第29話奴隷解放戦線2

 ……──それは、子供達が地下から脱出した時の事。


「そんなにスミレが心配?」


 懸命に走る子供達の列の中、シュヴァルツは隣の少女にそう問うた。

 少女は藍色の髪で顔に影を落としながら、小さく頷く。


「ふぅん、それなら今すぐスミレの所に行った方がいいよぉ。このままだとスミレは間違いなく無事じゃ済まないだろうねぇ」

「どういう事?」

「スミレはとても強いのかもしれないよ? でもさ、どれだけスミレに才能があろうとも──あの子はただの・・・子供・・じゃん?」


 その時、メイシアは息を呑んだ。

 どれ程彼女が自信に満ち溢れていようとも、自分とさして歳も変わらない少女である事を思い出したのだ。


「だからさ、色々と手札を持ってる君が助けに行けばいいと思ったんだよねぇ」


 ぼくってば天才! と笑い、シュヴァルツはメイシアの顔を覗き込んだ。メイシアは赤い双眸を小さく揺らして黙り込んでいたが、おもむろに口を開いた。


「……──スミレちゃんの所に行ってくる。恩返し、しなきゃ」


 そう呟くやいなや、少女はくるりと踵を返して子供達の列から外れた。

 何人かの子供にその背を見送られながら、少女は建物の中へと戻ってゆく。


「頑張ってねぇ、メイシア。スミレもちゃあんと無事で戻って来てくれるといいなぁ」


 シュヴァルツは誰に伝えるワケでもなく独り言を呟き、鼻歌交じりにスキップする。

 そして、逃げる子供達の列からこっそり外れたメイシアは──……追っ手の奴隷商の男達を物陰に隠れてやり過ごし、アミレスがいるであろう管理者ボスの部屋目指して一生懸命走り出す。


(──どうか、無事でいて。スミレちゃん!)



♢♢



 ディオリストラス達が子共達を連れてあの建物を出てから数分。

 まだ少し噴水広場までは距離がある。だがしかし、列の後方では奴隷商の男達がぎゃあぎゃあと騒いでいるではないか。


「おいジェジ、追っ手の数はどれくらいだ!?」

「うーんっ、いっぱい!!」


 獣人であり、五感に優れたジェジに後方確認を指示する。

 しかしディオリストラスの望んだ答えは返ってこず。かなり大雑把な返事に、額に手を項垂れた。


「〜〜ああもうっ! エリニティ、イリオーデ、ジェジ、バドール、シャルルギル、お前等は追っ手の撃退に向かえ!! ユーキは魔法であいつ等の援護だ! メアリード、ルーシアン、クラリス、ラークはこのままガキ共を目的地まで連れて行け!!」


 列の各所に散らばっていた仲間達に聞こえるよう、ディオリストラスは低い声を張り上げた。

 彼の指示を聞き、「了解!」と言って次々と列を抜けていく大人達。彼等は己の得物を手に逆走し、追っ手の撃退に向かう。

 その流れに乗じ、何か思うところがあったらしいディオリストラスは躊躇うように立ち止まるも、意を決して逆走する。


「──っラーク、後は頼んだ! あのガキが心配だから俺は戻る!!」

「はいはい。心ゆくまで守ってあげなよ!」


 現場指揮を右腕のラークに任せ、先程通ったばかりの道を全速力で疾走する。

 速度を緩める事なく角を曲がったからだろうか。凄まじい勢いで人とぶつかりよろめく。

 だが被害は相手の方が大きかった。なんと相手に至っては──飛ばされた拍子に尻餅までついてしまっていた。


「いった……って、悪ぃ! 大丈夫かアンタ!?」


 暗がりの中にぼんやりと見える大きなシルエット。焦るディオリストラスが声をかけると、


「だ、大丈夫だよ。すまないね、僕の不注意で」


 儚げな印象とは少しギャップを感じる、爽やかで落ち着いた声で男は返事した。

 身に纏うものは黒を基調とした見慣れない祭服。砂埃をはらいながら立ち上がり、彼は人当たりのいい笑みを浮かべる。


「どこか怪我とかしてないかい? もしあるならば言ってほしい。僕で良ければ、治すよ」


 どう考えても自分の方が派手に被害を受けていたのに、彼はディオリストラスに怪我がないかと尋ねる。

 コイツとんでもねぇ善人だ! と恐れおののく傍らで、ディオリストラスはある事に気がついた。


「アンタ、まさか治癒魔法を使えるのか?!」

「あぁ。こう見えて──というか見ての通り、元聖職者でね」


 治癒魔法とは光の魔力を持つ者にのみ扱える魔法である。そもそも光の魔力が希少属性に分類されているので、治癒魔法の使い手はかなり珍しい。

 そのうえ治癒魔法を扱える者の大半は教会などに属する聖職者なので、道を歩いていてバッタリ会う確率なんて相当低いのである。

 だが、その確率を無視して元聖職者の男が現れた。これを好機と捉え、ディオリストラスは一歩踏み込み彼に詰め寄る。


「頼む! この先の噴水広場に怪我やら病気やらのガキがわんさかいるんだ! アンタ、聖職者なら治してやってくれねぇか!?」


 男の肩を両手で鷲掴みにし、頼み込む。


「えっ、君を治す訳ではないのかい?」


 まあ当然の反応である。しかし、ディオリストラスは諦めが悪かった。


「礼なんて大した事は出来ないが、それでも俺に出来る限りの礼はする!! だから頼む、このとおり!」

「…………まぁ、乗りかかった船だ。別に構わないよ」

「本当か!?」


 ディオリストラスがバッと顔を上げると、男は眉尻を下げて困ったように笑った。


「この先の噴水広場だね、任せて。あと礼なんていらないよ、人を癒すのは僕達の仕事だからね」

「アンタめちゃくちゃ良い奴だな!? ……ってそうだ、名前は?」

「良い奴って……君こそ人が良さそうだね。ええと、名前か。──僕の事はリードと呼んでくれ」

「俺はディオリストラスだ。長ぇし、ディオでいいよ」


 ディオリストラスとリードは友好の握手を交わし、


「あのガキ共の事、頼む」

「うん、頼まれました。君も何か急いでいるみたいだけど、あまり無理はしないようにね。焦るとミスが増えるから」


 そして早速別れた。

 すれ違うように別方向へと足を踏み出す。リードは噴水広場の方へ、ディオリストラスは奴隷商の拠点の方へ。

 速さは違えど、どちらも走って目的地へ向かう。


(……俺達相手にあれだけ大見得切ったんだ。絶対無事でいろよ──スミレ!!)


 街灯の魔石灯ランタンだけが照らす夜の細道。

 ディオリストラスは、妙な虫の知らせを感じながら走り続けていた。

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