端、物凄い苦味が私を襲う。しかもこの丸薬、そこそこの大きさで簡単には飲み込めない。もたもたしているうちにどんどん口の中が苦味に侵されてゆく……。

 私は急いで手で皿を作ってそこに水を出し、勢いよく流し込む。苦味を消し去る為に早く薬を飲み込めと体に鞭を打ち、なんとか丸薬を全て胃に届けた。

 ふっ…私の魔力が水で良かったわ…。


「ありがとう、ハイラ。これで少しは楽になると思うわ」

「元はと言えば私の責任でございます……申し訳ございません…」


 お礼を言ったのに、ハイラさんは未だにしょんぼりしながら謝罪する。

 これはこのまま放っておくと長くなるやつだな、と何となく察した私は、すかさずハイラさんへと指示を出す。


「それはともかく。目的地まで早く行きましょう? 馬車を出して、ハイラ」

「ですが姫様はまだ体調が………いえ、御意のままに」


 ハイラさんが渋々馬の元へと行き、程なくして馬車がまた動き出す。

 かなりの安全走行で、先程の乗り物酔いが後を引いてはいたものの、それ以上悪化する事は無かった。

 しかしシルフとシュヴァルツとマクベスタから心配され続けてしまう。一体何回大丈夫と言った事だろうか。

 そんなこんなで目的地に近づく。ゆるやかに馬車が停止したかと思えば、ハイラさんが「地図通りですとこの辺りです」と言って扉を開いた。


「姫様、御手を」

「ありがとうハイラ〜」


 私が貧民街ここで馬車から降りるのが気がかりなのか、ハイラさんはいつも以上に真顔で手を差し出してきた。

 しかし私はそんなこたぁ知らねぇぞとばかりに笑いながら、エスコートを受ける。

 そして、私はついに貧民街に降り立った。当然でありとても失礼な発言だと思うが、皇宮とは雲泥の差がある。皇宮だけでなく、帝都の主要な住宅街ともかなりの差がある街。…本当に帝都の中にあるのかと疑ってしまうような、荒れた街だった。

 馬車から降りた所で辺りをぐるりと見渡す。

 怪訝な目でこちらを見てくる住民の方々。その服はどれもこれも薄汚れていて、ほつれもあるようだった。髪もぐちゃっとしている。

 また失礼だと思うが、古く少々ボロい家屋ばかりが立ち並び、その軒下には枯れた植物や小動物と戯れる住民の方がいた。

 ここは、私が思っていた以上に問題の多い場所のようだった。それもその筈…何故ならここは、歴代皇帝達がどうにかしようとして匙を投げてきた場所なのだから。

 まぁ、それを私がどうにか出来るとは全く思っていない。私には、ほんの少し改善する事ぐらいで精一杯だ。


「アミレス、地面が整備されてないから気をつけろ。ヒールでは転びかねない」


 ぼけーっと辺りを眺めていた私に、マクベスタがそうやって忠告してくる。確かに、改めて地面を見たら帝都の大通りのように整備された道路では無く、土が露出した地面そのままだった。

 その所々が軽度に陥没していたり隆起したりしている。更には石が埋まっている事もままあり、確かにヒールで歩くには向いていない道だった。


「……ヒールで来るんじゃ無かったわね。よし、折るか」

「折るのか?!」


 私の発言に、マクベスタがぎょっとする。

 しかしそれを無視して私はまず右足のヒールを脱ぎ、手に持つ。裸足となった右足はプラプラ浮いている。我ながら何だこの神的バランス感覚、天才か?


「ねぇマクベスタ、貴方の剣でここ斬ってちょうだい」


 ヒールと靴の境目の辺りを指さして頼んでみる。

 叩き折ってやろうかとも考えたが、私の体は意外と貧弱なので無理だと判断し、隣に立つマクベスタに頼んでみる。

 マクベスタは体を鍛えているみたいだし、剣の天才だし、きっと上手くやってくれるでしょう!


「え、いや、流石にそれは……」


 しかしマクベスタはあまり乗り気では無い様子。

 私はマクベスタのつれない態度に唇を尖らせてぼやく。


「じゃあどうやってこれ折ればいいのよー」

「そもそも折らなくていいと思うんだが」

「だってヒールだと危ないんでしょ?」

「お前が気をつけて歩けばいい話だ。もしもの時はオレが支えてやるから…もうヒールを折ろうとするな」


 まぁ確かに。と納得してしまったので、私は大人しく引き下がる事にした。

 それに、もし転びそうになってもマクベスタが助けてくれるらしい。…うーんなんだろうこの自然な王子様ムーブ。

 突然自分が王子である事を思い出したのかしら?


 それはそうと、そろそろディオさん家を目指そう。

 ハイラさんに渡した地図を見ながら、ディオさん達に渡す報酬を持って私は気をつけてガタガタした地面の上を歩いた。…まぁ、お金の入った袋はハイラさんが持ってくれてるんだけどね。

 髪の色を変えてシンプルなドレスを着ている私と、隣国の王子らしい格好のマクベスタ、大きなフードのついた外套を着たシュヴァルツ、そして佇まいが美しい侍女服のハイラさん、とかなり目立つ集団なので、歩いていると周囲の視線がかなり集まる。

 馬車を降りてから少し歩いた所で、私は見知った顔を見つけた。


「ディオさん!」


 そう名前を呼びながら大きく手を振ってみる。すると向こうもこちらに気づいたのか、私の姿を見るなり鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。


