②
「涼太さん、どう?」
「……んまい。」
姉の元恋人、幸平との生活は意外と快適だった。
幾つかのルールを決めて始まった、共同生活。
他人と暮らすことに対し、色々と思うところもあったが…。
何かと器用さが発覚した幸平は。
私生活にて予想以上に、役に立ってくれたのだ。
まず、何より飯が美味い。
お互い違う会社に勤務している為、毎日一緒とはいかなかったが。幸平が定時で上がった日は必ず、夕食を作って待っていてくれた。
その姿はまるで新妻か、とツッコミたくなったが…
料理の腕前は、主婦顔負けなほどだった。
「へへ、涼太さんに褒められた~。」
俺の何気ない一言にさえ、大袈裟に喜ぶ幸平。
「単純なヤツだな。」
「だって涼太さんに美味しいって言われたくて、作ったんだもん。」
良い年した、俺よりデカい男がなんて喋り方すんだとか。んな恥ずかしい事さらりと言わないで欲しいとか…。
色々考えるけど。
「明日は生姜焼きがいいな…」
「うん…分かったよ!」
こういうのも悪くない。
父を亡くしたばかりの俺にとってコイツは、不可欠だったのかもなって…。
幸平の存在に、救われてる自分が確かにいたんだ。
そんな日々が何日も過ぎた夜のこと。
俺は上司の付き合いで酒に酔い帰宅。
帰った足で、そのままリビングのソファでウトウトしていた時に、
事件は起きた。
「涼太さーん、スーツ皺寄っちゃうよ?」
「ん~…?」
くらりとする思考で生返事すると、急に身体が軽くなる。どうやら幸平に抱き起こされたらしい。
「ほら、部屋のベッド行こ?」
立ち上がろうとする幸平に、フラフラ千鳥足の俺。
酔っ払いはなかなか言うことが聞けず、耳元で困ったなぁと溜め息が聞こえてきた。
擽ったくて、堪らず幸平の胸に耳を擦り付ける。
すると幸平の身体が、ビクンと大きく跳ねた気がした。
「涼太さん、ヤバいから早く…」
急かそうとする幸平だったが、焦る気持ちが裏目になり…俺の足はモタモタと絡むばかり。殆ど幸平が俺を支えている状態なのだから、それも無理はない。
「ん~幸平ぁ…」
俺も酒の所為で無性に眠くなり、甘えるよう幸平へとしがみつく。暫く固まっていた幸平だったが…
「もう…ダメだってば…」
その声音はだんだんと低く余裕の無いものになっていき…。支える腕の力は、より一層強められていった。
「ゆきひら…?」
くいと指で顎を上向きにされ、虚ろな視界に幸平の顔が映る。こうしてじっくり見たのは初めてだったが、童顔の割にどこか男らしいなと感じた。
その顔が、ゆっくりとこちらに近付いてくる。
「涼太さん…」
「ゆきひ─────」
酔ってはいた。
接待に疲れ、凄く眠くもあった。
それでも意識はちゃんとあったんだ、だから───…
「なっ、な…」
今コイツが俺に何をしたのか、認知しているのに理解出来ない。
いや、本当は解ってたけど。
あまりに衝撃的過ぎて、思考が追いつかなかったんだ。
「な、んで…」
真偽はどうあれ、コイツは俺の姉の恋人だった男だ。
間違っても俺なんかと、どうこうあるワケがない男なんだ。
ならなんで男の幸平が、
「おま、きっ、キ────」
俺にキス、なんかしてくるんだ?
「ごめんなさい、あんまり涼太さんが可愛いことするから…」
我慢出来なくて、と言いながら俺を見下ろしくるその目は。なんとも愛おしげに俺を捕らえ、まともに直視などしてはならないと、何かが訴えてくる。
「な、かわ……はぁ…?」
酔いもどこえやら。
オロオロと、幸平の腕の中で慌てふためく俺の顔は噴火寸前。そんな俺を、幸平は飛びっきりの笑顔で包み込んだ。
「オレ…初めて会った時から、ずっと涼太さんが─────…」
*****
「ああ、それウソよ。」
悪びれた様子も無く答える姉…美穂に。
俺は開いた口が塞がらない。
「だって幸平が、あんたのコト好きだって言うから~。」
「じゃあ…アパート退去させられたとか、恋人だったってのも全部、」
ウソに決まってんでしょうと、カラカラと笑う姉。
俺にはこの姉を責める術など…産まれた時から無かったのである。
「ごめんね、涼太さん?」
姉が颯爽と帰ったあと、幸平が眉を下げ俺の顔を覗き込む。気のせいか、やけにくっついてないかコイツ…
「……最初から、俺目当て?」
「?うん、そうだよ…」
なら、端から姉とは何にも無かったって事か?
そう真顔で問えば、幸平は必死で首を振り全否定した。
「オレが好きなのは、涼太さんだけだよ!」
大の男に手を握られ、愛の告白を受ける俺は。
決して可憐な乙女なんかじゃないし、ましてやそういう性癖なワケでもない。
ないんだけど…
「う~ん…」
どうしよう、思ったよりコレは…
「涼太さん、大好き…」
寧ろ嬉しいとか、俺ってヤバいんじゃないか?
「コラッ…!どさくさに紛れてキスするんじゃない!」
「え~……だめ?」
「や、ダメと言うか、なんというかだな…」
「んじゃ試しにシてみたらいいよ。ね?」
「う~ん…」
この時点で、俺はもう捕らわれていたのかもしれない。
横暴な姉に押し付けられた、とんでもない同居人。
果たしてそれは俺にとって、
「…どう?きもちいい?」
「………いい、かも…」
幸か不幸かは、
神のみぞ………知る?
happy end.
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