第10話ある王女の決意
朝起きたら、目の前に白金の美しい毛並みを持つ猫がいました。
窓から迷い込んで来たのかな……と猫を眺めていると、猫の両目がパチリと開かれた。その目は見れば見る程不思議なものだった。
不思議でどうしても心惹かれるその目をじっと見つめていると、猫もまた私を見つめ返しているように、微動だにせずこちらを見上げていた。
「にゃ、にゃー……猫さんはどこから来たの?」
何だこの大人しすぎる猫はと思いつつ、私は猫に話しかける。
しかし猫は一切動かず、ただずっとこちらを見上げているだけだ。
なんだろう、とても恥ずかしいし怖いわ。
そうやって一人で考えを巡らせていると、
「精霊界だよ」
──猫が、喋った。
めちゃくちゃ普通に、なんの前触れもなく、猫が人の言葉を喋った。
そんなものを目の当たりにして驚かない筈もなく。私は布団を押しのけ飛び起きて、物の見事に頭から落下した。
「〜〜っ!」
「アミィ?!」
ドンッという音と共に床に落ち、私は後頭部を抱えてのたうち回る。
痛い、あまり痛くない気もするけれどやっぱり痛い。床にカーペットが敷かれて無かったら危うく大怪我だったわ。
ん? というか今、シルフの声がしたような気が。でもあの光はどこにもいないし──……あ。そういえばさっきの猫の声、どことなくシルフに似ている気が。
「ねぇ、猫さん。あなたってシルフなの?」
軽やかにベッドから降りて来た猫に、私はそんな馬鹿みたいな事を尋ねる。
すると猫はこくんと頷いて、
「そうだよ。ただの光じゃあ出来ない事が多いから、この姿に変えたんだ……ってボクの事よりも、アミィ大丈夫? 今頭から落ちたよね?」
そのぷにぷにとした肉球で私の頭を何度か撫でた。どうやら心配してくれているらしい。
私はそれに大丈夫だよと返して、ゆっくりと起き上がり、猫を抱き上げてからベッドに腰を下ろす。
そしておもむろに猫を掲げ、私は感嘆の息をもらす。
「可愛い……」
やっぱり猫はどの世界でも可愛いものね、とても可愛いわ。
しかしこの猫、ただの猫じゃあない。ご存知の通り喋るのだ。
「可愛いのはアミィの方だよ、ほら、さっきのにゃーってやつとか凄いかわ──」
「その事なら今すぐ忘れてちょうだい本当に恥ずかしい! 猫さんがシルフだって分かってたら絶対やらなかったって……っ!!」
「えぇ、それは残念だ。凄く可愛かっ──」
「だから忘れてって!」
なんとこの猫、人の黒歴史を平然と語ろうとする。野生の猫だと思ってあんな事言っちゃったのに、まさか野生でもなんでもなく友達の精霊だったとかもう恥ずかしすぎる……っ!