「お前、何でここに」

「約束したじゃないですか。ちゃんと報酬を渡しに行くって」

「いやでも…ここまで来るか、普通?」


 ディオさんは私が貧民街まで来た事にかなり驚いているらしい。私の後ろに立つマクベスタとハイラさんを見て、さらに目を白黒させていた。

 こちら私の友達と私の侍女です。と軽く紹介した所、ディオさんは「侍女…」と顔を顰めていた。

 私がそれなりに偉い立場の人間だって事はディオさんも知ってる筈なんだけどな、と考え事に耽っていると。


「ディオ、その子が例の女の子だよね。本当に来てくれたじゃないか……あの夜は挨拶出来なかったからね、始めまして。俺はラーク、ディオの仲間だよ」


 すぐ側の家から、赤茶色の髪の穏やかな雰囲気の青年が出て来た。青年はディオさんの肩に腕を起きながら、爽やかな笑みでそう挨拶して来た。

 その名前はあの夜にディオさんから聞いたお仲間の話でも出て来た名前だった。確か……。


「……皆のお母さん的立場の人…」


 ラークさんを見上げながらわたしはボソリと呟いた。その瞬間、ラークさんが「ぶはっ」と目をぎゅっと瞑って笑いだした。


「ふ、ふふは…っ、初対面の人に言われるとは……! ねぇディオ、俺達の事何て紹介したんだよ…っ」

「別に普通にだが」

「普通…ふふっ、うん、確かに普通にだ…!」


 あっははは、と爽やかな笑い声を漏らしながらラークさんはディオさんの背中を何度も叩いていた。

 ディオさんは慣れたようにそれを片手で受け止める。


「悪ぃな、こいつ本当にしょうもねぇ事ですぐ笑うんだ。放っておいてくれていい」

「は、はい……」


 そうやってディオさんとラークさんと話していた所、更に周りの視線が強く痛くなって来た。それを察知したハイラさんがどこか落ち着いて話せる場所は? と尋ねた所、すぐ側のディオさん家に案内された。

 中は綺麗に整理整頓がされていて、歴史を感じる木製のテーブルと椅子のある部屋へと私達は通された。

 すぐ近くには長椅子があり、大人数が座れるようになっていた。

 とりあえずテーブルの方に座った私は壁際の台所らしき場所でわちゃわちゃやり取りをするディオさんとラークさんを眺めていた。


「おいラーク、一番高いやつ出せよ」

「分かってるよ。上の棚の中だったね?」

「おう。カップも一度も使ってねぇやつにしろ、前に斜向かいの婆さんから貰ったやつが未開封で置いてあった筈だ」

「はいはい……って、茶菓子無いよ。どうする?」

「それなら今丁度メアリードとルーシアンが街に菓子を買いに行ってるから、戻って来たらそれを…」

「二人が可哀想だな」

「そうも言ってられねぇだろ」


 まるで熟年夫婦かのようなやり取りをする二人。共にワイルドな感じと素朴な感じの美形だからか、とても眼福だ。

 しかし、どうやら私達が突然来た事によりかなり気を遣わせてしまっているようだった。

 別に飲み物も食べ物も無くて大丈夫なのに……とはとても言い出せない雰囲気だった。


「…準備が悪くてすまん。紅茶は入れられるが、茶菓子は無いんだわ」

「あっ、いえ大丈夫です。お気遣いくださりありがとうございます」


 後頭部をガシガシとしながら、ディオさんが向いの席に腰掛けた。紅茶が入るまで少し話をしようと、私はディオさんに尋ねた。


「あの後、子供達はどうなりましたか?」

「警備隊と協力して可能な限り家に返した。ただ、中には親に売られたガキもいてな……そう言う奴等はひとまず警備隊の方で預かって貰ってる。で、俺達は今どこか受け入れ可能な教会や孤児院を探してんだが…」


 上手くいかねぇもんだな、とやるせない面持ちで零すディオさん。

 それもそうだ。どこもかしこも、もうとっくに定員オーバーを迎えている。新たに子供達を受け入れる余裕が無いのだ。

 それが分かったから、私は貧民街に孤児院を作っちゃおうと決めたのだが。


「それなんですけど、私の方でも少し調べてみたんです。それで、一つ案……と言うかお勧めがありまして」

「何だ、何かいいツテでもあるのか!?」


 ディオさんにその事を話そうとした所、彼は身を乗り出して、期待に満ちた目で私を真っ直ぐ捉えていた。

 こくりと頷き、私は話す。


「実は私、ここに孤児院を建てるつもりなんです。孤児院だけじゃなくて大衆浴場とか診療所も建設予定ですね」

「「……は?」」


 これにはディオさんだけでなく、紅茶を運んで来ていたラークさんも間抜けな声を漏らした。

 そんな二人を見て、その反応も無理は無い。とばかりにマクベスタがそっと目を伏せた。なんならマクベスタもこの話を聞いた時同じような反応してた。


「ああご安心を。勿論、既に西部地区を管理している方からは許可を得ておりますし、ある程度好き勝手やってもいいと言われてるので。皆さんに拒否権はありません」


 にこりと微笑んで、私はとんでも無い事を宣告する。

 相変わらず不自然なくらい権限が強いケイリオルさんに、貧民街に施設とか色々作ってもいいですかと申請した所、何故かあっさり許可が下りてしまった。

 相変わらずあの人何でもやらせてくれるな…一作目でアミレスを殺した男とは思えない程、私に優しいぞ。

 彼等には拒否権が無いと言ったが……上からの許可が下りていて、建材等物資の手配も既に終えているこの事業を今更辞めるつもりは毛頭ない。

 例え現地の方々に反対されようと、私は自分勝手な偽善でこれを成し遂げるつもりだ。

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