第45話野蛮王女の偽悪計画
入り組んだ道を巧みな
しかしそれも大した問題ではない。だってうちのハイラさんは何でも出来るパーフェクトメイドだからね──。
「うっ………きもちわる…」
貧民街──西部地区に入って数分。私は、口元を抑えながら椅子に倒れ込んだ。
ハイラさんのあまりにも激しくかつ正確な運転は、確かに完璧だった…周囲に対しては。
周りの家屋や人々にぶつかる事は皆無だったが、それに乗っていた私達は激しく揺れる車内に居続けたあまり、乗り物酔いを引き起こしていたのだ。
…まぁ、思い切り酔ってしまったのは私だけなんだけどね。よくよく思い返せば、私、これが人生初の馬車なんだよね、そりゃ酔うわ。
うぷっ……やばい本当に気持ち悪い。視界が変な色になるし、口の中にどんどん唾が溢れてくる。
でも、絶対に吐きたくない。嫌すぎる、こんな所で吐くなんて絶対駄目。というか、アミレスに嘔吐させるとか私が許せない。
絶対に耐えなきゃ、何がなんでも、耐えてみせる。
「アミィ、大丈夫?! くそっ、なんでアレは全然効いてないんだよ…っ!」
「おねぇちゃん気分悪いの? どうしようどうしよう何とかしてよねぇ精霊なんでしょ!」
「やれるならとっくにやってるよ!! どうする事も出来ないから今こうして焦ってるんだよ!」
「約立たず!」
「本当に失礼な子供だな!?」
私が死にかけている傍でまた言い争いを始める二人。その声が頭に響いて、体調不良を加速させている。
不幸中の幸いは…現在は馬車が止まっていて酔いに効く薬をハイラさんがダッシュで調達しに行ってくれている事だろう。
私の顔色が悪くなった辺りでシュヴァルツが騒ぎ出したので、それに気づいたハイラさんが馬車を緊急停止…今にも舌を噛み切って自殺してしまいそうなぐらい青ざめた神妙な面持ちで『申し訳、ございません、姫様……』と言いながら馬車の扉を開けてきた。
ハイラさんだって人間だもの、そりゃあ失敗する事もあって当然だ。むしろ完璧過ぎるハイラさんにもこんな一面があるのかと、少し可愛いと感じた。
こんなにも弱々しいハイラさんの姿は初めて見たもの、それに彼女とて初めての事なのだ…確かに吐きそうになったけれど、それでも私はハイラさんを責めない。
責める代わりに、街の薬屋で良さげな薬を買ってきて貰う事にしたのだ。幸いにもここはまだ貧民街…西部地区に入ったばかりの所なので、街も近い。
パーフェクトメイドウーマンなハイラさんならまぁ程なくして戻って来てくれる事だろう。…それまでこの馬車を引く馬達が眠り続けてくれるといいのだけど。ハイラさんお手製の睡眠薬の効能を信じるしかない。
それまで私達は馬車の中で待機。馬車の座席に横たわってみているものの、座席は固いわ周りが賑やかだわで全然休めないわ。
と、更に顔色を悪くさせていた頃。マクベスタがおもむろに上着を脱いで、
「アミレス。意味があるかは分からないが、枕替わりにこれを使ってくれ」
差し出してきたのだ。何だこの男気が利くな。
その顔は心配の色に染まっていて、真面目なマクベスタは、そこの騒いでる人達とはまた違う形で気遣ってくれたようだ。
「ありがとう、助かるわ」
と言いながら、それを少し畳んで枕替わりにさせて貰う。服を枕替わりにした所でたかが知れてると言われそうだが、それでも無いよりはマシだし、何よりマクベスタの優しさに心が軽くなったのだ。これでもう十分快適というもの。
にしてもマクベスタ…貴方って意外と気配りも出来るのね。笑うのが苦手で無愛想な貴方が……。
この顔でこの性格はそりゃ攻略対象にもなるわな。ほんのちょっとしか出なかった一作目から根強い人気があったもんね、フリードルとマクベスタは。それで二作目で無事攻略対象入りと。
……というか、この際だから攻略対象の情報についてもう一度整理しておこう。マクベスタのように、この先関わる事になる攻略対象もいるかもしれないし。
まず一作目ね。一作目の攻略対象は隠し攻略対象とかも無く最初から五人で確定していた。
一人目はスパダリ枠。ハミルディーヒ王国の第四王子、チートオブチートなカイル・ディ・ハミル。
二人目はヤンデレ枠。ヒロインのミシェルちゃんの幼なじみ、ヤンデレサイコワンちゃんのロイ。