その後しばらく猫シルフの背を撫で続けていると、ハイラさんが朝食を持ってやって来た。
まだ体調が悪いだろうからと食べやすいものばかりを用意してくれたようで、ハイラさんの優しさが心に染みるようだった。
だがしかし。先程からそんな気はしていたが、今の私はかなり元気で熱もほとんどないのだ。
不思議な事に、たった一晩ぐっすり寝ただけで私は全快したらしい。どれだけ回復能力が高いんだろうか、アミレスは。
ハイラさんが用意してくれた朝食を食べ終わったにも関わらず、私のお腹は恥ずかしい音を発した。
それを聞いたハイラさんは『他にも用意してきますね』と暖かい目で微笑み、シルフには『仕方ないよ、昨日は昼食も夕食もとってないんだから』と慰められた。
二十分程して戻って来たハイラさんはサンドイッチを作って来てくれた。妙に生暖かい瞳でこちらを見守るハイラさんに戸惑いつつ、サンドイッチを味わう。
朝食を食べた後、私はハイラさんなら信用出来るとシルフの事を話した。
ハイラさんは驚いたように目を丸くしていたが、すぐさまこれを受け入れ、『姫様をよろしくお願い致します、精霊様』と恭しくお辞儀をしたのだ。
そんなハイラさんが朝食の後片付けに向かい、部屋には私と猫シルフが取り残される。猫シルフを抱えたままソファで横に寝転がり、私は思う。
……──本当に私は、アミレスになったんだと。
一晩経って、改めて現実なのだと実感する。私は本当にアミレスになって……このままだとフリードルか皇帝か──とにかく誰かしらに殺される運命にある。
とりあえず誰かに殺されたり、死なないように色々努力しようとは決めたけれど、本当に上手くいくだろうか。
ちゃんと生き延びる事が出来るだろうか。
ちゃんと──、
「幸せになれるのかなぁ」
無意識のうちに、私はそうこぼしていた。
景色も、食べ物も、建物も、人も、服も、何もかも私の知る世界とは異なるこの世界で……私は本当に、目的を果たす事が出来るのだろうか。
それが心配で、不安でたまらないんだ。しかもただ生き延びるだけでなく、私の目的は幸せになる事。
ゲームで非業の死を遂げたアミレスの為にも、そして私自身の為にも、私は幸せになりたい。
本当に叶えられるかも分からない夢に、もう既に足が竦んでいる。
でも……私に出来る事は運命に抗ってがむしゃらに努力し、何としてでもハッピーエンドを掴み取る事だけ。
ならばそれをやり遂げるしかない。
それしか、私には道が無いんだ。
「どうしたの、アミィ? 何か不安な事でもあるの?」
猫シルフの肉球が私の頬をぷにぷにとつつく。声だけでなく、表情にも私の不安が漏れ出ていたらしい。
私は猫シルフを抱きしめて、
「……あのね、シルフ。私ね、その内──父か兄に殺されちゃうんだ。他にも、死ぬ可能性がたくさんあるの。でもね……私、死にたくない。生きて、幸せになりたい」
転生者だという事は伏せたまま、胸中を吐露する。
シルフは私の言葉を静かに聞いてくれていた。
「だからね、私、これからいっぱい努力するね。いっぱい努力して、頑張って、そして生き延びてみせるから…………応援してて欲しいの。一人じゃあきっと無理だから、シルフに傍で応援してて欲しいの」
私の言葉にシルフはとても優しい声音で、
「いいよ。ずっと君の傍にいる」
と答えてくれた。
「それでもね。結局私の努力が水の泡になっちゃったら……その時は。父や兄に──誰かに殺される前にシルフが私を殺して。私の人生を、他人に踏み躙られたくないの」
「…………嫌なお願いだね。そうはならない事を祈るよ」
シルフが傍で応援してくれると約束してくれた。それだけで私は頑張れる。
先程まで私を縛り付けていた不安が消え去ったかのように、私の心は軽やかだった。
「ありがとうシルフ。私、これできっと頑張れるよ。絶対に幸せになるから……最後まで見守っていてね」
もう一度猫シルフを抱きしめて、私は少しばかりの笑みをこぼす。
「うん、楽しみにしてるよ。君が幸せいっぱいに笑ってる姿を見られる日をね」
シルフもきっと、同じように笑ってくれているだろう。目の前には猫しかいないから、そういう表情とかはよく分からないけれど……本当に楽しみにしてくれている。
それなら私は頑張れる。きっと、最後まで頑張れる。
動機はこれで十分だ。
私は幸せになりたくて、それを応援してくれる人が傍にいる。それだけで、私は頑張れる。
……──目が覚めたら、私は大好きな乙女ゲームに出てくる悲運の王女に転生していた。
なので私は、何かと殺され死んでしまう彼女の運命を捻じ曲げて、生き延びて幸せになると決意した。
私は幸せになりたい。死にたくない。
生きて出来る限りの未来と幸せを守りたい。
だから、ここに私は宣言しよう。
────目指せ、ハッピーエンド!!
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