第3話目覚めるとそこは異世界でした。2

 体感二十分程が経った頃には、地図作成も二枚目に取り掛かっていた。この家は、何かの宮殿か? と思ってしまうぐらい、広大でややこしい建物だった。本当にどこなのか分からない。

 思い返せば、この幼女の部屋にあった本はマナーや語学の本ばかりで歴史書などは無く、場所の特定なんかも難しい。

 だからこそ。何かしら役に立てようと、この幼女の本棚にあった一冊の本を下敷き代わりに拝借しているのだけど。


「……それにしても誰もいないなぁ」


 人と出会いたくない気持ちと誰かと出くわしたい気持ちがぶつかり合い、気づけばそんな事を呟いていた。

 誰かから答えが返ってくるはずも無いのにね。


「外でお祭りをやっているからじゃないかな。隣の城には随分と人がいるみたいだけど……」

「っ?!」


 頭上から突如声が降ってきて、心臓が飛び出てしまいそうな程驚く。

 慌てて声のした方を振り向くと、そこにはホタルみたいなぼんやりと光る明るいものがふわふわと浮いていて。

 突然の事にカタカタと顎が震える。すると、その光がふよふよと漂いながら、


「あー……もしかして怖がらせちゃった? ごめんね、急に声をかけたらそりゃあ驚くよね」


 そうやって謝ってきた。この光、一体何なのだろう。どうして光から声が聞こえるんだ……?

 何とか深呼吸を繰り返し、鼓動を落ち着かせる。そしてその光に向けて、私は尋ねた。


「どちら様……ですか?」

「ボクかい? ボクは──精霊だよ」


 光はそう答えた。その言葉に、私の体がピクリと反応する。

 精霊……ファンタジー世界ではお決まりの存在。それがここに居るという事は……つまり、この世界はファンタジー世界だ。もしかしたら魔法等もあるのかもしれない。

 もし魔法があるのなら……頑張って極めたりしたいなぁ。剣でもいい。

 異世界に転生したから魔法を極めるなんてとっても夢のある話じゃない。あぁ、やりたい事も出来てしまった。これからがとても楽しみだ!


