第39話商談といきましょう。3
「あの、スミ……アミレス様。あの人は誰ですか」
メイシアがじっとマクベスタを見つめながら言う。
…これはもしや運命的な出会い? もしかしてメイシアったらマクベスタを意識してるのかしら! 確かにマクベスタは攻略対象らしく整った顔をしているものね!
どうしよう、こんな所でラブが起きるとは思ってなかったから心の準備が!
「私の剣術友達のマクベスタよ。真面目さが取り柄のオセロマイト王国の第二王子ね。で、マクベスタ! この子は私の初めての女友達のメイシアよ。凄く可愛いでしょう!」
二人の共通の知り合いたる私が二人の出会いをより劇的なものにしなければ! 意気込んだ私はとても元気よく他己紹介をした。
「…メイシア・シャンパージュです。アミレス様の初めての女友達です」
「…マクベスタ・オセロマイトです。アミレスとは剣の特訓仲間で……以後お見知りおきを、レディ」
メイシアは真顔でぺこりとお辞儀をし、マクベスタもまた優雅に一礼した。…こう言う所は本当に王子なんだよなぁ、マクベスタのやつ。
それにしてもよそよそしくないかしらこの二人。もっと仲良くなってもいいのに。
「……二人共私の大好きな友達だから、仲良くしてくれたら嬉しいな」
「大好き……!」
「だいっ、すっき…!? そ、そう言う事を気軽に言うな!」
二人が仲良くなりますようにと言う意味合いでそう言ったのだが、予想外にもメイシアとマクベスタが『大好き』と言う言葉に反応してしまった。
メイシアはぱぁああっと顔がみるみるうちに輝いていくし、マクベスタは少し頬を赤くしている。どっちも凄く純粋だなぁ。
そうやって和やかなに時を過ごしていたら、ふとメイシアが何かを思い出したように顔を上げて。
「あっ…そうだ、アミレス様。わたしに、何か手伝える事はありませんか?」
「手伝える事…?」
「アミレス様の事業に、何かわたしが手伝える事はありませんか? わたしも…アミレス様のお力になりたいんです」
メイシアは真っ直ぐとこちらを見つめて言った。
メイシアのその申し出も気持ちも有難いのだけど、ただでさえシャンパージュ家には物凄い数の発注をして迷惑をかけるつもりでいるからな…その上でメイシアを巻き込むのはちょっと……。
そもそも、もし万が一メイシアを貧民街に連れて行く事になったとして、それをあの伯爵が容認するだろうか。
それ以前にこの子に手伝って貰えるような事あるかしら……ハッ! いるだけで場が和むから現場の士気向上とか…?!
いや駄目だ、そんな事に伯爵令嬢を巻き込むな。
じゃあ何してもらうのよ〜! メイシアがこれだけ意気込んでくれているんだしその気持ちには応えたい、でも何も思いつかない…!!
どうしたらいいんだと頭を抱える私に、思いもよらぬ助け舟が出される。
「ねーねーおねぇちゃん、メイシアにゴミの山を一気にばーんって燃やしてもらうのはどうかなっ」
そう話すシュヴァルツは、軽やかな足取りで私の隣まで移動し、すごいでしょ褒めて褒めてとばかりに期待に満ちた目でこちらを見てくる。
そこで私は思案する……成程、メイシアに全部焼却してもらうって事ね。
確かにそうすれば掃除も楽ちんだし手間もかからない。話に聞く限り例の掃き溜めはかなり広範囲に広がるそうなのだが…恐らく、メイシアの魔力と魔眼があれば容易に全て灰に変える事が可能だろう。
しかし、あの魔力と魔眼を恐れるメイシアに無理やり魔法を使わせるような真似、私はしたくない。
「……確かにいい案だと思うけれど、メイシアに凄く負担がかかってしまうし…私はメイシアが嫌がるような事はしたくないしさせたくもないから。ごめんねシュヴァルツ、せっかく考えてくれたのに」
そうやって謝りながら、私はシュヴァルツのふわふわな頭を撫でた。
するとシュヴァルツは「おねぇちゃんが頭撫でてくれたからなんでもいいや」と宣い、特に気にしていない様子ではにかんだ。
本当に貴方は変わっているわね、と言おうとしたその時。メイシアが、私の手を強く握って言い放った。
「わたしは大丈夫ですっ、出来ます! アミレス様と一緒なら、何も怖くありません!」
宝石のように輝く少し変わった赤い両眼に私を映して、メイシアは自らを奮い立たせた。
私の手を握るその
私の存在がメイシアが前に進む足がかりになるのなら、喜んで引き受けよう。だって私はメイシアの友達だから。友達の為なら、私はきっと何だって出来る。
それに、私が傍にいればもしもの時すぐに消火も出来る。ならやはり、メイシアと一緒にいた方がいいよね。
「…メイシア。貴女に無理をさせる事になりそうだけど、本当に大丈夫?」
「っ、はい!」
「その時は私も傍にいるから、もしもの時はすぐに私に頼ってね」
「アミレス様がすぐお傍に…! がっ、頑張ります!」
メイシアがここまでやる気になってくれたのなら、私はもう大船に乗った気持ちでいさせてもらおう。
メイシアの協力も得られたと言う事で、それに喜んだ私は頻繁にお菓子を口の中に放り込む。流石はシャンパージュ伯爵家の茶請けね、凄く美味しいわ。
