「涼太さん、どう?」


「……んまい。」


姉の元恋人、幸平との生活は意外と快適だった。




幾つかのルールを決めて始まった、共同生活。

他人と暮らすことに対し、色々と思うところもあったが…。


何かと器用さが発覚した幸平は。

私生活にて予想以上に、役に立ってくれたのだ。






まず、何より飯が美味い。

お互い違う会社に勤務している為、毎日一緒とはいかなかったが。幸平が定時で上がった日は必ず、夕食を作って待っていてくれた。


その姿はまるで新妻か、とツッコミたくなったが…

料理の腕前は、主婦顔負けなほどだった。






「へへ、涼太さんに褒められた~。」


俺の何気ない一言にさえ、大袈裟に喜ぶ幸平。





「単純なヤツだな。」


「だって涼太さんに美味しいって言われたくて、作ったんだもん。」


良い年した、俺よりデカい男がなんて喋り方すんだとか。んな恥ずかしい事さらりと言わないで欲しいとか…。


色々考えるけど。





「明日は生姜焼きがいいな…」


「うん…分かったよ!」


こういうのも悪くない。

父を亡くしたばかりの俺にとってコイツは、不可欠だったのかもなって…。


幸平の存在に、救われてる自分が確かにいたんだ。






そんな日々が何日も過ぎた夜のこと。


俺は上司の付き合いで酒に酔い帰宅。

帰った足で、そのままリビングのソファでウトウトしていた時に、


事件は起きた。








「涼太さーん、スーツ皺寄っちゃうよ?」


「ん~…?」


くらりとする思考で生返事すると、急に身体が軽くなる。どうやら幸平に抱き起こされたらしい。






「ほら、部屋のベッド行こ?」


立ち上がろうとする幸平に、フラフラ千鳥足の俺。

酔っ払いはなかなか言うことが聞けず、耳元で困ったなぁと溜め息が聞こえてきた。


擽ったくて、堪らず幸平の胸に耳を擦り付ける。

すると幸平の身体が、ビクンと大きく跳ねた気がした。






「涼太さん、ヤバいから早く…」


急かそうとする幸平だったが、焦る気持ちが裏目になり…俺の足はモタモタと絡むばかり。殆ど幸平が俺を支えている状態なのだから、それも無理はない。






「ん~幸平ぁ…」


俺も酒の所為で無性に眠くなり、甘えるよう幸平へとしがみつく。暫く固まっていた幸平だったが…





「もう…ダメだってば…」


その声音はだんだんと低く余裕の無いものになっていき…。支える腕の力は、より一層強められていった。







「ゆきひら…?」


くいと指で顎を上向きにされ、虚ろな視界に幸平の顔が映る。こうしてじっくり見たのは初めてだったが、童顔の割にどこか男らしいなと感じた。


その顔が、ゆっくりとこちらに近付いてくる。






「涼太さん…」


「ゆきひ─────」


酔ってはいた。

接待に疲れ、凄く眠くもあった。

それでも意識はちゃんとあったんだ、だから───…







「なっ、な…」


今コイツが俺に何をしたのか、認知しているのに理解出来ない。


いや、本当は解ってたけど。

あまりに衝撃的過ぎて、思考が追いつかなかったんだ。






「な、んで…」


真偽はどうあれ、コイツは俺の姉の恋人だった男だ。

間違っても俺なんかと、どうこうあるワケがないなんだ。


ならなんで男の幸平が、





「おま、きっ、キ────」


俺にキス、なんかしてくるんだ?






「ごめんなさい、あんまり涼太さんが可愛いことするから…」


我慢出来なくて、と言いながら俺を見下ろしくるその目は。なんとも愛おしげに俺を捕らえ、まともに直視などしてはならないと、何かが訴えてくる。





「な、かわ……はぁ…?」


酔いもどこえやら。

オロオロと、幸平の腕の中で慌てふためく俺の顔は噴火寸前。そんな俺を、幸平は飛びっきりの笑顔で包み込んだ。





「オレ…初めて会った時から、ずっと涼太さんが─────…」








*****




「ああ、それウソよ。」


悪びれた様子も無く答える姉…美穂に。

俺は開いた口が塞がらない。






「だって幸平が、あんたのコト好きだって言うから~。」


「じゃあ…アパート退去させられたとか、恋人だったってのも全部、」


ウソに決まってんでしょうと、カラカラと笑う姉。

俺にはこの姉を責める術など…産まれた時から無かったのである。






「ごめんね、涼太さん?」


姉が颯爽と帰ったあと、幸平が眉を下げ俺の顔を覗き込む。気のせいか、やけにくっついてないかコイツ…





「……最初から、俺目当て?」


「?うん、そうだよ…」


なら、端から姉とは何にも無かったって事か?

そう真顔で問えば、幸平は必死で首を振り全否定した。






「オレが好きなのは、涼太さんだけだよ!」


大の男に手を握られ、愛の告白を受ける俺は。

決して可憐な乙女なんかじゃないし、ましてやそういう性癖なワケでもない。


ないんだけど…






「う~ん…」


どうしよう、思ったよりコレは…





「涼太さん、大好き…」


寧ろ嬉しいとか、俺ってヤバいんじゃないか?





「コラッ…!どさくさに紛れてキスするんじゃない!」


「え~……だめ?」


「や、ダメと言うか、なんというかだな…」


「んじゃ試しにシてみたらいいよ。ね?」


「う~ん…」



この時点で、俺はもう捕らわれていたのかもしれない。





横暴な姉に押し付けられた、とんでもない同居人。


果たしてそれは俺にとって、





「…どう?きもちいい?」


「………いい、かも…」



幸か不幸かは、

神のみぞ………知る?



happy end.

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