「君、名前はなんて言うの?」


 急遽地図の端にやりたい事一覧を作り、そこに魔法や剣の習得と記していると、精霊さんの光がスーッと私の顔の近くまで動いて聞いてきた。

 名前かぁ、と考えてふと気づく。私……幼女の名前はおろか自分の名前すらも分からないじゃない。


「…………全然分からない」


 本当にこうとしか答えられない。前世の記憶と呼べるものもどういうわけかかなりムラがあって、自分の事は全く思い出せない。

 現状わかっているのは……自分がオタクだった事と、前世の記憶を持ったまま転生してしまったという事だけだ。


「自分の名前が分からないって、もしかして記憶喪失? それって大変な事じゃあ……」


 精霊さんが心配そうに言う。どうしてそんなに冷静でいられるの、と精霊さんは続けた。

 私はそれに質問で返してしまった。


「……何にも分からないから、今こうして、色々情報を集めているの。精霊さんはここがどこか知ってる?」

「えっとねぇ、ボクも人間の国にはそこまで詳しくなくて……ちょっと待ってね、今調べてくるから」


 ピタリと動きを失った光から、ドタバタとした音が聞こえてくる。

 調べてくるとは一体どういう事なのだろうと思いつつ、待っててと言われたからその場で立ち止まる。

 少しして、精霊さんの光が「お待たせ!」と元気よく動き出す。


「君がいるその国の名前は分かったよ。名前は────」


 私は、その名前を聞いて驚愕した。どうしてその名前がここで出てくるんだと。

 これまで私が感じていたワクワクやドキドキ、これから先の楽しみなどは、一気に失われる事となる。

 それと同時に、この体の本来の持ち主である幼女の素性をも把握する事となった。


 ……──フォーロイト帝国。

 それがこの国の名前であり、私が前世でこよなく愛していた乙女ゲームに出てきた、大国の名前だ。

 あぁ神様。どうして、私をこの世界に転生させたのですか。それも……よりにもよって、彼女に。

 フォーロイト帝国にいる銀髪で寒色の瞳の幼女なんて、一人しか心当たりが無い。先程感じた既視感はそういう事だったのか。



 彼女の名前は、アミレス・ヘル・フォーロイト。

 家族からの愛を求め続けた、悲運に縛られし帝国の王女。



 彼女の結末はとても悲しいものだった。彼女の一生はとても悲しいものだった。

 ゲーム一作目の全てのルートにおいてヒロインを殺す敵キャラであったにも関わらず、凄まじい人気を博した悲しき悪女。

 私は、どうやらただの異世界ではなく、乙女ゲームの世界──それも非業の死を遂げる悲運の王女に転生してしまったらしい。


 とりあえず、情報を整理しよう。


 この世界は前世で私がそれはもうやり込んだ乙女ゲーム『UnbalanceアンバランスDesireディザイア』通称:アンディザの世界だと確定した。

 舞台は魔法に溢れた陰謀渦巻く大陸。ヒロインはハミルディーヒ王国という国で生まれ育った十四歳の少女、ミシェル・ローゼラちゃん。

 彼女は一作目なら五人……二作目なら八人の攻略対象のうちいずれかと恋に落ちるのだ。


 神々の愛そのものである天の加護属性ギフトという強大な力と神々の加護セフィロスという加護を天より授けられた事により、戦禍に巻き込まれる事となった少女。

 天属性に限らず、その加護属性ギフトと呼ばれるものは人智を超えた力を有する。

 加護属性ギフトを持つミシェルちゃんを、たまたま自国で生まれ育った子供だからとハミルディーヒ王国は切り札として保護し、フォーロイト帝国は彼女を疎ましく思った。

 その為、フォーロイト帝国はアンディザ本編にて、ミシェルちゃんを殺す為にアミレスをハミルディーヒ王国に送り込んだり、加護属性ギフト保持者を殺すついでに国を滅ぼすか。と戦争を始めたのだ。


 フォーロイト帝国が侵略戦争を始めた事により、ハミルディーヒ王国の切り札としてミシェルちゃんは攻略対象と共に戦場へと向かう事に。

 それまでの選択肢や好感度によっては、ミシェルちゃんや攻略対象が死んだりもする。

 ……ただ、ミシェルちゃんは戦場だけでなくそれ以外にも死ぬパターンがある。それが、アミレスに殺されるパターンか、攻略対象に殺されるパターンなのだ。

 アンディザで最も哀れなキャラとまで言われるアミレスは、敬愛する父親──皇帝エリドル・ヘル・フォーロイトからの勅命によりハミルディーヒ王国に潜入し、ミシェルちゃんの暗殺を決行する。


 その殺害方法は攻略対象の数よりも多く用意されており、とある時点での一定数の攻略対象からの好感度が低ければ暗殺は成功。

 それも、どの攻略対象の好感度が低いかによって殺害方法は変わり、一定数の攻略対象からの好感度が高ければ暗殺は失敗……と言う風に、コンプリートが非常に難しい仕様になっていたのだ。

 しかも、どうしてかは分からないが全ての暗殺成功シーンに専用CGがついているものだから、オタクとして回収しない訳にもいかず、一度全てのルートを終えてから延々と好感度調整を行ってはアミレスに殺される……なんて作業を繰り返していた。


 そして、一度本編を終わらせた上で全ての暗殺成功CGを見た後に解放されるアミレスのSSショートストーリー【親愛なる、お父様へ】が、アンディザファンの間で話題となったのだ。

 ゲームはヒロインの視点で繰り広げられる為、ヒロインが死んだ後の事は分からない。

 だがアミレスのそのSSショートストーリーは、ミシェルちゃんが死んだ後の話だった。


 ミシェルちゃんを殺した後アミレスがどうなったのか…………アミレスという悲しき少女がどれだけ純粋な思いで血の滲むような努力を重ね、そして結局報われずに非業の死を遂げたのかを知って……誰もアミレスを憎めなくなった。

 誰もが、『あんな面倒臭い作業をさせやがって!』と恨みはしたが、それでもあの話を見てしまったが最後、どうしても彼女を憎めなくなった。

 本編の長さから考えるととても短い話だったが、そこからアミレスの純粋な思いを感じ取れてしまったから。


 愛する親の手によって殺されるその時まで、愛されたかったと願う少女。帝国の王女なんて異様な肩書きよりも、悲運の王女と呼ぶ方が似合うとアンディザファンをして言わしめた程の敵キャラ。

 それが、私が転生したアミレス・ヘル・フォーロイトなのだ。

 本当に酷い話なのだが、アミレスは暗殺が成功しようと失敗しようと悲しい死を迎える。

 なんと私は、そのアミレスになってしまった。このままゲームに沿って生きていけば、皇帝やその側近や攻略対象達によって殺されるバットエンドが待ち受けている。

 死にたくなんてない。だからバッドエンドだけは断固阻止、だ!



 悲運の王女に転生したんだし、私は私なりのやり方でハッピーエンドを掴み取ってみせる。

 絶対に幸せになってやるわよ、私は!!

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