もぐもぐむしゃむしゃと無心でお菓子を食べる私に、何故かマクベスタがずっと視線を送ってきていた。しばらく視線を送られ続けると、流石に気になってしまう。
「どうしたの、マクベスタ?」
お菓子を食べる手を一度止め、マクベスタに尋ねる。すると彼は鳩が豆鉄砲を食ったような顔を作り、おもむろに話し出した。
「……少し気になっていたんだが、あれだけの膨大な予算はどうやって捻出したんだ? それに、建築には人手がいるだろう。そちらはどうするつもりなんだ?」
マクベスタは真面目な顔をしていた。本当に、マクベスタにはほとんど何も話さず連れて来たから…彼がこうして疑問に思うのも不思議ではないわね。
「今回の費用は私の皇宮に割り振られている予算から出してるの。どうせ数年間ほとんど使わず貯蓄して来た予算だもの、多少ここで使っても問題ないわ」
「多少…? 氷金貨約二千百枚を多少と言うのか、お前は……」
マクベスタが信じられない物を見るかのような目でこちらを見てくる。
だがしかし、本当に多少と言う気分なのだ。最低でも氷金貨二千枚分ぐらいは貯蓄もあるだろうなと私は思っていたのだが、実際の貯蓄はなんと氷金貨一万枚近くあり、恐ろしい事に氷晶貨も五十枚程あるらしい。
予算管理はハイラさんに任せていた為、詳しい年間予算をそもそも知らない私はこれが正常なのか異常なのかも分からなかった。
ハイラさんが平然とこの金額を提示してきたので、まぁそう言うものなんだろうな。と雑に自分を納得させたのである。
ちなみに私の皇宮と言うのは、皇宮の中の私のものとなっている東宮の事で、皇宮は全三つの西宮・北宮・東宮に別れている。
王子は西宮、王女は東宮、皇帝と后は北宮…と住む場所が綺麗に分けられているのだが、現在この国の皇族は皇帝とフリードルと私の三人のみで、それぞれの宮に一人で住んでいる状態なのだ。
本来その宮に住む皇族の年長者が宮の予算を管理するのだが、それがいない為、この東宮の予算は全て私が管理する羽目になっている。まぁ、恐らくフリードルも皇帝もそうなのだろうけど。
その為、私──アミレスにこれまでの十二年間与えられ続けた
そりゃあ、多少とか、かっこつけた事も言えちゃうよね。
「人手の方は全然大丈夫。現地の人達に手伝ってもらうつもりだから。ちゃんと働きに応じて給金もあげるつもりよ」
ついでとばかりに私は人手の方の説明もした。これならわざわざ大量に業者等を雇用する必要も無いし、貧民街の方々に働くと言う事を知ってもらえるチャンスにもなる。
合法的な方法でお金を与える事も出来るしね。流石は私、天才的発想だわ。
そんな鼻高々な私に、マクベスタがさらりと告げる。
「こう言っては失礼だが、貧民街の人達が土木作業に耐えられるだけの体力があるとは思えないんだが…食事も満足に取れないと聞くからな……」
あっ。そう言えばディオさん達も貧民街の子供にいいご飯を食べさせてあげたくて金稼ぎしてるって言ってたな。
………やっぱり食料問題って大変なんだな、やっべ、なんにも考えてなかったわ。
途端に顔に背中に冷や汗が流れ出す。ここまで自慢げに言っておいてこんな初歩的な所を考えてなかったとか恥ずかしずぎる、どうしよう。
そうやって頭の中をぐるぐるとさせていると、
「マクベスタ王子殿下、それは愚問と言うものです。アミレス様がそのような初歩的な問題を見落とす筈が無いでしょう!」
メイシアが私の腕にぎゅっと抱きついて、ぷんぷんと怒りながら言った。
ごめんよぉメイシア。残念ながら私はその初歩的な問題を見落としていたんだ。ああもう、穴があったら入りたい!
「それもそうだな」
「アミレス様の事ですから、貧民街の人達の為に、きっと炊き出しと言った食事の無償提供をしばし行うと計画されていらっしゃるのでしょう。ですよねっ、アミレス様!」
メイシアのキラキラした瞳と視線が私を貫く。メイシアってば本当に頭良いわね! そんな事思いつきもしなかったわよ私。
メイシアの言葉を受けてマクベスタは、まさかそこまで…! と言いたげにハッとした顔となった。
更に、シュヴァルツもまた「すごーい! おねぇちゃんすごーい!」とぴょんぴょん飛び跳ねながら騒ぎ出してしまったので、私はいよいよ打つ手がほとんど無くなってしまったのだ。
なので、私は、
「………まぁ、その予定ではあるかな」
とメイシアの案を横取りしてしまった。本当にごめんなさいメイシアわざとでは無いのよだって今はこうするしか道が──。
「流石ですアミレス様! その時は是非、シャンパー商会にもお手伝いさせてくださいっ!」
「やはりアミレスは凄いな……オレにはそのように考える事も行動する事も出来ない」
「おねぇちゃんすごぉーい!」
三人からしばらくそうやって賞賛され続け、ついに良心が崩壊しかけるその時まで…私は良心の呵責に苛まれた。
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