第4話目覚めるとそこは異世界でした。3

「あ、そうだ。精霊さんの名前は?」


 私はあの後、「名前、思い出したよ」と言って名乗ったが……そういえば精霊さんの名前は聞いてないなと思い出したのだ。

 いつまでも精霊さんと呼ぶ訳にもいかないし、名前ぐらい教えてくれてもいいんじゃないかなぁと。


「名前……ボクには名前なんて無いよ」


 精霊さんの声が少し曇る。なんだか少し寂しそうな声で、それを聞いた私はつい、分不相応な事を言ってしまった。


「じゃあ、私が名前をつけてもいいかな」

「君が?」

「だめ?」


 ピタリと足を止めて、傍を飛んでいた光を見上げる。


「…………いいよ」


 精霊さんは間を置いてから答えた。それに喜び、私は待ってましたと言わんばかりに名前を考える。

 やっぱり精霊さんだから、愛嬌のある名前がいいわよね。

 精霊と言えばサラマンダーやウンディーネやシルフィードやノームが有名所よね、これをもじるなんてどうかな。

 ウンディーネ……シルフィード────シルフ。

 うん、いいじゃない。これにしましょう。


「シルフ、なんてどうかな?」


 光を見上げ、私はドキドキワクワクしながら提案した。


「…………」


 しかし精霊さんからのめぼしい反応は無い。

 駄目だったのかなと心が萎えてゆくが、それも気にせず次の案を模索しようとしたその時。

 光から、僅かだが声が聞こえてきた。


「シルフ。シルフ……ボクの……名前……」


 宙に浮かぶ光に耳を近づけて、ようやくそれを聞き取った。

 精霊さんは、噛み締めるように『シルフ』という仮称を何度も繰り返し呟いている。


「──ありがとう、すごく嬉しいよ! ボクの事はシルフって呼んでね!」


 どうやら喜んでもらえたらしい。なんとも安直な名付けではあるのだが、こうも喜んでもらえたのなら私としても満足だ。


「えっと、じゃあ……シルフ」

「ふふっ……自分だけの名前で呼ばれるのって、何だか胸が暖かくなるね」


 光から、シルフの嬉しそうな声が聞こえてくる。

 その後もシルフからは興味深い話をたくさん聞かせてもらった。その中には、この国の話もあって。

 

 ゲームでは本編開始前の話はあまり語られなかったけど……全く無かった訳では無い。

 ファンブックの中で、帝国側の裏話みたいな感じでいくつか帝国で起きていた事件などが年表で記されていた。

 なので、ゲーム本編もその前日譚にあたる部分も把握しているし、攻略対象達それぞれのルートで語られた過去の出来事なども大まかにだが把握している。

 つまり──私はこれからこの世界で起きる事件を知っている。この手の話では当然の事だが、私にはそれらの事件を阻止する事も出来る。


 未来を知っているのだから……守れる限り、助けられる限り、私は力を尽くしたい。

 私の最終的な目的はただ一つ。

 皇帝達にいいように使われて殺される運命を回避して幸せになる事、なのだが…………だからって彼等の悲劇を見て見ぬふりなど出来る訳が無いだろう。

 だから私は──可能な限り彼等を守り、待ち受ける悲惨な運命から彼等を救おう。

 アミレスも皆も、やっぱりハッピーエンドが一番だしね。



♢♢♢♢



「アミィはどうしてさっきからずぅっと地図を作っているの?」


 シルフが興味津々とばかりに聞いてくる。どうやら、私が地図を書いている事がずっと気になっていたらしい。


「私は全然この城の事を知らないからさ、少しでも知る為にこうして自分の足で見て回っているの」


 脳内で城の構造を完璧に記憶出来るのならそれだけで良かっただろうけど、今の私にそんな余裕は無い。

 なので、こうして地図にして記すのだ。


「まだまだ小さいのにアミィは凄いね」

「そう? ありがとう、嬉しい」

「……本当に大人びてるね、君」


 少しばかり、ギクリと肩を跳ねさせる。

 多分今のアミレスは六歳程。ゲームで出てきたアミレスは十五歳だった。つまり、ゲーム開始まではまだ十年近くある。

 大丈夫だ、これならまだ色々と対策出来る。

 この十年で剣や魔法を会得してもしもの時は応戦し、皇帝や兄には近寄らないようにしよう。どうせその二人からアミレスは疎まれているんだ、関わる事なんてそうそう無いだろう。


 それと問題は帝国側の攻略対象達ね。

 冷酷無比な兄と、スパイの男と、亡国の元王子。

 兄以外はアミレスと直接的な関係は無かった筈だけど、念の為注意しておきたいわね。

 ……うーむ。しかし、どれも兄陣営になるのよねぇ帝国側の攻略対象って。

 兄も目下の敵な訳だし、兄の手勢を減らすっていうのも、意外と有りなんじゃないか?

 出来れば死亡フラグの塊みたいな攻略対象達とは関わりたくないけど、どうせなら兄の手勢を減らヘッドハンティングしたいからなあ。

 そしたら、もし万が一この世界が兄のルートに進んだとしてもすぐに死ぬような事はないだろう。生存確率アップの為に、兄陣営からの攻略対象の引き抜きも検討しておこう。


 まぁそもそも、この世界が一作目か二作目かによって兄が攻略対象か否かが決まるのだが……もし兄が攻略対象だった場合、ミシェルちゃんが兄のルートにだけはいかないよう、気をつけなければならない。

 何せ兄のルートは──ハッピーエンドでもバッドエンドでも、アミレスは兄に邪魔だからと殺されるのだ。


 一作目では愛する父親に殺され二作目では愛する兄に殺されるなんて……シナリオライターは本当にアミレスが嫌いなんじゃないかとすら思った。いや割とマジで。

 シナリオライターさん、アミレスに親でも殺されたんか? と、誰かと失笑混じりに話していた気がする。

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