三人目はクーデレ枠。最後の吸血鬼であり純血の血筋より生まれた
四人目はメンヘラ枠。誰よりも帝国を憎む愛を知らないエルフ、めんどくせぇ男セインカラッド・サンカル。
五人目は悲恋枠。一作目の攻略対象のうち唯一の帝国側の人間、スパイのサラ。
これらが一作目の攻略対象であり、彼等は二作目でも引き続き攻略対象となる。しかし二作目ではこの五人に加えて更に三人、攻略対象が増えるのだ。
一人目はまさかの溺愛枠。皆様ご存知冷酷無比なる帝国の次期皇帝、氷結の貴公子フリードル・ヘル・フォーロイト。
二人目は両片想い枠。誰よりも甘酸っぱくもどかしい恋をした男、オセロマイト王国第二王子マクベスタ・オセロマイト。
三人目は共依存枠。人らしい生き方を知らない不老不死の青年、国教会が誇る人類最強の聖人ミカリア・ディア・ラ・セイレーン。
とても濃い。癖が強いのだ、追加組は。
さて、この三名が攻略対象として新たに追加されて計八名を攻略出来るのが二作目の特徴なのだが……まだ仮定でしか無いが、この世界は二作目の世界のようなのだ。
えー、実はですね。改めて思い返すと…二作目に存在する全ルートのうち、六つのルートでアミレスって死ぬんですよね〜!
マジでふざけんなよ公式、お前らなんでそんなにアミレス嫌いなんだよ意味わかんねぇ。……いや、むしろ好きなのか? 好きだから殺しまくってんのか?
好きな子を虐める小学生男子かな??
いやそれはともかくだ。一体誰のルートでどう殺されるのかと言うと。
まずフリードルのルートではミシェルちゃんと結ばれた後、邪魔だからとフリードルに斬殺される。
マクベスタのルートでは謎の事故で死ぬ。
ミカリアのルートでは帝国によるミシェルちゃんの誘拐が発生し、ミシェルちゃんを奪った帝国への復讐劇が幕を開け、割と無関係なアミレスも惨殺の後十字架に磔にされる。
サラのルートでは皇帝からの勅命で、サラの手によりアミレスが暗殺される。
アンヘルとカイルのルートでは、それぞれがミシェルちゃんと結ばれそれにより帝国がミシェルちゃんに手出しが出来なくなった事から、アミレスにその責任が問われ斬首に処される。
…本当に意味がわからない。アミレスへのヘイトが高すぎるのよ。
ミシェルちゃんが果たしてどのルートに進むかわからないが……どこのルートに行くかによって私の生存難易度が格段に変わってしまう。
理想的なのは、二作目のシナリオではアミレスの死亡描写が無いロイかセインカラッドなんだけど…まぁ確率で言えば難しいわね。
この世界の中心のミシェルちゃんがどう生きるかによって全てが決まってしまう。私がどれだけ対策しようと意味は無いのかもしれない…だが、それでもやれる限りの事をやっておきたい。
そうと決まれば、やるべき事はどのルートに進んでも問題無いよう死亡率を下げる事ね。
皇帝が軽率に殺しにくくなるように名声を得るのと同時進行で………攻略対象達の、特に最も近い敵たるフリードルの手勢を減らしたい。そして私の味方を増やしたい。
そう考えたらやっぱり狙うべきは……フリードルの参謀になる秀才、鈍色のイケメンのレオナードね。でもまだ帝都にはいないし…少なくとも向こう数年以内には現れる筈だから、現れたら交渉してみよう。
マクベスタも確かゲームではフリードルの下についていたから、それは今のところ大丈夫な感じね。マクベスタは既にフリードル陣営より引き抜き終えている。
後は…フリードルの手勢と言う訳ではないけれど、アミレスの命を脅かしがちなスパイのサラ。
サラもどうにかしたいとは思うけれど、いかんせん我が帝国の諜報部は皇族でも立ち入れないのだ。そこに立ち入れるのは皇帝と諜報部の者のみらしい。
だからサラと接触する事は不可能。諦めなければならない。
……ちょっと待って、そう言えば何でマクベスタはフリードルの下についてたの? いくら親善交流でもそんな長期間帝国にいる訳無いでしょ、しかもフリードルの下につくとか……普通、交流が終われば自分の国に帰るは…ず……。
──待って、そうだ、何で私は今まで忘れてたの!? マクベスタは
まずい、まずいまずいまずいッ! このままだとオセロマイト王国が滅んでしまう!!
「っ! マクベスタ、確か帝国には一年ぐらい前に来たって言ってたよね!?」
「あ、あぁ、そうだが…急にどうしたんだ……?」
勢いよく起き上がって必死の剣幕で確認した私に、マクベスタはかなり動揺していた。
私が急にそんな事を言い出したので、言い争っていたシルフとシュヴァルツもピタリと口論を止めた。
しかし私は止まる事なく思考する。ぐわん、ぐわん、とする頭で必死に考える。
そうだよ、何で私は忘れてたんだ!? ゲームの一作目でも二作目でも……本編シナリオが始まった時にはもうとっくに──オセロマイト王国は滅亡していたじゃないか!
一作目ではフリードルの軍に従軍していたし、二作目では攻略対象入りだぞ、一国の王子が他国にいながらだ! ああもうっ、なんでこんなド忘れしてたのよ…っ!
マクベスタのルートで語られた事には、未知の感染症がオセロマイト王国で大流行し、瞬く間にかの王国を破滅に追いやったのだと言う。
その為、マクベスタは帰る家を失い友好国たるフォーロイト帝国に身を寄せる事となった……。
その感染症の大流行はマクベスタがフォーロイト帝国に親善交流に赴いていた時に起きたものだった。よって王国に当時いなかったマクベスタだけが生き残り、オセロマイト王国の人々は等しく死に絶えたのだと言う。
マクベスタのルートでマクベスタが言っていた、『オレには、帰る家が…もう無いんだ』と言う台詞が現実になろうとしている。
…どうしてこんな大事な事を忘れてたのよ私は! これを覚えていれば! 何か出来る事だってあったかもしれないのに!!
「ねぇマクベスタ、何か祖国から手紙が届いたりしてないの? ほら、オセロマイトの様子を伝える内容のものとか」
「それなら兄上から少し前に届いたが……本当にどうしたんだ、様子が変だぞ?」
冷や汗を滝のように流しながら、私は更に質問する。その時、焦りが相当表に出ていたのか、皆が心底心配したような面持ちでこちらを見つめていた。
「どーしたの、おねぇちゃん。顔色がさっきよりもずっと悪いよ」
「よく分からないけど落ち着いて、アミィ。体調が悪いんだからとにかく落ち着いて?」
シュヴァルツとシルフにもそう諭され、私は一度深呼吸をして心を落ち着かせた。
……落ち着け、落ち着くんだ。オセロマイトから手紙は届いてるらしいし、マクベスタはその手紙の事を平然と話している。ならばきっと、そんな危険を知らせる旨のものでは無かったのだろう。
ならまだ猶予はある。きっと、オセロマイト王国も今すぐ破滅したりはしない筈。
とにかく落ち着いて…私は、念の為に手紙の内容を聞こうとして、失敗に終わった。
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